多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

舌鋒鋭い塩山芳明の「出版奈落の断末魔」

2010年01月26日 | 読書
塩山芳明の「出版奈落の断末魔」(アストラ 2009年4月 1680円)を読んだ。タイトルだけ見ると、96年をピークに販売金額が落ち込み21年ぶりに2兆円を割った出版不況の解説書のようだが、そうではない。サブタイトルは「エロ漫画の黄金時代」、つまりエロ漫画業界の盛衰記である。塩山芳明は、著者の表現を借りれば1977年に「エロ漫画の苦界に身を沈め」、93年に独立、いまも零細編プロ「漫画屋」経営者としてエロ雑誌を編集する。したがって著者の目からみたエロ漫画の30年史という側面が強い。エロ漫画には、70年代前半から発展し後半に隆盛を極めたエロ劇画、劇画から6―7年遅れて発展したレディコミ、80年代半ばから勢いを増したロリコン漫画、ほぼ同時期に同人誌業界をメインに成長したやおい・BL漫画という4つの流れがあるそうだ。しかし後ろの二つも含め、2005年ころにはすべて失速した。著者によれば「70年代末から95―96年の約20年間」が「実感的なエロ漫画の黄金時代」だそうだ。そうすると30年のうち20年はよかったことになる。ここ10年ずっと悪いという点はタクシー業界と似ている。
このエロ漫画業界を、編集者、漫画家、投稿者、取締り当局、客、同業他社、製作業者(写植・製版・印刷)と関係者別にジャンル分けし、締切りが迫ると音信不通になる女流漫画家、出版社を3グループに分けて応接する警視庁保安課、など著者の実体験をたくさん盛り込み描き出す。

