6月12日(水)夜、東京藝大音楽学部の大教室で「憲法講座《 女・憲法・演劇――この国の「ザ・空気」に私たちは声をあげる》」という講演会が開催された(主催:東京藝術大学音楽学部楽理科、共催:自由と平和のための東京藝術大学有志の会)。講師は、劇作家の永井愛さんと東京新聞社会部記者・望月衣塑子(いそこ)さんの2人だった。
わたくしは、ちょうど1年ほど前に永井さんの「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」を池袋の東京芸術劇場シアターイーストで観た。また望月さんは1年半ほど前に人報連の「森友・加計疑獄と報道――ゆがめられた行政を監視する責任」という豊中市議・木村真さん、今治の黒川敦彦さん、元共同通信の浅野健一さんたちとのシンポジウムで、話を聞いたことがあった。
この日は、残念ながら、集会中の写真撮影・録音はいっさい禁止だったので、手元のメモと配布された望月さんのパワーポイント画像のレジュメをもとに、お話の一部紹介とわたくしの感想を記した。したがって聞き違いや解釈の間違いがありうることをお断りしておく。また、前記の記事をこのブログに書いているので、まだわたくしが知らなかったことを中心に書く。
順序としては、まず永井さんへの望月さんのインタビューがあったが、この日も望月さんのマシンガン・トークが炸裂したので、そちらを先に紹介する。
社会部の望月記者が官房長官記者会見に出席するようになったのは2017年6月のことだった。文科省・前川前次官の出会い系バー問題を内閣府が事前に調査していた問題、詩織さん事件の逮捕取消問題、森加計問題などを中心に質問した。2か月ほどすると挙手しても指されず、司会の上村秀紀・官邸報道室長が「はい、終わります」というようになった。妨害行為がとくにひどくなったのは昨年9月の沖縄県知事選挙のころからだ。12月14日辺野古の埋立てが始まり、26日に赤土が混じっているという質問をしたところ、年末の12月28日に東京新聞編集局長宛てに「事実誤認の質問についての抗議文書」が届いた。そして年末年始も政治部を通して「説明しろ、説明しろ」との要求が続いた。そこで年明けの1月11日反論も兼ねて1面に「県に無断 土砂割合変更」という赤土問題の記事を掲載すると、抗議がピタッと止まった。
この問題は、2013年に仲井眞弘多知事(当時)が埋立てを承認したとき赤土など「細粒分含有率概ね10%前後に留める」という約束をしていたのに国が守らなかったものだ。県が防衛局に立ち入り調査を求めたり、サンプル提供や性状検査の結果提出を求めたが、応じていない。政府の方こそ事実誤認なのではないか。文書まで出すのは記者への精神的圧力、質問の委縮を狙い、マスコミの報道の自由、国民の知る権利を抑圧しようとする行為だったと考える。
あとで知ったのだが、編集局長宛ての抗議文と同じものが、官邸記者クラブにもずっと貼りだされている(いまもまだ貼りだされている)。これは12月28日に上村室長が記者クラブ幹事社のところにやってきて申し渡したが、こんな文書は受け取れないと突き返したところ「ではここに貼っておく」と勝手に貼っていったとのことだ。それをみた会員社の政治部記者があまりにもひどいと月刊誌「選択」2月号にリークし、それがヤフーニュースにアップされて、こういう事態になったようだ。
「この官邸会見はなんのための会見なのか」と長官に問うと「あなたに答える必要はない」「ここは質問に答える場ではない」(政府の見解を述べる場だ)などと回答する。
今年2月24日の辺野古新基地建設工事に関する沖縄県県民投票で、5市の市長が不参加を表明したとき、元山仁士郎さんが1月半ばハンストを始めた件で、「政府の認識」を問うと「その方に聞いてください」と答え、司会が「はい終わりまーす」と遮り終わってしまった。昼に市民が、この様子を文字付きでネットにアップしてくれそれを読んだ元山さんご自身が「本人に聞けとは、どういうことか」とつぶやくと、たちまち7000リツィートとなった。そこで午後の会見でもう一度同じことを聞くと、長官は「それは、それは沖縄のことですから」としか答えられなかった。最近は事前に質問を出し事務方が回答を用意する会見も多いので、午前に質問したのだからなんらかの回答が出てくると思ったのだが・・・。
その後「質問妨害」や質問制限に関する共同通信の大型記事の配信が13地方紙に掲載され、朝日などの社説にも取り上げられた。そして新聞労連や現役記者たちが、3月14日に官邸前デモをすることになった。するとその前日の13日に質問妨害はピタッと止んだ。
ところが5月21日から再び「質問は簡潔に」という妨害が始まった。5月29日に「上村室長の妨害行為」について質問すると、菅長官は「その発言だったら指しません」と答えた。前代未聞の対応だった。
