多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

出張先は北朝鮮

2008年05月20日 | 読書
マンガ 出張先は北朝鮮」(呉 英進・著、西山秀昭・訳 作品社 2004年11月 全2巻 ここから見本が6本見られる)を読んだ。

著者は1970年生まれ、明知大学建築工学科を卒業し、韓国電力公社に入社、2000年KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の軽水炉建設工事に派遣され、1年6か月(548日)北朝鮮で働き2001年帰国した。この作品は2004年に発刊された。
派遣されたのは咸鏡南道の琴湖原子力建設本部で、北朝鮮の東岸、元山や興南の北、新浦の近くにあった(その後KEDOの軽水炉プロジェクトは2006年5月中途で終了した)。
日本人にとってだけではなく、韓国の人にとっても隣国北朝鮮は、生活水準が大きく違い異なる政治体制下の「不思議の国」である。
ストーリーは、主人公の呉さんが北朝鮮のフラッグキャリア高麗航空で北京から平壌順安空港に向けて離陸するところから始まる。搭乗するとウチワがあり、エアコンはほとんど効かない蒸し風呂状態だった。現地につくと人間だけでなく家畜も食糧不足で、牛が道のまんなかで動かなかったり、宴会をやってもしばしば停電で暗闇になったり、金正日への個人崇拝も聞きしに勝るものがあった。金正日の切手をみて、うっかり金正日と呼び捨てにすると郵便局のかわいい女性が突然柳眉を逆立て「しぇんせいさまー!21世紀の太陽、敬愛する将軍さまに呼び捨てとは何ですか!」と怒鳴られる。
しかしこのあたりまでは、想定の範囲内だ。
貧しさのなかで、南へのコンプレックスと裏腹なのか労働者のプライドは異常に高い。
道路のまん中を歩いていた男性にクラクションを鳴らすと、事務室にまで追ってきて「もしトンム(君)が今日オレのプライドを0.01%でも損ねたらただじゃおかないからな!自爆弾になるぞ!」と抗議され、最終的に握手して謝ることになった。
貝をこっそりくれた現場責任者へお礼をするにしても、主人公は北の人の自尊心を逆なでしないように何日も考え抜いた末、作業用手袋を数十本プレゼントすることにした。

単身赴任生活のなかで心を和ませるのは、やはり若い女性だ。
黄色のワンピースとツバの広い帽子で自転車でさっそうと出勤する平壌から来た理容師や食堂の娘に、韓国からの出張者の心は弾む。

韓国の人から見た北朝鮮の水準は下記のようなものだった。
沖の帆船をみると韓国の50年代後半、服装は60年代の半ば、田畑はよく整理されているので70年代初め、テポドンミサイルを発射した点では90年代後半といった具合だ。著者にとってなつかしい風景、子どものころにみたシーンにしばしば再会する。たとえばハサミの音を聞きながら眠ってしまった少年時代の村の床屋、魚2匹を縄でくくって手に下げて歩くおじさん、野山の鹿や雉、松茸狩りなどがそうだ。

やがて著者が発見したのは、北にもやはり人間の生活があることだった。
好奇心の対象だった労働者の弁当の中身はキムチと豆モヤシ、雑穀の混じったご飯、蒸しジャガ、油で揚げた餅のようなものだった。粗末だが思ったよりもうまそうだった。緑化事業に動員された人々は昼食時に男女に分かれ、女性は車座になって歌を歌い、男性はカードゲームをする。主人公は集団遊びの文化に感心する。
敷地の境界周辺の哨所で哨所兵とデートを楽しむ娘さんたちの明るい笑い声。どこに行っても若い男女の出会いは美しい。
雪の中、父の弁当を4キロの道を歩いて届ける娘を見て、主人公はその美しい心に感動する。
最終ページで、ソウルに帰る主人公と平壌に帰る北朝鮮の事業局の人が床屋でまったく同じ髪型になり、主人公は次のようにつぶやく。
「そう、まったく同じだ。足すことも引くこともなく、ボクたちは同時代に生きるまったく同じ人間なのである。」

☆北朝鮮の人々も家族や生活のある普通の人間、という結論は「ディア・ピョンヤン」(梁 英姫 アートン 2006年8月)で読んだのと同じだ。ディア・ピョンヤンは兄3人が暮らす平壌を映画監督の英姫が訪問する話だ。同名の映画(2005年)は、わたくしにとって原一男の「ゆきゆきて、神軍」 (1987年)と同じくらい迫力のある映画だった。別の機会にぜひ紹介したい。
☆マンガの合間に「呉さんの虫メガネ」という3-6pの長めのコラムが11本入っている。内容は、メディア、交通機関といったトラベル情報的なものもあるが、朝鮮労働党、千里馬(チョルリマ)運動といった政治的なトピックも含まれている。50年代には科学技術者に破格の待遇を行い、多数の韓国の科学者が越北したこと、芸術を重要視し美術家、音楽家、工芸家が韓国と比べ、安定した職業であることははじめて知った。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 歌わせたい男たち | トップ | 映画「靖国」の菊と刀 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書」カテゴリの最新記事