漫画屋の97―98年と07―08年の毎月の売上高が出ている(p211)。98年9月が310万だったのに対し08年9月は90万、1/3に激減している。70%程度で踏みとどまっている月もあるが、合計すると50%を切っている。スタッフは3―4人から2人に減った。
また不況により、大家が三菱東京UFJ銀行の貸し剥がしにあい破産してしまう。ビルは競売にかけられ、新しい家主や地裁から不動産引渡し命令が届く。(どうなったか結末は各自入手してお読みいただきたい)。
この本は、週刊読書人2009年5月1日号で堀切直人氏(文芸評論家)の書評を読み、図書館にリクエストし8月ごろ読んだ本だ。エピローグの「嫌われ者の記(断末魔篇)」が、歯切れがよく読んで痛快だった。たとえば「10月×日 今日は二度目覚めた。まず午前1時。気づけば全く未知の児童公園。昨夜、秋の〈千駄木一箱古本市〉の打ち上げが、会場の光源寺で。市での2万7300円もの売上に舞い上がり悪酔い、ここまで彷徨して来たらしいが、一体どこ?(略)(p283)といった調子である。それで『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)と『東京の暴れん坊 ― 俺が踏みつけた映画・古本・エロ漫画』(右文書院)も読んだ。
本書の魅力の第一は著者の舌鋒の鋭さである。
たとえば「悪書」指定をする都の青少年健全育成課の担当を「何だコイツ? 名刺交換後に現われ、自己紹介もせず隣に座ったから、書記かと思ったが、口調からすると吉村の上司かも。無礼千万な奴。納税者がわざわざ出向いてんだ。名前くれ名乗れ!」と罵倒する(p166)。漫画専門書店の客にも「本をパラパラしながら、『赤木リツコが・・・』『藤原カムイが『漫画ブリッコ』時代に・・・』といった、糞の役にも立たぬ駄話を、放っとけば何時間でも、しかも他の客に聞こえるように大声で続ける。知性と羞恥心を欠いた、一種の精神的露出狂。書店を喫茶店と思い込んでいるこの輩は、なぜか必ず二人組」(p180)とクサす。
若いころはもっと激烈で、『東京の暴れん坊』に収録されている「買わないほうが得する本」という書評では「小林(信彦)が、これまた鼻につき始めた出版社から出しただけあり、気色の悪さは革命的。中年オカマが厚化粧、若ェ者も(大瀧詠一等)それを知りつつシッポ振って談笑。"ふやけた対談"の見本のような一冊であり、極めつけの駄本だ」(p26)、「気色の悪さでは剃毛したペニスみたいな頭で、政治畑、芸能畑を問わずしゃしゃり出る、瀬戸内晴美が群を。本業以上の臭いイモ芝居で失笑を買ってる、ショーケンの脇あたりでグロい姿をさらしてるうちは、まァ罪も軽い。小説のネタ探しだ。商売商売。しかし、釈放された免田栄氏の横にまでペニス頭を、それも写真うつりの良さそうな位置にさらす厚顔無恥振りは、もう一種の公害(p27)などとやっていた。
第二は、怪しい人物がたくさん出てくるところだ。
まずは23歳のときの就職先、遠山企画の遠山孝社長(故人)。「売れてるもんをそのままいただく。これっきゃない。新しいことして失敗しても、出版社は何一つ面倒見ちゃくれない。僕ぁ長いこと下請けして、それだけは身にしみてんだよ!」(p52)が編集ポリシーだが、ブランド品で身をかため頭にはベレー帽、株と商品先物に狂奔する一方、熱心なクリスチャンで日本共産党のシンパという経営者だった。ほかにも自衛隊出身、銀縁メガネで、尻ポケットの財布には20-30万枚の万札がのぞいているMさん、新米編集者に「あんた入社して何年?」と入稿指定を説教する製版屋の営業Sさんなど、怪人と呼ぶのにふさわしいギャラクターが何人も登場する。
若くして亡くなった漫画家・菜摘ひかるや葛城刹那のエピソードにも触れられている。時間遅れが常の女流漫画家のなかで、菜摘は約束事は律儀に守る女性だった。投稿少女として出発した菜摘は高校時代、珍しく締切りに遅れたとき女子高のカバンを下げ編集部に原稿を持って現われ、事務所の一角で仕上げのスクリーントーン貼りの作業をした。
第三に、ほとんど忘却の淵にある「なつかしの過去」が出てくることである。写植屋、DTP屋のことが「第8章写植・製版・印刷業者」で触れられている。たしかに印刷の周辺業界には、デジタル化により絶滅した業種が多い。たとえばタイプ印刷、ワープロ業、ブラシ修正、トレース、写植、出力業者、活版印刷は消滅し、たぶん母型屋も絶滅に近いのではないだろうか。写植のキリツメなどは、バラ打ちと貼りこみでそれぞれ別の職人芸があった。デジタル化ばかりでなく、バブルによる土地高騰のせいもある。よく町にあった家内工業の印刷業者や製本業者は23区内で見かけることが稀になった。
また古い歌や映画がたくさん登場し、同じ時代の空気を吸った人間としてはたまらない魅力がある。
たとえば梶光夫の「可愛いあの娘」(かわーいあのコは誰の者・・・ラササーヤサーヤゲン)、中村晃子の「虹色の湖」(幸せがァ住むという虹色の湖~幸せに会いたくて~旅に出た私よォ)などである(東京の暴れん坊 p65)。もちろん単なるノスタルジアに過ぎないのだが。

その他、二世代家族で実家に住み富岡―高崎―東京と新幹線を使い遠距離通勤をしていることもあり、読書量が半端ではない。しかも読んでいる本が、近松秋江全集、サッカレ「虚栄の市」、バルザック「暗黒時代」(新潮文庫)、イーヴリン・ウォー「大転落」(岩波文庫)とシブい本が多い。読書や古本に関する話題もチラッチラッと出てきて格調を高めている。

☆「出版業界最底辺日記」の解説で、福田和也は「塩山芳明は、中上健次よりも柳美里よりも、セリーヌに喩えるにふさわしい」とまで言っている。わたしは読書人の書評を読むまでまったく知らなかった人だが、複数の知人に「この本が面白かった」と話すと、一人は「出版業界最底辺日記」を貸してくれ、一人は「東京の暴れん坊」の話をしてくれた。なおこの本には欄外に注がたくさん入っており、索引(人名および雑誌・作品)まで付いている。さすが編集者である。前2著は盟友・何陀楼綾繁の編集だったが、この本も部分的に協力しているのかもしれない。
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