
あいにく霧雨の舞う寒々しい日になったが、 母の13回忌を迎えた。たくさん集まって賑やかな感じが好きな母ではあったが、すでに我々4人兄弟のすぐ下の弟も亡くなり、8人の孫たちもほとんど30代になり、全国各地に散っている。そんなこともあり、今回は兄弟だけでこじんまりとやることにした。下の弟は埼玉、唯一50代を保っている妹は大阪から駆けつけた・・・。
一昨日、立待岬にある墓と墓周りをきれいにして今日に備えた。いずれ自分も入る墓なのだが・・・。周りは草茫々で、結構苦労した。
昼過ぎに、お坊さんに家へ来てもらい、仏壇の前でお勤めをしてもらった後、墓参り。50回忌をすでに過ぎてしまった父の回忌法要や母の7回忌までは大勢の兄弟・孫たちが墓の前に並んだのが懐かしい。
墓参の帰りに、子供の頃、お互いに隣に住んでいた銀座通りのpain屋(七飯のこなひき小屋の姉妹店)の親方がいれば・・・と思い、寄ってみたが、臨時休業日だった。
その後、食事会を兼ねた宿泊予定のホテル恵風へ。途中恵山のツツジ公園に寄ったが、もう終わっていた。ガスで展望はなかったので恵山は見えないので、賽の河原はバスしてホテルへ向かった。
一番食い気があって賑やかだった弟がいないのが不思議な感じだ。亡くなって3年経つが、改めて「亡くなったんだ」という想いが実感となった。母の法要だが、弟の法要のような感じになった。
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一昨日、立待岬にある墓と墓周りをきれいにして今日に備えた。いずれ自分も入る墓なのだが・・・。周りは草茫々で、結構苦労した。
昼過ぎに、お坊さんに家へ来てもらい、仏壇の前でお勤めをしてもらった後、墓参り。50回忌をすでに過ぎてしまった父の回忌法要や母の7回忌までは大勢の兄弟・孫たちが墓の前に並んだのが懐かしい。
墓参の帰りに、子供の頃、お互いに隣に住んでいた銀座通りのpain屋(七飯のこなひき小屋の姉妹店)の親方がいれば・・・と思い、寄ってみたが、臨時休業日だった。
その後、食事会を兼ねた宿泊予定のホテル恵風へ。途中恵山のツツジ公園に寄ったが、もう終わっていた。ガスで展望はなかったので恵山は見えないので、賽の河原はバスしてホテルへ向かった。
一番食い気があって賑やかだった弟がいないのが不思議な感じだ。亡くなって3年経つが、改めて「亡くなったんだ」という想いが実感となった。母の法要だが、弟の法要のような感じになった。
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唯一五十代も、そろそろ六十の声が近づいてきています。
定年のないことは嬉しいことです。
Pain屋は弟子の夫婦に任せていて、いずれは彼らの店に。こなひき小屋は息子夫婦に。
私たちは、こなひき小屋でお手伝いしていますが、六十前に、自分達らしい店をもう一度作り上げようと思っています。
来月は大雪です。
先日の新聞でpain屋の方は弟子夫婦が任されているようなので、多分いないだろうと思っていましたが寄ってみました。
>六十目前に自分達らしい店をもう一度作り上げよう
凄いですね。多方面での大活躍の上に、まだまだ新しい夢、夢の集大成に取り組もうとする意欲に感動です!