KOFUKUの家から

演劇的体質の自由人
大きな愛にいだかれて
チワワたち猫たち
南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

my little garden

2011-10-13 | KOFUKU日記


 
《今日のまろぴぴぴもお元気。今朝は甘えんぼのまろたんデス♪》

 
《ぴーちゃんは朝からリラックス。まろぴぴは一緒にネンネ♪》


さて今日も南の国は良い天気です。
このところ桜島が活発ですが、世界中、日本中どこの火山も元気みたいで
いつどこで災害が起きてもおかしくない感じで
なんだか地球は本格的に大変な時期に突入した気がしています。


一昨日は私たちが住んでた横浜のすぐ近くでストロンチウムが見つかり
昨日はこれまたすぐ隣の世田谷で高放射能地帯が発見!
この数値をもとに被ばく量を計算するとチェルノブイリの最高値を超えるそうです。

事故現場から250キロ離れた地帯でチェルノブイリ超え…
こわいよ日本
このままじゃこの国からはこどもや若い人はいなくなります。

って言うか、今、そうだって事は、最初からそうだったわけですよね…(-_-;)
最初から高放射能に汚染されていたからこの結果なわけです。
まあ、今頃言うなよ、推測できてたでしょ?
それを大丈夫だって言ってきたからこうなったんでしょ?って話です。

私たちが移住するとき、そんなの過敏だとか、
政府が大丈夫というから大丈夫なはずとか
そりゃいろいろ言う人もいましたけれども、
これで少しは関東圏の人も危機感持ってくれるんでしょうか?
すでに関西圏でも大きな放射線量が出ているそうですし…
大気はめぐるし海流も廻るし、どうしたって狭い国に汚染は広がります。

その中でも危ないと言われる関東圏。
そこで生きていくのを選択しているのは当人たちなのでそれでいいと思いますが
せめて子供たちの食べ物や生活は大人が責任もってあげてほしいと思います。

500ベクレルは全面核戦争時下の本当に緊急時の暫定基準です。
3か月摂取すると2年後に死ぬといわれる数値であると科学者も提言しています。
(興味のある方は検索してください)
ベラルーシの医師も「日本の基準が理解できない」と発表しました。

どうか、こどもたちの命を守ってほしいです
そして本当に危ない地域の方を国が守ってあげてほしいです

危ない場所で農業や漁業などを続けさせて、それが売れなくて
安全を考え買わない人をまるで非国民のように言わせ、
風評被害と言わせてるのは一体だれか?と問いたくなる今日この頃です。



《庭に咲くゴーヤの花*ちょっと季節外れですが・(笑)》


そんな中、ここにいると平和がまだあります。
ありがたいことだと思います。
ほんとこの安心感を少しでもいい、分け合いたいです。

さてさて我が家にはそれなりの広さのお庭があります。
大きくはありませんが、十分な広さです。
半分は車を置くためにコンクリート舗装で
残りは畑や花壇ができるようになっています。

この畑面は山に面しているので、人様に気兼ねが要りません。
なのでちびっこチワワんず達は自由に家と庭を出入りできるようになっています。


《草むらに入るのが大好きなまろたんは今日も庭を駆け回ります》

ちなみにお庭は来たときはきれいにお掃除されていましたので
いろいろな種を買ってきたんですが、種を蒔こうと思ってたら
数日するといろいろな草の芽がにょきにょき出てきました。

基本、我が家は父以外は草を引っこ抜いたりしません。
なんというか、花も出来る限りつみません。
お花をつむのは故人にお花を捧げたりする特別な時だけです。
理由は多分、生きてるからです。

でも食べられるものは、ありがたく命を頂きますし
お茶にしたり、いろいろと工夫いたします。
それもまた、命への憧憬でございます。

今回もなんだか芽が出てきちゃったんで、そのまま放置(・。・;
「YOUたち、勝手に伸びちゃいなよ」ってな感じであります。

何の芽だろうねぇ~と言ってたら、一番上の写真のゴーヤさんでした。
多分、植えていたものから種が落ちたのでしょう。
時期外れですから実はならないかもですが、そのまま花を愛でています。

わたくしは基本、庭は植えてるものから種が落ちて、
ぽこぽこと増えていく感じが好きです。
さらに雑草がうわっと生えて、緑の風が揺れるようなのが好きです。
で、草木の自由にさせてます(笑)
ガーデン オブ リベルテです~。
なのでお家のお庭には虫さんもいっぱいおりますのですわ。
この虫さんたちも放置(笑)

ちなみに妹のアムさんは基本、
ゴキブリも殺さないし蜘蛛の巣も払いません。
ばったり出会って、私たちが騒ぎ、殺生な感じになると
「ほら、人間のいるところに出てくるからだよ。
危ないからどっか行きなさい」
と虫に説教します。
オオカミや動物に説教する聖人アッシジのフランチェスコならぬ
虫に説教する南の国のアムさんです(*^^)v

