「歌わせたい男たち」(永井愛 而立書房 2008年3月)を読んだ。
舞台は卒業式当日の都立高校の保健室。
登場人物は、元・売れないシャンソン歌手で1月に講師に採用されたばかりの音楽教師・仲(戸田恵子)、君が代不起立を貫く社会科教師・拝島(近藤芳正)、15年前には教員雑誌に「学校での『日の丸・君が代』の義務づけに抗議する」という文章まで発表していた国語科出身の与田校長(大谷亮介)、都教委の方針を先取りする若い英語科教員・片桐(中上雅巳)、そして体制順応型の養護教員・按部(小山萌子)の5人。
たった40秒不起立し、歌を歌わないだけで2回目には減給、4回目には停職1か月処分という異常な世界。この物語はそんな世界に迷い込んだ、音楽を職業とする女性の物語である。あらすじはこちら。
終盤で、拝島が処分されないよう不起立を断念した在日コリアン、チョン君が、ヨン様のようにマフラーを巻き片桐のクラスに乗り込む。「今日不起立だった女の子とは、必ずデートする」と微笑みながら語りかけると女子全員が不起立を表明する。片桐は「あなたを助け、僕を陥れようとするこんなやり方は汚い。チョン君を説得してほしい」と拝島に泣きつくというドンデン返しがある。
シナリオを文章で読むと、ブラックジョークの連続だ。しかし、たいていのことは都教委が2003年以来積み重ねた事実に基づく。累積処分で生涯賃金は何百万ものマイナスになること、1人でも不起立の教員がいると連帯責任で翌年その学校の全教員が再発防止研修の校内研修を受けること、生徒が不起立だと担任が処分されること、卒業式でOB教員がビラをまいて逮捕されたこと、不起立の教員は定年後の嘱託採用を取り消されること、卒業式前に「内心の自由」を生徒に説明すると都教委の「厳重注意」処分を受けること、など事実である。
3年も前のことだが、ある校長に父母が「生徒に内心の自由をアナウンスしてほしい」と要望したところ、本当に予行演習で話し、それが大問題になったことがあった。巻末の「作者のことば」にロンドンで上演しようとしたところ「ロンドンの市民にはとても現代の話とは信じてもらえそうもない」という理由で芸術監督に却下されたとある。ロンドン市民でなくても、理性のある人なら信じがたい話だ。
わたくしは3年前の秋の初演のときに森下のベニサンピットでこの芝居を観た。芝居を観ながら、クリスチャンを理由にピアノ伴奏を拒否したというところでは国立二小の佐藤美和子先生、卒業式でビラをまいたOB教員というところでは卒業式に来賓として招かれサンデー毎日のコピーを保護者に配布して刑事告発された都立板橋の藤田勝久先生、定年後の嘱託講師採用を取り消されたというところでは新宿山吹の近藤光男先生、その他、根津公子さん、福岡陽子さんなど多くの先生方の顔が思い浮かんだ。
ただ英語教師・片桐のような教員が本当にいるのかどうかはわからなかった。片桐は下記のセリフを口にするような人物である。
「えっ、(被害届を)出さない?これだから、我が校はぬるいって言われるんじゃないですか?他校じゃ、もっと警察と緊密に連携して、あらかじめワゴン車できてもらうとか、警戒態勢、もっとバッチリやってますよ、ビラは1枚もまかせないって」
しかし知り合いの高校教員に聞いてみると、こういう若い教員はたしかに実在するとのことだった。
10.23通達から5回目の卒入学式が過ぎた。今年も東京都の卒業式で20人もの教員が処分された。何が変わってきたかというと、われわれがだんだん状況に馴れてきたことだ。さすがに「不起立でクビ」というと驚くが、戒告や停職3か月はニュースにもならなくなった。
エンディングに近いところで与田校長は、屋上で内心と外形的行為の違い(都教委が考え出した屁理屈。ただ2007年2月のピアノ裁判最高裁判決に実際に採用された)について演説する。そして「教育改革に真剣な都教委」についてこう語る。
「都知事はこう言っておられます。『5年、10年先になったら、首をすくめている他の県は、みんな東京の真似をすることになるだろう。それが、東京から国を変えるということになるだろう』」
神奈川や大阪も都に追随しつつあるが、まさに、これが初演3年後の日本の状況だ。
深刻なドラマなのだが、シリアスにしない工夫として名古屋弁の活用がある。
仲と拝島は名古屋出身で話が合うという設定になっている。たとえば
仲「あの人、あの人、前におった人ですか?」
拝島「前におった人?」
仲「そういう噂があったんだわ。前におった先生が・・・」
拝島「桜庭先生だ・・・」
仲「そう、その人がビラまきに来ゃあすって・・・」
拝島「桜庭先生だ!桜庭のおジイが応援にきたがね!」
といった具合だ。たしかに深刻さを消し人なつっこく感じさせる効果がある。あとがきで「劇中の名古屋言葉は、名古屋出身の出演者、戸田恵子さん、近藤芳正さんが指導してくださった」とある。どうりでウマいわけだ。
☆舞台では、ラストシーンで歌われる戸田恵子のシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」がなかなか見事だった。
