素晴らしい母の本能がパスカルに生きなければ、という決意を促す理性を吹き込んだのであった。
「それじゃお前は考えなかったというの? 目の前の苦しみから逃げるなんて意気地なしだ、と。お前の名前を罪の烙印で永遠に汚すことになる、と……。そう考えれば、思い留まった筈よ。名前というのは神聖な預かり物であって、自分勝手に処分すべきものではありません。お前のお父様からお前に清く誠実な贈り物として戴いたものなのだから、大切にしなくてはならないのよ。人がそれに汚名を被せようとしたら、お前は生きてそれを阻止しなくてはなりません!」
パスカルは頭を垂れ、失意に満ちた声で言った。
「僕に何が出来るっていうんです! こんな悪魔のように狡猾にたくらまれた罠を、どうやって解きほぐせるというんです? あのとき、冷静さを失わずにいられたら、自分を護るための弁明が出来たかもしれません。でももう、取り返しのつかないところまで来てしまったんです。どうやって真犯人の仮面を暴き、その悪行を示す証拠をどうやってそいつの顔に投げつけることが出来るというんです……」
「それでも、打ち負かされたと認める前に戦うべきではありませんか」フェライユール夫人は厳しい口調で遮った。「困難だからという理由で、責務を果たすことなく放り出すものではありません。責務を自分の身に引き受け、たとえ戦いの中で死んだとしても、少なくとも義務を果たしたことで心安らかに死ぬことが出来るのです」
「でも、お母さん!」
「息子よ、私はお前に真実を示す義務があります。お前には勇気が欠けているというの? さぁ、立って、頭を高く持ち上げるのよ! お前を一人で戦わせたりはしません。私も一緒に戦うのですから!」
パスカルは一言も発さず、母の両手を取り、唇に持っていった。彼の顔は滂沱と流れる涙に濡れていた。極限まで張りつめられていた神経は、溢れるばかりの母の優しさと献身によってどっと緩んでいた。わけても彼の理性が戻り、母の高邁な口調が彼の胸に呼応していた。今となっては、自殺などという考えは卑怯者の、あるいは狂気の沙汰として押しやられていた。こうなった以上、フェライユール夫人は勝利を確信した。しかし、これは彼女だけの確信に留まっていてはならず、パスカルにも同じ考えを吹き込まねばならなかった。
「明白なことは」と彼女は言葉を続けた。「この憎むべき犯罪をでっち上げたのはド・コラルト氏だということです。でも、一体どういう利益が彼にもたらされるのでしょう? パスカル、考えるのよ、あの男はお前を恨む理由がありますか? 彼はお前に何か打ち明け話でもしましたか? あるいは、お前に暴露されたら身の破滅になるような何らかの秘密を偶然発見してしまった、というようなことが?」
「いいえ、お母さん、そんなことはありません」
「それならば、あの男は、自分と同じぐらい卑劣な別の男の手先になったのではないこと? パスカル、記憶の中を探ってごらんなさい。12.25