そんな聖人のいる我が家の庭には今朝はバッタとちょうちょさんがおりました。



こうやって虫たちが来るお庭なのでまだ安全なのかもしれません。
ドクダミさんも出てきたので、お茶にしてみたいと思っています。

甥っ子は鹿児島大学の教授の方に教わって段ボールコンポストをやってます
これもそのうち肥料になります。
現在はちび達が天然肥料をまいてます(・。・;


あ、コンポストの余った肥料は鹿児島市が買ってくれるんだそうです

こんな時代だからこそできるところから自然回帰
自分で安全を確保する、そんな感じです。

安全な地球にしたいですね。
ほんとの意味で地球を守りたい今日この頃です

防災月は過ぎましたが…備えあれば憂いなし

2011-10-12 | KOFUKU日記
 
《今日もまろぴぴぴは3人仲良く日向ぼっこ中》

穏やかな朝です。

いろんな疲れが出ているのか、昨日あたりから体調悪しで
今日はお布団を横に敷いて、お茶を用意してゆっくりしています。

さて先月は防災月間でしたが、実はこの間、ものすごくリアルな夢を見ました。
先日の大地震のようなものが起きる夢でした。
場所はこのあたりではありませんでしたが。

とても真実味があったので、家族に話しました。
それをきっかけに、家族で万一の時はどうするかを話し合いました。
その中で食料などの話が出ましたので、
皆様にも私が参考にしているサイトからご紹介します。

災害は起こらなければ一番いいのですが、万一ということもありますので
お水だけでも備えておかれるといいかもしれませんね。

このサイトの中では災害時の調理法なども紹介されています。
ブックマークから飛べますので覗いてみてくださいね。



非常災害への備え
スーパーやコンビニエンスストアあるいは自動販売機でいつもでも食料が手に入る今日、
食料の備えの必要性を、深く考えていないのが現状です。
いざという時のために、自らが防衛策を考えておく必要があると思われます。

非常災害に備えた飲料水、食料の確保をしましょう

(1) 水は1人1日3リットル以上を目安に、数ヶ所に分散して保管、
市販のミネラルウォーターは、未開封で通常1年保存できます。
お茶やウーロン茶の缶等を含め、家族一人ひとりが持てるように用意しましょう。

(2) 食料は1人3日分を確保
レトルト食品、缶詰、菓子類等を中心に、アウトドア用品等も加えてそろえます。
火や水が必要なインスタント食品は少なめとし、
缶詰類は缶切り不要なプルオープンタイプのものを主体に、
家族一人ひとりが持てるようにすることが大切です。


《備蓄食品の条件》

ア 日常生活にも使えなおかつ長期間保存に耐えられるもの

(乾物類は日本の伝統食品で保存日数も長く栄養もある)
梅干し、ごま、切り干し大根、高野豆腐、干し椎茸、乾燥わかめ、かんぴょう、煮干し、のり、麩

イ 調理にあまり手間のかからないもの

(水・ガス・電気が使えない時)
カンパン、ビスケット、缶詰、チーズ、ロングライフ牛乳、ペットボトルの水、お茶

(水・電気が使える時)
インスタントラーメン、カップラーメン、レトルト食品、
ホットケーキミックス、スキムミルク、フリーズドライ野菜、
シリアル、冷凍食品

ウ 持ち運びに便利なもの
かさばらずに、あまり重くないもの

エ 必要最小限のエネルギーや栄養素が確保できるもの


《家庭での備蓄食品》


主食
レトルト主食(ご飯、五目飯、かゆ)米
冷凍おにぎり、冷凍めん、個包装もち、
粉類(小麦粉、ホットケーキミックス、片栗粉)
アルファー米(ご飯、五目飯、山菜おこわ、赤飯)

乾パン、即席めん、ビスケット、クラッカー、せんべい、シリアル類、
乾めん(うどん、そば、そうめん)スパゲッティ、マカロニ、ビーフン

主菜
魚・肉缶詰(味付け、水煮)レトルト肉料理、シチュー類缶詰


副菜
野菜類煮物缶詰、サラダ缶詰、フリーズドライ食品(野菜、豆類)
カレー、シチュー(缶、レトルト)高野豆腐、麩、インスタントみそ汁、
梅干、らっきょう、漬物、 乾物類(切り干し大根、乾燥わかめ、のり、
かんぴょう、昆布、干し椎茸、かんてん、春雨、千えび、煮干し、削りぶし)

調味料
ビン入り塩、調味料パック(みそ、塩、ソース、ケチャップ、マヨネーズ)
コンソメ、ごま、こしょう、フリーズドライ食品(みそ、しょうゆ)

嗜好品
ようかん、あめ、チョコレート、果物缶詰、スナック菓子、
ふりかけ、ティーパック(紅茶、お茶)チーズ、干し芋

飲み物
ミネラルウォーター、スポーツ飲料、トマトジュース、野菜ジュース、
フルーツジュース、スープ缶、ロングライフ牛乳、スキムミルク

その他
粉ミルク、ベビーフード等、乳幼児や高齢者の食べられるもの


平安が訪れます様に…

2011-10-11 | KOFUKU日記


未曽有の大災害から7か月がたちました。

まだどこかで愛するご家族のお迎えを待っている方もおられます。

放射能の汚染は政府の「ただちに被害はない」の言葉によって
今、まさに大きく被害が広がりつつあります。

地震もまだまだ余波が大きく、先が見えません。

被害にあわれた方、尊いいのちを奪われた方、
そして、そのご家族に一日も早く、平安のありますように。

燈火ほどでいいのです。
どうか輝く温かい心の明かりがともされますように。
心からお祈り申し上げています。


それらを思うとき、私はなんて恵まれているのだろうか。
私は早くして愛する人を失わなくてはならなかったけれど
それでも私は見送らせてもらえ、お葬式にも出してもらえた。
彼の愛した小さな命たちを今も預からせてもらっている。

悲しみで病気にはなったが、おかげで田舎の家族のもとに帰ってこられた。
これは奇跡だ。そうとしか思えない。
どうしても帰りたくて、無理をしてまで帰ってきたから
借金だけができてお金はまったく無くなった。
生活は前にもまして大変になるが、
その代り、みんなで助け合う喜びが生まれた。


ほとんどいつも寂しくて悲しくて魂はふと気を抜けば
あっという間に死にそうにはなるけれど、
それは生きているということだ。
あの人が生きていたということだ。
アイガアッタトイウコトダ。
そしてそう私が思う限り愛は続くということだ。
悲しみの向こうにあの人がいるということだ。


時々、私と同じように避難してきて、
田舎のみんなの危機感がない、ああだこうだと書いている方がいる。

その方の寂しさがわからないわけではない。
私も知らない土地に長く一人で生きる経験をたくさんしたから。
わかるが、ただ私は無性に悲しくなる。

だって覚悟をして移動してきたのではないだろうか?
それだけでも恵まれている。

だから、どうか思い起こしてほしい。
そうしたくてもできない人がいることを。
私も2か月前はそういう人間の一人だった。

お金もつてもなかった。
私の家族は貧しくて助けたくてもできなかった。
でも奇跡が起きてここにいる。

奇跡とは愛に他ならないのではなかろうか。
奇跡とはたくさんの人の愛。

天に帰ったあの人がいなかったらこの奇跡は起こらなかったろう。
たくさんの友達や愛する人々の助けがなかったらここにはいなかった。
ここにいられることが許されているのは、みんなの愛ゆえにだと思う。
私はすべての愛に感謝しています。

嘆かれている方。どうか考えてみてほしいと思います。
恐怖から遠く離れた場所で危険が少ないから移動してきたんじゃないのですか?
だったら、その場所で危機感がないのは当たり前じゃないでしょうか?

そんなこと嘆いているよりも誰かとつながる努力や
大切な家族と助け合うことを大切にしてほしいとおもう。

まだ被災地で見つからない方や、放射能や地震の中
その場にいなくてはならない人のためにも。

きっとこれからは、助け合っていかなくては生きていけなくなる。
そんな力を大切にして移住生活を温かくしていってほしいなぁ、
そう思う今日この頃です。

そんな方々の寂しさにも明かりがともりますように。
そしていつか助け合えたらと祈っています。

懐かしい風景

2011-10-11 | KOFUKU日記

《双子みたいな性格のまろとピピ。仲良くネンネ^^》


連休中の夏日が嘘のように今日は秋らしい雨の朝です。

このブログを書こうとすると
「去年の今頃は何をしていましたか?」
と出て、アップした写真が出てきます。
去年の今頃の事は思い出せないほど悲しいので
もっともっともっと昔を思い返すことにしてみました。

さて昨日は甥っ子にくっついて中央駅まで「鉄道の日」のイベントに行ってまいりました。
そこでまず出会ったのは「指宿駅駅長」の亀の小太郎君です。


かなり大きいので駅長の帽子をかぶって歩く姿はなかなかの迫力がありました。
でも駅長帽をかぶって歩く姿がとってもキュートでした。

鉄道の日ということで会場はJR鹿児島中央駅の広場。
いつもは車内にいる「ツバメレディ」さんたちや駅員さんも販売やPRに一生懸命。

さて九州は日本の中でも列車が美しいので有名です。
私が住む鹿児島も真っ赤や赤と黒、マスタードイエローなどのきれいな列車が走っています。
SLや昔の列車風の車体の電車もあって、海や山をかける姿はいいものです。