望月さんからは、このほか、昨年3月経産省で公文書管理法の趣旨に反し「今後官邸、政治家、省庁間の発言はいっさい記録に残すな。口頭でやれ」という指示が出たことや、菅長官のオフレコ会見で、番記者たちが自主的に紙袋を回し、自分たちの携帯とICレコーダーを入れたうえで話を聞いていることなど、驚くようなエピソードが次々に出てきた。
しかも、菅氏の声色をマネたり、「なんのしがらみもないこの望月めが」などのセリフをはさんだりするので、爆笑の1時間だった。講談師のような話芸の才能も併せ持つ記者だと思った。
永井さんの発言は、かなり辛辣な日本のマスコミ批判、ひいては読者である日本人批判、市民批判、日本社会批判になっていた。耳の痛い指摘だった。
かつて「歌わせたい男たち」(2005年)を書いたころ、個人と役所(たとえば東京都)の問題に関心があったが、その後、「個人が何を自覚するか」ということと「メディアが何を報道するか」ということには深い関係があり、主権者意識をもつ自覚的な市民が育つにはメディアが大事だということに気づいた。しかし日本の大手ジャーナリズムは、国民に必要な情報を流さず、官邸がよいと認めたものだけ報道していることが3.11ではっきりわかった。異次元に入った感じがする。発表報道だけ行うなら、記者でなく速記者のほうが適任だ。スクープというと「人事」のことであり、それなら官邸の政治家や官僚と食事し仲よくなるしかなくなる。本当のスクープとは政府が隠していることを調査報道で明らかにすることなのではないのか。
そこで一昨年テレビジャーナリズムを舞台にした「ザ・空気」、昨年官邸記者クラブを舞台にメディアと権力の癒着を描いた「空気2」を上演した。 背景に、日本では最終的な編集権が記者や編集部でなく、GHQ以来経営者にあるという問題がある。自覚的な記者が集まり、報道機関のなか、会社のなかでの内部的自由について議論してほしい。
ドイツでは10年かかって「編集綱領」をつくり、記事の変更は公開の場で議論して行うルールとなり、書いた記事で記者が左遷されないよう、記者を守る仕組みをつくった。日本には現場の記者を守る仕組みがない。
また「ジャーナリズムとは何か。ジャーナリズムはいったいだれに対して、何を伝えるものであるべきか」議論してほしい。そうした理論的基盤がないと自信をもって政権の不正を追及する仕事ができない。けしてバランスを守ることをがんばったり、いかに中間色を保つことだけに努力する仕事ではないはずだ。
会場がある5号館の建物
最後に司会の川嶋均先生からお二人に、この日あまり直接の話題に上らなかった「女」「憲法」についていくつか質問があった。
望月さんは女性議員のクォーター制について「女性国会議員が増えれば、生活者目線で税金の使い方を考え、武器輸入より、教育、福祉、生活保護などに配分し、社会を変える原動力となるのではないか」と答えた。産休復帰後、武器輸出問題の取材をした体験もあるからだろう。
憲法改正について「安倍首相の憲法改正にかける執着心は異常なまでのものがある。参議院選挙が終われば首相は改正を前面に押し出してくるだろう。9条の加憲は戦力不保持と交戦権否認を無力化させ、国民の命と安全を危険にさらす」と述べた。
最後に、永井さんから白石草(はじめ)さんのブックレットで知ったイタリアの「自由ラジオ」運動の「メディアをうらむな、メディアをつくれ」という言葉が紹介された。メディアと連帯し、市民一人ひとりがメディアの受け手としてだけでなく、自分がメディアとなり、自分の回りにいる政治のことを発言しない市民に発信していこう、というものだ。
永井さんは毎年夏にやっている非戦を選ぶ演劇人の会のピースリーディングで、2008年に「9条は守りたいのに口ベタなあなたへ…」を上演したが、それと同じ心構えなのだろうと感じた。
☆わたくしはここ6年ほど東京新聞を購読しているので、今年2月20日7面の「官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」という1ページ特集(ウェブでは上中下の3本に分割)をはっきり覚えている。なかでも1分半の質疑中、上村室長に「質問は簡潔に…」「質問に移ってください」と7回も遮られたという記事の印象が強い。
しかし5月以降の再妨害スタートのことは知らなかった。たしかに6月1日の紙面に「報道室長のさえぎりや官房長官による指名制限をしないよう」5月31日付けで長谷川栄一内閣広報官に申し入れた、とあった。
