太陽光ライトに照らされたサンゴの状態を確認するサンゴ研究部の生徒たち=東京都町田市の玉川学園で
学校でサンゴを育て、海に還すことに取り組む部活が東京都内にある。玉川学園中学部・高等部(町田市)の「サンゴ研究部」だ。飼育する水槽の中での死滅、移植先での大規模な白化の発生など数多くの試練を乗り越え、今夏には初めて部員自ら沖縄の海にサンゴを植えることに成功した。東京でサンゴに青春をかける部員たちの思いを聞いてみたくなり、学校を訪れた。(デジタル編集部・小寺香菜子)
◆「きれいなサンゴを見るのがやりがい」
小田急線沿いに広がる玉川学園のキャンパスの一角にある理科教育の専門施設。1階にある研究室に入ると、白衣を着た生徒たちが楽しそうに言葉を交わしながら、水槽の掃除や水質検査などに取り組んでいた。中には、ライトに照らされて美しく発光したサンゴが生き生きと育っており、周囲を小さな魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
「元気が良くてきれいに発光したサンゴを見ることがやりがいです」。出迎えてくれた部長の松本桃華さん(17)と副部長の堀部花音さん(18)は熱いまなざしで”サンゴ愛”を語ってくれた。
とても素敵な響きの「サンゴ部」。だが、今に至る10年余りの道のりは険しいものだった。
◆ゼロからのスタート 白化して死滅を繰り返す
活動の始まりは2011年にさかのぼる。小学部の理科の授業でサンゴの白化現象を取り上げたことがきっかけで、「自由研究生物部サンゴ班」と名付けた選択授業が誕生。中学部1年の5人が年間を通してサンゴについて学んだ。夏には沖縄・石垣島の海で白化の実態を目の当たりにし「自分たちも何かできることはないか」と活動を模索。まずはサンゴを自分たちで育ててみることを決めた。
ゼロからのスタート。専門家を学校に招いてサンゴの養殖について学び、限られた予算の中で必要な水槽やろ過装置などをそろえた。しかし、東京都内の学校で南の海の生き物を育てることは簡単ではない。「最初の数年は、購入しては白化して死滅の繰り返しでした」。当初から指導に当たる顧問の市川信さん(39)はこれまでの歩みを語る。
生徒たちはあきらめなかった。サンゴ養殖のノウハウがある池袋のサンシャイン水族館に通ったり、専門家を学校に招いたりして知識を貪欲に吸収した。水槽を満たす海水は、サンゴ養殖専用の粉末の「人工海水」を井戸水に溶かしてつくるが、この井戸水をさらにろ過してきれいにした。水槽内の水流の向き、太陽光ライトの強さなども調整を繰り返し、養殖に最適な条件を地道に追究した。
◆奇跡的に8株が成長、移植も成功!でも…
努力は実った。15年にはついに8株のサンゴが成長し、石垣島に輸送。地元の漁師たちに移植してもらった。「一つの成果が出て喜んだ」と市川さんは当時を振り返る。部活動としてより深く取り組みたいという生徒たちの熱意もあり、16年4月からは現在の「サンゴ研究部」を発足させた。
しかし、再び苦難に直面する。16年夏に石垣島周辺のサンゴ礁で大規模な白化が発生。移植したサンゴも死滅してしまい、生徒たちは非常に落ち込んだ。一方で、移植できる種類のサンゴの入手が一時的に難しくなり、移植活動は一時休止した。
部員たちはくじけなかった。入手可能な外国産サンゴを育てながら飼育技術の向上に励み、毎年安定して育てられるレベルに到達した。21年には伊江島(沖縄県伊江村)からサンゴ株の提供を受けられるようになり、22年1月には育てたサンゴを伊江島で移植してもらった。
◆ついに自らの手で移植 東京でサンゴを育てる意味とは
育てたサンゴを移植するサンゴ研究部の部員ら(玉川学園サンゴ研究部提供)
22年7月には生徒24人が島を訪問。海に潜り、1月に植えた株が順調に育っていることを確認するとともに、新たにサンゴ約50株を自分たちの手で植えた。中学部1年の磯川昴さん(13)は「移植したサンゴがもさっとしていて、枝の数も増えていた。魚もいて。何十年とたって、大きくなってくれるといいな」と喜んだ。
移植活動は来年以降も伊江島で行う予定だ。高等部を来春に卒業し、大学でも環境問題について学ぶという松本さんは「移植して終わりではなく、サンゴが安定して成長するよう活動してほしい」と後輩たちに期待を込める。
堀部さんは、東京でサンゴを育てていることの意味をこう語ってくれた。「現地の人たちが育てるよりも、私たちが育てる方がリスクは高いと思いますが、サンゴの白化について関東地方ではあまり知られていない。だからこそ私たちが取り組んで発信し、東京でサンゴの養殖をやることの価値を見いだしていきたいんです」
◆そもそもサンゴって何?白化は何で起きるの?
そもそもサンゴはどんな生き物なのか。サンゴの保全に取り組んでいるサンシャイン水族館(豊島区)によると、サンゴはイソギンチャクやクラゲの仲間で「刺胞動物」の一種だ。大きな塊のようにも見えるが、サンゴの種類のほとんどは、「ポリプ」という小さな個体がたくさん集まっている。
最大の特徴は、「褐虫藻」と呼ばれる植物プランクトンを体内に共生させている点だ。サンゴは、褐虫藻が光合成をして得るエネルギーを成長などに利用している。
地球温暖化などの影響で海水温が上昇すると、サンゴの体内の褐虫藻がいなくなってしまい、サンゴの白い骨格が透けて見えるようになる。これを「白化」と呼び、長く続くと、褐虫藻からエネルギーを受け取れなくなり、サンゴは死滅してしまうこともある。
環境省によると、1998年に世界各地のサンゴ礁が高水温による白化現象で壊滅的な被害を受け、その後も各地で白化が確認されている。日本国内でも、16年に沖縄県石垣島と西表島の間に広がる国内最大のサンゴ礁「石西礁湖」で白化が広範囲に確認され、91.4%のサンゴが影響を受けた。石西礁湖では今年も大規模な被害が確認されており、9月下旬の調査では92.8%が白化、17.7%のサンゴは死滅していた。
2016年に石西礁湖で白化したサンゴ(環境省国際サンゴ礁研究・モニタリングセンター提供)
環境省は、海水温上昇に伴い、現在サンゴの分布域とされる屋久島(鹿児島県)以南で白化減少の頻度が増加すると予測している。一方で分布域は北上する可能性が高い。また、二酸化炭素(CO2)の量が増えることによる海洋酸性化で、サンゴ骨格の形成が阻害され、将来日本沿岸にサンゴの生息可能域がほぼ無くなる可能性も指摘されている。
同省はこのため、石西礁湖内で海水温が安定した海域でサンゴを育成し、幼生を供給する拠点をつくることを検討している。沖縄奄美自然環境事務所の担当者は「地球温暖化で海水温そのものが全体的に以前と比べて高くなりがち。危機感を持って白化現象対策を行いたい」と話した。