私の大叔母さんが霧島のふもとの吉松というところに住んでいて
お元気な頃は本当によく遊びに行きました。
山の中の大きなおうちで、母屋と離れがあってお風呂も薪の五右衛門風呂で
納屋には生き物はいませんでしたがお茶を煎る場所がありました。
そのお家沿いに線路があり、私がまだ4,5歳くらいの頃までは
D51、通称デゴイチという蒸気機関車が走っておりました。


《昭和45年ごろ、吉松駅で》

この機関車が入るのをまじかで煙にまかれながら見てました。
大叔母ちゃんのご主人が鉄道員だったのでなおさら思い出深いです。

鹿児島を走る列車はシンプルな色合いで面白いです。

《真っ赤な車体のその名もレッドエクスプレス》

 
《真っ黒でレトロな車内のはやとの風と緑深いキリシマ号》

黄色が鮮やかな「菜の花」とかまだまだいろんな列車があります。

街の中を走るのは路面電車です。


《これは私たちが学生の頃に走っていたレトロ車両です。カーテンがついてます。》

路面電車は今はほとんどが広告車両でたくさんのカラーとデザインのものが走っています。

《市役所前を走る電車》

この小さな路面電車が懐かしいレトロ建築の多く残る街を
トコトコと走る姿はとってもかわいいのです。

私は自他共に認めるレトロ好きですが(実家骨董商だし・笑)
この街には私好みの素敵な建物がたくさんあるのでございます。
では少し懐かしいわたくしお気に入りの建物もご紹介しましょう。

まずは大好きな《山形屋デパート》

まだちゃんと使われております(笑)

違った撮り方でもう一枚。
色はこちらのほうが実物に近いです。
右下を走っているのはレトロ電車。



《私が初舞台を踏んだ中央公民館》

もっともお気に入りの建物「考古博物館」
学生の頃はいつもここで憩ってました。


アップでもう一枚。

いつもこの階段に座ってました。

磯庭園の傍の尚古集成館と異人館(紡績工場)



海の横に立ってる異人館。いつも通ると眺めてしまいます。
自由に中に入れます。


《山奥のちいさな町にある古民家カフェ*ポツリ》

まだまだここには懐かしい建物がいっぱいあります。
早くから西洋文化があったので和洋折衷のレトロ建築が多いです。
また懐かしい木のお家もまだまだいっぱいです。
私もかなうなら、いつか古い古い家に住みたいなぁ。

こんな西洋風な建物を囲むのはとても和的な世界だったりもします。
ちなみに私は文化財の隣に住んでます(^^)
お寺と城跡でしかも、これが庭みたいなもんです。

「慈眼寺公園」(じげんじ)という自然公園なのですが、
地元の人は「じがんじ」と発音します。
春は桜、夏は清流、秋もみじの素晴らしい場所です。


この写真の場所は開けてますが、ほとんど舗装なしの自然道で、
いろんな仏像さんがいたりします。そうめん流しもあります。
川の水、飲めますし。
自然道をさらに登っていくと広いイタリア式庭園や広場があります。

思えば幼稚園の遠足もここだった…。
中学校や高校時代は学校いかないでよくここにいましたなぁ…(^_^;)

ここをさらに登るとさらに出るのがここ。谷山神社。

うちの家の隣がこの公園で、家のちょうど真上に位置するのがこの神社。
この山と森のふもとに我が家はございますのですわ。


家から5分の慈眼寺駅から谷山譲跡を望む。
この山の上の緑のこんもりが城跡。
このこんもりのふもとに我が家があるのです。

昔はただのうっそうとした自然公園でございましたが
今や歴史館なんかもできていて華やかな観光地になっています。
いろいろな体験もできるそうなので、ぜひ一度おいでくださいまし。

今日は南の風と共に懐かしい風景をお送りしました。

成長中

2011-10-10 | KOFUKU日記
先日お庭に蒔いたカモミールとラベンダーが芽を出しました。


《小さい芽がびっしり》

成長が楽しみです。
出来れば庭はイングリッシュガーデンの様に自然なイメージがいい。
今も引っ越して来てから芽を出したゴーヤが自然に育っている。
時期が遅いから実がなるかわからないが花は咲いた。
自由で自然。そんなんがいい。

昨日初めてネギを収穫。おいしかった。
バジルはぐんぐん伸びていい匂いを放っている。
草花はいいなぁ。

そんないろんな香りのする中、心地よい風の中でちびたちは日向ぼっこ。
 

今日も善い日になるといいなぁ。