わたくしが観た日は、たまたま津川雅彦氏と岸部一徳氏が来場していた。
舞台は卒業式当日の都立高校の保健室。
登場人物は、元・売れないシャンソン歌手で1月に講師に採用されたばかりの音楽教師・仲(戸田恵子)、君が代不起立を貫く社会科教師・拝島(近藤芳正)、15年前には教員雑誌に「学校での『日の丸・君が代』の義務づけに抗議する」という文章まで発表していた国語科出身の与田校長(大谷亮介)、都教委の方針を先取りする若い英語科教員・片桐(中上雅巳)、そして体制順応型の養護教員・按部(小山萌子)の5人。
たった40秒不起立し、歌を歌わないだけで2回目には減給、4回目には停職1か月処分という異常な世界。この物語はそんな世界に迷い込んだ、音楽を職業とする女性の物語である。あらすじはこちら。
終盤で、拝島が処分されないよう不起立を断念した在日コリアン、チョン君が、ヨン様のようにマフラーを巻き片桐のクラスに乗り込む。「今日不起立だった女の子とは、必ずデートする」と微笑みながら語りかけると女子全員が不起立を表明する。片桐は「あなたを助け、僕を陥れようとするこんなやり方は汚い。チョン君を説得してほしい」と拝島に泣きつくというドンデン返しがある。
シナリオを文章で読むと、ブラックジョークの連続だ。しかし、たいていのことは都教委が2003年以来積み重ねた事実に基づく。累積処分で生涯賃金は何百万ものマイナスになること、1人でも不起立の教員がいると連帯責任で翌年その学校の全教員が再発防止研修の校内研修を受けること、生徒が不起立だと担任が処分されること、卒業式でOB教員がビラをまいて逮捕されたこと、不起立の教員は定年後の嘱託採用を取り消されること、卒業式前に「内心の自由」を生徒に説明すると都教委の「厳重注意」処分を受けること、など事実である。
3年も前のことだが、ある校長に父母が「生徒に内心の自由をアナウンスしてほしい」と要望したところ、本当に予行演習で話し、それが大問題になったことがあった。巻末の「作者のことば」にロンドンで上演しようとしたところ「ロンドンの市民にはとても現代の話とは信じてもらえそうもない」という理由で芸術監督に却下されたとある。ロンドン市民でなくても、理性のある人なら信じがたい話だ。
わたくしは3年前の秋の初演のときに森下のベニサンピットでこの芝居を観た。芝居を観ながら、クリスチャンを理由にピアノ伴奏を拒否したというところでは国立二小の佐藤美和子先生、卒業式でビラをまいたOB教員というところでは卒業式に来賓として招かれサンデー毎日のコピーを保護者に配布して刑事告発された都立板橋の藤田勝久先生、定年後の嘱託講師採用を取り消されたというところでは新宿山吹の近藤光男先生、その他、根津公子さん、福岡陽子さんなど多くの先生方の顔が思い浮かんだ。
ただ英語教師・片桐のような教員が本当にいるのかどうかはわからなかった。片桐は下記のセリフを口にするような人物である。
「えっ、(被害届を)出さない?これだから、我が校はぬるいって言われるんじゃないですか?他校じゃ、もっと警察と緊密に連携して、あらかじめワゴン車できてもらうとか、警戒態勢、もっとバッチリやってますよ、ビラは1枚もまかせないって」
しかし知り合いの高校教員に聞いてみると、こういう若い教員はたしかに実在するとのことだった。
10.23通達から5回目の卒入学式が過ぎた。今年も東京都の卒業式で20人もの教員が処分された。何が変わってきたかというと、われわれがだんだん状況に馴れてきたことだ。さすがに「不起立でクビ」というと驚くが、戒告や停職3か月はニュースにもならなくなった。
エンディングに近いところで与田校長は、屋上で内心と外形的行為の違い(都教委が考え出した屁理屈。ただ2007年2月のピアノ裁判最高裁判決に実際に採用された)について演説する。そして「教育改革に真剣な都教委」についてこう語る。
「都知事はこう言っておられます。『5年、10年先になったら、首をすくめている他の県は、みんな東京の真似をすることになるだろう。それが、東京から国を変えるということになるだろう』」
神奈川や大阪も都に追随しつつあるが、まさに、これが初演3年後の日本の状況だ。
深刻なドラマなのだが、シリアスにしない工夫として名古屋弁の活用がある。
仲と拝島は名古屋出身で話が合うという設定になっている。たとえば
仲「あの人、あの人、前におった人ですか?」
拝島「前におった人?」
仲「そういう噂があったんだわ。前におった先生が・・・」
拝島「桜庭先生だ・・・」
仲「そう、その人がビラまきに来ゃあすって・・・」
拝島「桜庭先生だ!桜庭のおジイが応援にきたがね!」
といった具合だ。たしかに深刻さを消し人なつっこく感じさせる効果がある。あとがきで「劇中の名古屋言葉は、名古屋出身の出演者、戸田恵子さん、近藤芳正さんが指導してくださった」とある。どうりでウマいわけだ。
☆舞台では、ラストシーンで歌われる戸田恵子のシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」がなかなか見事だった。
わたくしが観た日は、たまたま津川雅彦氏と岸部一徳氏が来場していた。