アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

丿貫の利休評など

2023-11-16 06:41:51 | ジェイド・タブレット外典

◎ジェイド・タブレット-外典-05-09

◎風雅は身とともに終わる

 

丿貫(へちかん)は、武野紹鷗の高弟であって、茶器を馬に負わせて諸国を徘徊した。

もともと丿貫と利休はライバルであって、丿貫は利休が世におもねり、世間の人にへつらうことの多いことをいつも憤り、また利休が権力者にかわいがられることをひどく嘆いていうには、

「利休は幼少の頃は純粋で篤実な奴だったが、今は若い頃とは違って志が薄くなって昔と人物が変わってしまった。人は20年毎に志が変わるものだろうか。

私も四十歳から自分を棄てる気分となってきた。利休は、人生の右上がりの上昇時期だけしか知らないのだが、惜しいことに、人生の衰えていくパートを知らない者である。

世の中の移り変わることを飛鳥川の淵瀬に例えたものだが、人の変わることはそれよりも早い。

そういうわけで、わかっている人は、世界を実体がないと見て軽く世を渡っていくものだ。云々。」

 

丿貫は、その没年に自分の短冊を買い戻して焼き捨てて、

「風雅は身とともに終わる」と語って没したという。

 

世界も身とともに終わる。

財産も身とともに終わる。

地位も身とともに終わる。

名誉も身とともに終わる。

 

丿貫は、自分の短冊がよほど恥ずかしかったのだろうか。自分の宇宙が終わるということで、別れを告げるやり方がたまたま短冊買い戻しだったのだろうか。

丿貫は、およそわびてなどいない戦国武将たちにわび茶を説く利休に嫉妬があったのだろうか。私は利休は未悟だと考えているが、未悟の一求道者としての利休が、武将たちにわび茶でニルヴァーナの薫香を香らせてみせることには、それなりに意義があったように思う。

世の人の99%は、仏性を具しているとはいえども悟ってはいないからである。

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千利休の一碗の茶の真の味

2023-11-16 06:20:41 | ジェイド・タブレット外典

◎ジェイド・タブレット-外典-05-08

◎わび茶の濁り

 

わび・さびと言うのは、千利休のよく称揚した考え方である。利休は、南方録にて、わびについて次のように説明している。

「さて、わびの本意は、清浄無垢の仏世界を表わして、この露地・草庵に到着してからは、塵埃を払却し、主客ともに直心の交わりなので、規矩寸法、作法など、なおざりに言うことはできないし、火を起こし、湯を沸かし、茶を喫するまでのことであり、他のことはあるべきではない。

これ即ち、仏心の露出するところである。作法・挨拶にこだわるばかりに、種々の世間の決まり事に堕して、あるいは客は主の過ちをうかがいそしり、主は客の過ちを嘲(そし)る類になってしまう。

この子細をよく了悟する人を待つのに時間はない。趙州(中国唐末の禅僧)を亭主とし、達磨大師を客にして、利休と南坊(利休の弟子)が、露地の塵を拾うほどであるならば、一会は整うべきか、呵々大笑。」

 

このロジックでは、露地・草庵の外では、清浄無垢の仏心がないとしているので、これは内と外が違いがあるということであるから、およそ仏心からはおよそほど遠い人心のことであろう。好意的に見れば、露地・草庵を一つのサンクチュアリ(聖域)と見立てて、茶の湯を仏心という聖なる雰囲気を味わう機会として提供したというものと見ることができようが、一刻一瞬を真剣勝負で暮らしている禅者にとっては、生ぬるいことこの上ない。

この問答に続いて、南坊宗啓が利休の悟境を問うたところ、利休は、「一碗の茶に真味あることが、だんだんほのかに、わかって参りましたが、時に水の濁りを為すことは、利休が誤るところである。また客たる人が得道していないので、主もまた(客たる人に)ひかれて迷うことあり。」とあり、窮極には至っていないことを述べている。

金に任せて贅沢をするのを良しとする桃山時代の人々に対して、彼らが思いもかけなかった、茶の湯一碗に窮極の香りを薫ぜしめることに意義があったとは認められるが、利休の茶の湯は更に一歩、思い切って踏み込むための手法ではなかったようだ。

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松尾芭蕉-3-わび

2023-11-16 03:33:21 | ジェイド・タブレット

◎ジェイド・タブレット-05-19

◎青春期の水平の道-18

◎松尾芭蕉-3-わび、さび、あわれ-1

◎わび

 

わび、さび、あわれは、未悟の普通の人にもあるが、覚者にはより深く出る。

 

まず芭蕉のわび。覚者は、金のことなど世俗の欲得を見切っているものだから、必ず貧窮なものである。折節、他人に譲り、欲をかくことがないので、自ずとそうなる。

だが実際にしばしば衣食住に困るというのは、覚者といえども容易なことではなく、そういった状態に居ることを「わぶ」と言う。覚者は、逆立ちした人生を生きているのだから、必ず社会的には不適応であって、ゆえに貧しい。けれども「わぶ」はネガティブでもポジティブでもない。

さらに

『月をわび、身をわび、拙(つたな)きをわびて、わぶとこたへむとすれど、問人もなし。なをわびわびて、

詫びてすめ月侘斎(つきわびさい)が奈良茶歌

芭蕉

 

(大意:

月を侘び、身を侘び、自分の拙いことを侘びつつ日を送っている。もし誰かが問うたなら、「侘びている」と答えようと思うけれども、問う人もいない。それでも透徹した孤独感なる侘びに堪えず、

月を愛でながら奈良茶飯を食べつつ鼻歌を歌い、侘びは澄んでいこう。)』

(歌集:むさしぶり)

 

侘びは俳諧以外に茶道でも重視される。

千利休は悟っていないが、わびの本意は仏心の露出するところだと述べる(南方録)。

禅僧趙州の十二時の歌でも、わびた生活感がこれでもかこれでもかと出されている。わびは、当代盛んにもてはやされるブランド好きなスーパーリッチとは無縁の世界である。

 

加えて、

『笠は長途(ちょうと)の雨にほころび、帋子(かみこ) はとまりとまりのあらしにもめたり。侘びつくしたるわび人、我さへあはれにおぼえける。むかし狂歌の才士、此国にたどりし事を、不図(ふと)おもひ出て申し侍る。

 

狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉    芭蕉

(大意:笠は長旅に破れ、紙子(服の一種)も同様よれよれである。侘び尽くした私だが自分でもあわれに思う。そういえばその昔、竹斎もこの国に遊んだと言うことを思い出したので、・・・)

※竹斎:藪医者の竹斎が京都で食い詰め、にらみの介という下僕をつれて東海道を下って江戸に至る狂歌の滑稽漫遊記の主人公。』 (歌集:冬の日)

 

聖者は、多くの場合読書人階層に出て、知的素養を持って冥想修行に入るので、最初から貧窮にあっては成道するのは困難ではあるが、悟りを得てからは、「わぶ」のである。

かくして蕉門誹談の随門記にあるように「侘しきを面白がるは、道に入りたる甲斐なり」と、覚醒した人の生き様こそがわびなのだ。

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