馬周。字は賓王。清河茌平人。
苦学して武中に博州助教となるが飲酒癖が災いし放浪。
京師の中郎將常何の家に居候する。
貞觀五年太宗は全官吏に政事に関して上書することを求めるが、
武官で文盲の何は周に代文させて提出する。
その格調の高さに驚いた太宗が怪しむと、何は周の作品である
ことを告白し推薦した。令直門下省。
六年監察御史となりますます太宗に気に入られた。
ついで侍御史・朝散大夫と昇進。
誠実で博学なため太宗に重んぜられ。
十八年中書令として宰相に連なる。
太宗の高麗遠征時、留輔皇太子。
太宗還,本官攝吏部尚書。
二十一年銀青光祿大夫となるが病となり、二十二年卒,48才。
贈幽州都督,高宗即位,追贈尚書右僕射、高唐縣公。
子の載は吏部侍郎に至る。
[宰相履歴]
貞觀18年8月守中書令~19年2月太子同掌機務~22年正月薨。
苦学して武中に博州助教となるが飲酒癖が災いし放浪。
京師の中郎將常何の家に居候する。
貞觀五年太宗は全官吏に政事に関して上書することを求めるが、
武官で文盲の何は周に代文させて提出する。
その格調の高さに驚いた太宗が怪しむと、何は周の作品である
ことを告白し推薦した。令直門下省。
六年監察御史となりますます太宗に気に入られた。
ついで侍御史・朝散大夫と昇進。
誠実で博学なため太宗に重んぜられ。
十八年中書令として宰相に連なる。
太宗の高麗遠征時、留輔皇太子。
太宗還,本官攝吏部尚書。
二十一年銀青光祿大夫となるが病となり、二十二年卒,48才。
贈幽州都督,高宗即位,追贈尚書右僕射、高唐縣公。
子の載は吏部侍郎に至る。
[宰相履歴]
貞觀18年8月守中書令~19年2月太子同掌機務~22年正月薨。
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