四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

「口語短歌・水曜サロンの会」(その31)

2022年04月20日 06時22分59秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その31)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 「口語短歌・水曜サロンの会」は2021年9月発足以来、半年を経過しました。
       皆様のご尽力とご協力に心から感謝申し上げます。         ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆


 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている
 皆様の詠まれた短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、
 自由に短歌を投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと
 思っています。皆様の短歌の投稿と、ご意見を歓迎します。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。



     「咲き初める 花水木」

「ブログ友の投稿歌 交流コーナー」

【詞書】御柱祭は、諏訪地方で行われる祭です。2022年は新型コロナウイルスによる
    感染対策で、上社、下社とも氏子による曳行を断念し、4月8日トレーラーで
    無事運搬されました。氏子の気持ちを詠んでみました。
☆御柱(おんばしら) 木落しなくても 奉仕する 心ひとつに 下社山出し
                         浅間山明鏡止水(knsw0805)
【詞書】4月8日テレビニュースで飯田市杵原学校の枝垂れ桜は満開で見頃でした。
    その見事さに思わず1首詠んでみました。
☆嫋やかな 枝垂桜に 心打ち 万葉集の 世界に浸る
                         浅間山明鏡止水(knsw0805)
【詞書】4月12日高遠城址公園に行って来ました。最初、高遠で紅葉を詠んだ歌を
    Shouさんにお見せしたら、参考として絵島が入った短歌を詠まれました。
    それが物凄く強烈で、今回は散りゆくタカトウコヒガンザクラを詠んで見ました。
☆大奥の 絵島生島 両島も 散りて涙の コヒガンザクラ
                         浅間山明鏡止水(knsw0805)

【解説】
 今春の諏訪大社式年造営御柱大祭(御柱祭)で、4月の上社、下社の山出しが氏子に
 よる曳行ではなく、トレーラーなどで運搬とすることになり、4月8日に無事完了した
 とのこと。この曳行方式は「苦渋の決断」だったとのことですが、コロナ禍では
 やむを得ない決断だったと思います。
 7年前の御柱祭では、私の地元の諏訪神社でも、諏訪から氏子の皆さんが来られ曳行の
 セレモニーが行われ、私たちも少しお手伝いしました。あの氏子達の勇壮さは絵巻に
 なり、まさに心意気と共に「奉仕する 心ひとつに」ですね。
 一首目は、そんな姿が浮かぶ確かな詠歌と思います。三首目は原歌を尊重しつつ
 少し添削させて頂きましたが、いかがでしょうか。
 【ご参考】
  ★大奥の 絵島の悲恋 顕(たた)すがに 散りて涙の コヒガンザクラ


【詞書】桜の花は一見か弱そうな感じがしました。でもそれは勘違いだということが
    わかりました。満開の桜の花は触ってもひとひらの花びらも落としませんでした。
    散り始める前の桜の花はとてもパワーがあることを詠いました。
☆満開の桜の花と握手する 命溢るる逞しき花よ
                         さわやか♪さん
【詞書】どんどん桜の花が咲きだして美しい春を、私たちに見せてくれています。
    その日本の春を詠いました。
☆花よ花 桜の花よ咲きほこる 重なるほどの美しさかな
                         さわやか♪さん
【詞書】吹雪がとても綺麗です。つい花びらが近くに舞ってくると手を伸ばして
    花びらをつかまえます。掌で生まれたばかりの花吹雪のひとひらを見て
    詠いました。
☆花びらを キャッチしたての掌に 名残惜しむや ゆく年の春よ
                         さわやか♪さん

【解説】
 まさに桜一色の春爛漫を情景を詠まれていて、作者の桜に寄せる想いの深さを
 感じます。
 一首目「花と握手」、二首目「重なるほどの」、三首目「ゆく年の春」の表現を
 作者とネットで意見交換しながら推敲し、以下の歌に整えることができました。
 【推敲結果】
  ★咲き満る 桜の花に 触れ見れば 静かにもえる 命息づく 
  ★花よ花 さくらの花よ 幾重にも 咲き満つるさま 心も弾む
  ★花びらを 手に掴みおるその刹那 春の名残に 笑みも浮かぶや


