野毛山公園は3つのエリアからなっています。動物園、公園。三つ目が、展望台のあるサンクガーデン。このエリアの約3分の1を配水池が占めています。
もとは日本で初めての近代水道の浄水場。 大正12(1924)年関東大震災で倒壊し、跡地が公園として整備されました。
その後昭和42(1967)年にあらためて配水池を整備。今でも現役の配水池として、西区全域と、中区、南区の一部にはここから水が送られています。
入れまテン…じゃなくて、立ち入り禁止です。
近代水道の始まりは横浜から。明治20(1887)年に、まず、水源から水道管を引く大工事が始まります。
44キロ離れた津久井湖からこの横浜市にトロッコで水道管を運んで繋げました。
この時の道が、今も水道道(すいどうみち)として市内の地名に残っています。
苦労して造った近代水道。蛇口をひねると飲料水が出てくる事に感激した時から120余年。
今では自販機でペットボトルに入って出てくる時代。
横浜の近代水道の設計、工事の責任者だったヘンリー・スペンサー・パーマーもびっくりだね。
もとは日本で初めての近代水道の浄水場。 大正12(1924)年関東大震災で倒壊し、跡地が公園として整備されました。
その後昭和42(1967)年にあらためて配水池を整備。今でも現役の配水池として、西区全域と、中区、南区の一部にはここから水が送られています。
入れまテン…じゃなくて、立ち入り禁止です。
近代水道の始まりは横浜から。明治20(1887)年に、まず、水源から水道管を引く大工事が始まります。
44キロ離れた津久井湖からこの横浜市にトロッコで水道管を運んで繋げました。
この時の道が、今も水道道(すいどうみち)として市内の地名に残っています。
苦労して造った近代水道。蛇口をひねると飲料水が出てくる事に感激した時から120余年。
今では自販機でペットボトルに入って出てくる時代。
横浜の近代水道の設計、工事の責任者だったヘンリー・スペンサー・パーマーもびっくりだね。
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