「貴殿には隠し立てなく申しますぞ」と彼は言い始めた。「わしがここへ来たのは良心が咎めたからでしてな……」
ここでパスカルがある身振りをしたのを、彼は誤解した。
「いやいや、良心でござる」と彼は繰り返した。「わしにも、ときには良心のうずくことがありましてな。貴殿が今朝あの……遺憾な騒動の後立ち去られた後、わしの心に色々とやくざな疑いが生まれましてな……ちょっと待て、とわしは心の中で言ったわけで。わしらはちょっと性急過ぎたのじゃあるまいか……あの青年は犯人ではなかったかもしれん、と」
「何を仰りたいのか知りませんが!」とパスカルが威嚇の口調で遮った。
「あ、いや、すまんが、最後まで言わせて貰おう。じっくり考えてみた結果、正直に申さねばならぬが、わしの心に生じた疑いは益々大きくなるばかりじゃった。なんてこった、とわしはまた自分に言いましたのじゃ。もし、あの若者が無実なら、真犯人はマダム・ダルジュレの常連客の一人ということになる。言い換えれば、わしが毎週二回は顔を合わせ、来週の月曜にもわしとゲームをする可能性のある者だ、と。そこでわしは平気でいられなくなり、ここへやって来た、というわけじゃよ……」
この突然舞い込んできた男爵の言う風変わりな訪問理由は本当であろうか? それは見極めがかなり難しいことであった。
「わしはこう思って此処へ来たのじゃよ」と彼は続けて言った。「貴殿の家の中を観察すれば、貴殿の人となりの一端が分かる、と。で、それを見た今は誓って言える。貴殿は奸計に嵌められたのだ、とな」
男爵は騒々しい音を立てて鼻をかんだ。が、そうしている間も、パスカルと母親の間で演じられている無言劇をじっと観察していた。二人は呆気に取られていた。このようにはっきり言明されたことは嬉しい反面、大いに警戒の余地があった。人が不運に見舞われた人間にこのような興味を示すということは自然なことではない。そこに何らの利益も介在しないのであれば。では、この奇妙な訪問者の利益とはどんなものであり得るのか? それにしても、彼は自分が受けている氷のように冷たい対応を全く意に介していないように見えた。
「これだけは言える」と彼は再び話し始めた。「誰か貴殿のことを目障りに思っている者がおる。それで、そいつはこのやり方で貴殿を排除できると思ったという訳じゃ。ナイフで切りつけるより確実なやり方だ。貴殿に関する新聞記事を読んだとき、それがピンと来た、という訳じゃよ。貴殿も、それを読まれたか? そうか、よし。それで何と思われたかな? あの記事は貴殿の敵が新聞社に渡したメモを基に書かれたのに違いない、とわしは思っておる。それだけではない。あそこに書かれている具体的な詳細は事実と違う。じゃから、最終的に無辜の他者に罪が着せられることのないよう、この悪事を明らかするために、わしが一筆正しい事実をしたためて、わし自身の手で持っていこうと思う……」12.29