エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VI-25

2023-04-05 10:02:10 | 地獄の生活

 男爵の赤ら顔の頬に熱い涙が零れ落ちた。男爵もまた哀れな男だった! マダム・ダルジュレの嘆きの一つ一つが彼の苦しい胸にも響き、共鳴していた。空威張りの男爵、賭博場の常連、トリゴーと言えばカードゲーム、そう言われている彼もまた同じ絶望的な叫びをあげていたのだ。「あれが我が子なのか!」という。

 しかし彼はそういう自分の気持ちを隠し、わざと陽気な調子で言った。

 「馬鹿な! ウィルキーはまだ若い。今に自分の非を改める日が来ますよ! 我々だって二十歳の頃には皆馬鹿なことをやらかしたもんじゃありませんか! タフな男を気取って母親に心配させ、眠れぬ夜を過ごさせたりしたもんです。時間てもんが必要なんですよ。時がたてば、あの跳ねっ返りの若者にも分別が付きますよ。それに、貴女が信頼しているあのパターソン氏、彼にも非がないとは私には思えません。そりゃ帳簿係としてならば、彼の右に出る者はないかもしれない。だが、青少年の監督者としては、あれほど不適当な男はないですよ……。彼は貴女の息子に粟をたらふくあてがって、あ、金のことですよ、しかも手綱は緩めて好き放題させる。それで、彼が馬鹿なことをしでかしたと言って驚く、というわけです。悪さをしない方が不思議ってもんですよ……だから、気をしっかり持って、悪い方に悪い方に考えないようにするんです。いいですね、リア」

 しかし彼女は悲しげに頭を振りながら答えた。

 「私の心はあのどうしようもない息子を擁護してしまうのです。貴方にはそれがお分かりになりませんこと? 私はあの子の母親です。あの子を愛さずにいることはどうしても出来ないの。あの子が何をしようと……。あの子がどんなことをしようと、私はあの子に涙の一滴を流させないためだったら、自分の血の一滴を捧げます。それでも、私は盲目じゃない、残念なことに。あの子がどんな人間か、私は分かっています。あの子には心ってものがないのです」

 「ああ、親愛なるリア、彼がどんな良からぬ忠告を詰め込まれてここに送り込まれてきたか、貴女には分からないのですか?」

 マダム・ダルジュレは半分身を起こし、息を喘がせながら言った。

 「まぁ何を仰るの? そんな話で私を説得できるとお思い? 忠告だなんて! あの子にこんな風に言った男がいるというわけね。『あの可哀想な女のところへ行け。その女はお前の母親だ。彼女とお前の恥を公にし、書類に署名するよう彼女に強制するのだ。もし拒否すれば、彼女を侮辱し、殴れ!』と。貴方は私よりもよく分かっている筈だわ、男爵、そんなことはあり得ないってことを! どんなに身分の賤しい者たちでも、人間らしい感情が汚辱の泥を被ってしまっても、ひとつだけ残るものがある。それが母親への愛情というものよ。徒刑場の囚人でさえ、その労役で得た何サンチームかを蓄え、自分に割り当てられたワインや食料を我慢して取っておき、それらを売ったりなどして母親に何がしかのお金を送ろうとする、という話を聞くわ……それなのに、あの子は……」4.5


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