癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

函館レトロ建築探訪(その1)~若松町・旭町・豊川町

2020年04月22日 | レトロ建築・古民家カフェ

 今日は、風が非常に強く、寒かったので外出は控えた。先日カメラに収めてきたレトロ建築の中から・・・。 

◎旧滝花質店(若松町)<建築年は不明>

 石造りの蔵とくっついている和洋折衷住宅(擬洋風建築)の旧滝花質店。いつ頃の建築物なのかはネット上では不明。

 直接電話してみたら、年配のおばあちゃんが対応してくれたが、自分が嫁に来た時にはもうすでにあったので、詳しいことは分からないとのこと。ただし、母屋も蔵も昭和になってからのものにはまちがいないだろうとのことだった。なお、質店はもう営業していないとのこと。

函館で3軒しか現存していない殺生釘のある蔵。

・「殺生釘(せっしょうくぎ)」は、蔵の屋根の端の鬼瓦や鬼板の上に、陽炎のような数本の釘状の金属が放射状に付けられているもの。語源は不明だが、地域によっては「陽炎」「からす」とも呼ばれている。京都・奈良以北にしか見られない。
・「殺生釘」の目的ははっきりしないが、①魔除け ②烏が瓦に糞をしたり巣を作ったりすることの防止 ③建築主の財力の誇示などの諸説がある。

・函館は大火が多かったので「火避け」の意味合いもあったのではないかとの説もある。

 

◎旭町の「函館根津製餡株式会社」<昭和10年築>

 根津製餡は、昭和9年の大火でそれまでの店舗が焼失したため、その翌年の昭和10(1935)年に建てられたものだという。ちなみにこの店舗、現在の函館では珍しい純和風の本格的商家建築である。なお、蔵は鉄筋コンクリート製で、根津製餡が函館で創業した明治40(1907)年ころに竣工したものらしい。

 根津製餡は明治40(1907)年の創業。〔北海巴こしあん〕という乾燥餡子(あんこ)の製造で知られる、函館の老舗会社である。創業者の本間家は、江戸時代から北前船のルートとして函館と交流のあった越後・新潟の出身。この昭和9年大火焼失後の店舗のデザインは、本間家のルーツである新潟の商家建築を参考に建てたそうである。

 

◎豊川町・電車通りの「及能商店株式会社」<昭和11年築>

 昭和9年の大火後に建てられた骨太な鉄筋コンクリート造りのオフィスビルディング

 昔は函館駅前から十字街までの電車通り沿いには年季の入った建物が見られたが、この「及能株式会社」はこの界隈で生き残った、数少ない歴史的建造物になってしまった。

 装飾を排除した地味で武骨な外観は、当時の時代背景が影響していると考えられる。窓がかなり小さめに取られているのも、火災時を考慮しての設計なのだろう。

 建物の施主である及能(きゅうの)株式会社だが、石川県金沢出身の及能仁三郎が明治18(1885)年に家族と共に函館へ渡り、西川町(現在の豊川町)で畳屋を開業したのが会社のルーツである。更に及能は明治42(1909)年に自身の店を合名会社として登記、本業の畳屋のほか雑貨販売、不動産賃貸、倉庫業、金銭貸付業、食品製造業をはじめ現在に至る。

 moomooタクシーの社屋を挟んで、同じような意匠のビルが建つ。これも同じころに、同じ設計者の下で建てられたのではないかと言われている。

 

◎豊川町・電車通りの「伊藤商事株式会社」<昭和11年築>・「旧塩瀬菓子舗」<建築年は不明>

 電車通りとグリンベルトの交差点に建つ「山三伊東商事株式会社」と隙間なくくっついて建つ「塩瀬菓子舗」

 近くの及能商店と同じ頃に建てられたが、割と華やかな意匠になっている。細い縦長の窓がモダンな感じである。

 「山三伊東商事株式会社」の創業は明治18年(1885)、砂糖問屋として創業し130年を迎える。現在は業務用食材のほとんどを取り扱っている。

 後ろにも社屋が繋がっている

 

 「旧塩瀬菓子舗」~窓間の柱に面白い輪切りを重ねたような雅趣ある装飾を施したレトロビル。「塩瀬」と壁に大書してある。なんでも東京に本店を置く老舗菓子舗であったとか・・・昔は和洋菓子を扱っていたが、現在は営業はしていない。

 建築年は不明だが、隣の伊藤商事と同じ頃の可能性大だが、意匠や間口の狭さからすると銀座通りに立ち並ぶ大正10年ごろの建物と似ている。もしかしたら、昭和9年の大火で焼け残った建物・・・?

 検索してみたら、東京に「塩瀬総本家」という、宋から渡ってきた中国人が始めたという創業660年ほどの御菓子の超老舗がある。当時函館は東京以北随一の都会だったことを考えると、ここにその支店があったとしても不思議ではない。

 この辻向かいにあった、この辺りでは一番目立っていたレトロ建「旧函館信用金庫本店(旧十二銀行函館支店)」は、今年の1月に解体されてしまった。



2 コメント

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何度も視界に入りましたが (栄町住人)
2020-04-22 20:18:14
Sakagさん。旧滝花質店の左の看板は、ニコニコレンタカーの車庫なんですね。よくありがちな建物程度にしか感じていなかったです。根津製餡は「菓の香」2017springで沿革が見つかりました。及能商店、伊藤商事は、写真の背景でした。地元住民はこんな感じなんでしょうか。
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栄町住人さんへ (sakag )
2020-04-22 21:40:34
案外いつも目にしていて当たり前になっている建物は、そういうものでしょうね。
私も東川小に勤めていた頃はそんな感じでした。最近になって古い建築物に興味を持つようになってから目には入るようになりました。
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