早いもので昨日は母親の三回忌法要でした。
母親は長年、私立女子高の数学の先生をしていた人で、私が幼かった頃は時々、学校に連れて行ってくれて、当時4歳か5歳であったであろう私には、とてつもなく大きく感じた体育館で、自分の体の大きさと同じくらいに感じたバスケットボールで遊ばせてくれた記憶があります。そんな時は決まって同僚の先生が私のことを「おぼっちゃま」って呼んでいました。
さて何年か前、同僚だったその先生が自宅に電話を掛けてきて、電話を取った妻と少し世間話をしたらしいのです。そして、おぼっちゃまはお元気?とでも聞いたのでしょう。一瞬、誰のことだかわからなかった妻は、どうやらそれは夫のことであるらしいと気がつきました。「あなた」、「君」、「お前」などに並んで、日本語には「おぼっちゃま」という呼び方があると知った妻は、娘と二人で盛り上がって、その日以降しばらく、私は妻と娘から「おぼっちゃま」と呼ばれていたのでした。
母親は長年、私立女子高の数学の先生をしていた人で、私が幼かった頃は時々、学校に連れて行ってくれて、当時4歳か5歳であったであろう私には、とてつもなく大きく感じた体育館で、自分の体の大きさと同じくらいに感じたバスケットボールで遊ばせてくれた記憶があります。そんな時は決まって同僚の先生が私のことを「おぼっちゃま」って呼んでいました。
さて何年か前、同僚だったその先生が自宅に電話を掛けてきて、電話を取った妻と少し世間話をしたらしいのです。そして、おぼっちゃまはお元気?とでも聞いたのでしょう。一瞬、誰のことだかわからなかった妻は、どうやらそれは夫のことであるらしいと気がつきました。「あなた」、「君」、「お前」などに並んで、日本語には「おぼっちゃま」という呼び方があると知った妻は、娘と二人で盛り上がって、その日以降しばらく、私は妻と娘から「おぼっちゃま」と呼ばれていたのでした。