6月28日、望月さんの「新聞記者」(角川新書 2017年)を原案とした映画「新聞記者」(藤井道人監督、シム・ウンギョン、松坂桃李 スターサンズ、イオンエンターテイメント配給)のロードショーが始まる。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。
わたくしは、ちょうど1年ほど前に永井さんの「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」を池袋の東京芸術劇場シアターイーストで観た。また望月さんは1年半ほど前に人報連の「森友・加計疑獄と報道――ゆがめられた行政を監視する責任」という豊中市議・木村真さん、今治の黒川敦彦さん、元共同通信の浅野健一さんたちとのシンポジウムで、話を聞いたことがあった。
この日は、残念ながら、集会中の写真撮影・録音はいっさい禁止だったので、手元のメモと配布された望月さんのパワーポイント画像のレジュメをもとに、お話の一部紹介とわたくしの感想を記した。したがって聞き違いや解釈の間違いがありうることをお断りしておく。また、前記の記事をこのブログに書いているので、まだわたくしが知らなかったことを中心に書く。
順序としては、まず永井さんへの望月さんのインタビューがあったが、この日も望月さんのマシンガン・トークが炸裂したので、そちらを先に紹介する。
社会部の望月記者が官房長官記者会見に出席するようになったのは2017年6月のことだった。文科省・前川前次官の出会い系バー問題を内閣府が事前に調査していた問題、詩織さん事件の逮捕取消問題、森加計問題などを中心に質問した。2か月ほどすると挙手しても指されず、司会の上村秀紀・官邸報道室長が「はい、終わります」というようになった。妨害行為がとくにひどくなったのは昨年9月の沖縄県知事選挙のころからだ。12月14日辺野古の埋立てが始まり、26日に赤土が混じっているという質問をしたところ、年末の12月28日に東京新聞編集局長宛てに「事実誤認の質問についての抗議文書」が届いた。そして年末年始も政治部を通して「説明しろ、説明しろ」との要求が続いた。そこで年明けの1月11日反論も兼ねて1面に「県に無断 土砂割合変更」という赤土問題の記事を掲載すると、抗議がピタッと止まった。
この問題は、2013年に仲井眞弘多知事(当時)が埋立てを承認したとき赤土など「細粒分含有率概ね10%前後に留める」という約束をしていたのに国が守らなかったものだ。県が防衛局に立ち入り調査を求めたり、サンプル提供や性状検査の結果提出を求めたが、応じていない。政府の方こそ事実誤認なのではないか。文書まで出すのは記者への精神的圧力、質問の委縮を狙い、マスコミの報道の自由、国民の知る権利を抑圧しようとする行為だったと考える。
あとで知ったのだが、編集局長宛ての抗議文と同じものが、官邸記者クラブにもずっと貼りだされている(いまもまだ貼りだされている)。これは12月28日に上村室長が記者クラブ幹事社のところにやってきて申し渡したが、こんな文書は受け取れないと突き返したところ「ではここに貼っておく」と勝手に貼っていったとのことだ。それをみた会員社の政治部記者があまりにもひどいと月刊誌「選択」2月号にリークし、それがヤフーニュースにアップされて、こういう事態になったようだ。
「この官邸会見はなんのための会見なのか」と長官に問うと「あなたに答える必要はない」「ここは質問に答える場ではない」(政府の見解を述べる場だ)などと回答する。
今年2月24日の辺野古新基地建設工事に関する沖縄県県民投票で、5市の市長が不参加を表明したとき、元山仁士郎さんが1月半ばハンストを始めた件で、「政府の認識」を問うと「その方に聞いてください」と答え、司会が「はい終わりまーす」と遮り終わってしまった。昼に市民が、この様子を文字付きでネットにアップしてくれそれを読んだ元山さんご自身が「本人に聞けとは、どういうことか」とつぶやくと、たちまち7000リツィートとなった。そこで午後の会見でもう一度同じことを聞くと、長官は「それは、それは沖縄のことですから」としか答えられなかった。最近は事前に質問を出し事務方が回答を用意する会見も多いので、午前に質問したのだからなんらかの回答が出てくると思ったのだが・・・。
その後「質問妨害」や質問制限に関する共同通信の大型記事の配信が13地方紙に掲載され、朝日などの社説にも取り上げられた。そして新聞労連や現役記者たちが、3月14日に官邸前デモをすることになった。するとその前日の13日に質問妨害はピタッと止んだ。
ところが5月21日から再び「質問は簡潔に」という妨害が始まった。5月29日に「上村室長の妨害行為」について質問すると、菅長官は「その発言だったら指しません」と答えた。前代未聞の対応だった。
