三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【DNA的体験と想像できる遊動型・住空間】

2018年08月07日 07時53分10秒 | Weblog


きのう地域性と普遍性というように現代住宅のテーマをまとめましたが、
ここのところ住宅の起源という探究を続けてきていると、
むしろ定住ではない暮らしの方が、人間の本然ではないかとも思えます。
人類が狩猟採集に適合した身体的進化、体毛がほぼなくなって、
熱中症になるまで獲物を追いかけ回して、熱中症で倒れそうになったときに
石器を利用して獲物にトドメを刺すという「肉食」主体の捕食・生業に転換してから、
それまでの疎林のなかの樹上生活から、
徐々に「移動・狩猟採集」生活に大きく変わっていったのだろうと。
その場合でもたぶん長距離にわたっての移動にいきなり推移するよりも
おおまかなテリトリー領域で数カ所・地域を巡るカタチだったのではないか。
そういう暮らしようの場合、いくつかの地点でのキャンプ生活だったと思う。
「住居」としては自然の中の洞穴などがちょうどよかっただろう。
そういう適当な自然住居が手近にない場合、
手頃な樹木を構造材にしてのテント、というのが一般的な住処になった。
現代でもアフリカで暮らしているピグミーの人々は
簡易な樹木を構造材にして、周囲の植物の葉を構造に重ねたテントに暮らすという。

そういった「住」スタイルの記憶痕跡は、たぶん人類の生活文化の中の
相当基底部分にあるのではないかと想像できる。
写真のモンゴルの遊牧民族の住まい、ゲルはそういった住文化が
現代にまで生き続けてきた形態なのでしょうね。
これは大阪で見学した国立民族学博物館展示でのものです。
骨組み構造がそのままあらわれていて、
避けたい方向の風に対してフェルトで表皮を覆って風よけとしている。
骨組みの構造は微妙な「陰影」を室内に落として
かれら民族の精神生活のなにごとかの揺りかごになっただろうとか、
想念が膨らんでくる。構造素地と表皮が住空間を規定していた。
かれらの暮らしようは、遊牧される家畜たちの生産サイクルに沿って
点々と数カ所地域を遊動していくもの。
繰り返すゲオ建築・組立・解体・運搬などの営為で、そうした作業が
肉体化されるような「建築概念・文化」が積層しているに違いない。

進化の過程で、こういったライフスタイルは必ずDNA化しているだろうと思うけれど、
やはりはるかな経過時間差が大きすぎるのか、さして郷愁感は持てなかった。
こういったゲルの暮らしでも現代では太陽光発電が装置されて
自家発電しての暮らしが普及しているとされていた。
住宅と人間、相関関係は尽きない興味をもたらしてくれますね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする