彼は途中で言いさし、耳を澄ませた。控えの間からなにやら家政婦と訪問者の間で揉め事が持ち上がっているようだった。
「彼は居る筈だと言っているだろう、分からぬやつじゃな!」と息を切らせた野太い声が聞こえた。「わしは彼と会って話をせねばならんのだ!事は火急なんじゃ。じゃから、ブイヨット(カードゲームの一種)の一番盛り上がっているところで席を立って来たというのに!」
「さっきから申し上げているじゃありませんか。主人は出かけております」
「そうか!それなら待とう!……どっか座れる部屋に案内して貰おう」
パスカルの顔が蒼ざめた。その声に聞き覚えがあったのだ。マダム・ダルジュレの舘で、彼の身体検査をすれば良い、と提言したあのプレイヤーだった。
覚悟を決め、パスカルはドアを開けた。マスカロン(装飾用の怪人面)よりも大きな顔の太った男が蒸気機関車のように息を切らし、彼に向かって突進してきた。自分にはふんだんに金があるから何でも許されると思っている男のずうずうしい態度が感じられた。
「やっぱり!」彼は叫んだ。「ここに居る筈だと分かっておった。おぬし、わしを覚えておろうな……トリゴー男爵だ。わしが来たのは……」
彼の言葉はここで途切れ、年利収入八十万フランもある男とは思えぬような狼狽ぶりを示した。マダム・フェライユールの姿を認めたからである。彼は夫人にお辞儀をし、旧知の間柄のような身振りと共にパスカルに言った。
「おぬしに個人的な話があってやって来たのだ……その、おぬしも良く知っている事柄についてな」
パスカルは非常に驚いていたが、それでも表情にはそれを露さなかった。
「母の前でお話になって結構です」と彼は冷たい、敵対的とも言える口調で答えた。「母はすべてを知っておりますから」
男爵の驚きは顰め面となって表れた。彼の場合、それは顔面の痙攣だった。
「ああ」と彼は三度異なるイントネーションで繰り返した。「ああ、ああ」
誰も彼に椅子を勧めなかったので、彼は自ら肘掛け椅子の方へ進んで行き、どかっと腰をおろして言った。
「お許し願いますぞ……あの階段には参り申した!」
このどっしりと肥満した人物はその鈍重そうな外見の下に、よく鍛えられた慧眼と繊細な神経を隠していた。呼吸を整えるふりをしながら、周囲に油断のない一瞥を飛ばし、彼は執務室と主人側の二人を観察した。床には拳銃と、くしゃくしゃになった手紙が落ちており、フェライユール夫人とその息子の目にはまだ涙が光っていた。鋭い観察者でなくとも、事情は察しがつくというものだ。12.28