望月さんからは、このほか、昨年3月経産省で公文書管理法の趣旨に反し「今後官邸、政治家、省庁間の発言はいっさい記録に残すな。口頭でやれ」という指示が出たことや、菅長官のオフレコ会見で、番記者たちが自主的に紙袋を回し、自分たちの携帯とICレコーダーを入れたうえで話を聞いていることなど、驚くようなエピソードが次々に出てきた。
しかも、菅氏の声色をマネたり、「なんのしがらみもないこの望月めが」などのセリフをはさんだりするので、爆笑の1時間だった。講談師のような話芸の才能も併せ持つ記者だと思った。
永井さんの発言は、かなり辛辣な日本のマスコミ批判、ひいては読者である日本人批判、市民批判、日本社会批判になっていた。耳の痛い指摘だった。
かつて「歌わせたい男たち」(2005年)を書いたころ、個人と役所(たとえば東京都)の問題に関心があったが、その後、「個人が何を自覚するか」ということと「メディアが何を報道するか」ということには深い関係があり、主権者意識をもつ自覚的な市民が育つにはメディアが大事だということに気づいた。しかし日本の大手ジャーナリズムは、国民に必要な情報を流さず、官邸がよいと認めたものだけ報道していることが3.11ではっきりわかった。異次元に入った感じがする。発表報道だけ行うなら、記者でなく速記者のほうが適任だ。スクープというと「人事」のことであり、それなら官邸の政治家や官僚と食事し仲よくなるしかなくなる。本当のスクープとは政府が隠していることを調査報道で明らかにすることなのではないのか。
そこで一昨年テレビジャーナリズムを舞台にした「ザ・空気」、昨年官邸記者クラブを舞台にメディアと権力の癒着を描いた「空気2」を上演した。 背景に、日本では最終的な編集権が記者や編集部でなく、GHQ以来経営者にあるという問題がある。自覚的な記者が集まり、報道機関のなか、会社のなかでの内部的自由について議論してほしい。
ドイツでは10年かかって「編集綱領」をつくり、記事の変更は公開の場で議論して行うルールとなり、書いた記事で記者が左遷されないよう、記者を守る仕組みをつくった。日本には現場の記者を守る仕組みがない。
また「ジャーナリズムとは何か。ジャーナリズムはいったいだれに対して、何を伝えるものであるべきか」議論してほしい。そうした理論的基盤がないと自信をもって政権の不正を追及する仕事ができない。けしてバランスを守ることをがんばったり、いかに中間色を保つことだけに努力する仕事ではないはずだ。
会場がある5号館の建物
最後に司会の川嶋均先生からお二人に、この日あまり直接の話題に上らなかった「女」「憲法」についていくつか質問があった。
望月さんは女性議員のクォーター制について「女性国会議員が増えれば、生活者目線で税金の使い方を考え、武器輸入より、教育、福祉、生活保護などに配分し、社会を変える原動力となるのではないか」と答えた。産休復帰後、武器輸出問題の取材をした体験もあるからだろう。
憲法改正について「安倍首相の憲法改正にかける執着心は異常なまでのものがある。参議院選挙が終われば首相は改正を前面に押し出してくるだろう。9条の加憲は戦力不保持と交戦権否認を無力化させ、国民の命と安全を危険にさらす」と述べた。
最後に、永井さんから白石草(はじめ)さんのブックレットで知ったイタリアの「自由ラジオ」運動の「メディアをうらむな、メディアをつくれ」という言葉が紹介された。メディアと連帯し、市民一人ひとりがメディアの受け手としてだけでなく、自分がメディアとなり、自分の回りにいる政治のことを発言しない市民に発信していこう、というものだ。
永井さんは毎年夏にやっている非戦を選ぶ演劇人の会のピースリーディングで、2008年に「9条は守りたいのに口ベタなあなたへ…」を上演したが、それと同じ心構えなのだろうと感じた。
☆わたくしはここ6年ほど東京新聞を購読しているので、今年2月20日7面の「官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」という1ページ特集(ウェブでは上中下の3本に分割)をはっきり覚えている。なかでも1分半の質疑中、上村室長に「質問は簡潔に…」「質問に移ってください」と7回も遮られたという記事の印象が強い。
しかし5月以降の再妨害スタートのことは知らなかった。たしかに6月1日の紙面に「報道室長のさえぎりや官房長官による指名制限をしないよう」5月31日付けで長谷川栄一内閣広報官に申し入れた、とあった。
6月28日、望月さんの「新聞記者」(角川新書 2017年)を原案とした映画「新聞記者」(藤井道人監督、シム・ウンギョン、松坂桃李 スターサンズ、イオンエンターテイメント配給)のロードショーが始まる。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。