「詞書」口語短歌ではいつもの文語短歌とは違う、アプローチで詠むようにしてます。
☆紫の桐の花さく
    薄っすらと汗かき歩きタンポポつつじ
☆ひらひらと名残りの桜風に舞う
    鳥のさえずり落花を誘う

                         リコさん

【解説】
 「桐の花咲く」「名残の桜」と、季節感満載の手練れた詠歌と思います。
 一首目、桐の花は凛と咲き、高所にありながらも爽やかな香りを漂わせ、その芳香にも
 雅さを感じさせます。それ故に「鳳凰の止まり木」という伝説もあるとのこと。
 この歌は散歩の一齣を詠んだものと考えますが、「桐の花」に焦点を絞り詠み込んで
 みました。以下は作者とネットで意見交換しながら推敲し、整えた詠歌です。
 【推敲結果】
  ★桐の花雅に香る
     紫の花影かすめ 鳳凰舞うや


【詞書】ひまわりは墓標  映画「ひまわり」ヘンリー・マーシーを
☆空に連なるウクライナのひまわりは
       愚かな人類への墓標

                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 映画「ひまわり」は、イタリア軍がソ連軍とウクライナで戦い、従軍した行方不明の
 夫を探す妻をソフィア・ローレンが主演した1970年のもの。
 地平線まで続くひまわりの下には、多くの戦士者が眠っていると言う。
 ウクライナの戦争は、まだまだ混迷を深めており、今日も多くの兵士・市民が
 亡くなっており、戦争と言う人類の愚かさは、今も続いている。
 下記URLに音楽と映画の名場面を掲載しているので、御覧頂ければ幸いである。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/727aa3fe5246d56f9888cad7332a5e86

【解説】
 映画「ひまわり」は「ブーベの恋人」と共に、私たちの世代が感涙した忘れえぬ
 映画の一つと思っています。
 特に「ひまわり」はウクライナで撮影されたこともあり、現在のロシアプーチンの
 侵略戦争の惨状と相まって、心に刺さる映画と思っています。
 映画の冒頭と、ラストに映し出されるひまわり畑の広大な広がりと、その下で眠る
 多くの兵士の存在を思うと、愚かな戦争を一刻も早く止めなければと心が逸ります。
 「愚かな人類への墓標」の句が語る、意味合いの深さを改めて心したいと思います。


【詞書】ニュースを見るのが怖い!!けれども、やはり見てしまい、心が痛みます。
☆絢爛の 桜満開 短かりし
     吹く風ともに 花の絨毯
☆長いくさ 今日も非業の 危機みまう
     情け無用の 鬼畜に劣る

                         クロママさん

【解説】
 「ニュースを見るのが怖い!!」は、今の状況では偽らざる思いですね。 
 「花の絨毯」「ウクライナ戦」を詠んだ詠歌は、旬な題材で新鮮な歌と考えます。
 一首目は情景の良く分かる詠歌で、「花の絨毯」の結句がいいですね。
 二首目は日々「筆舌に尽くせぬ残虐な人命喪失の実態」が明らかになるウクライナの現状への
 想いが、明確に詠まれています。今日も非業の死をとげる人々の無念の思いと、その存在が
 心に刺さります。
 「情け無用の」を「殺戮するは」に変えてみましたが、いかがでしょうか。
 【ご参考】
  ★長いくさ 今日も非業の 死はあまた
          殺戮するは 鬼畜に劣る




☆たのしみは テラスに雀が二羽三羽 ガラス戸越しに眺めいるとき
☆たのしみは 青い木の実を描きながら 幼きころを思い出すとき
☆たのしみは 庭の片隅突然に 見知らぬスミレ咲くを見るとき

                       shima-千恵子さん
【短歌 注釈】fumiel-shimaさんの注釈です。
 一首目の「眺めいる」について私(fumiel-shima)はちょっと不自然かな?・・
 とも思ったのですが・・・。それは「眺める」は遠くを見る、或いは広い場所を
 見渡すというようなある程度の距離を感じたときに使う言葉のような気がした
 からなのです。眺めという意味には「物思いに耽りぼんやりと見る」という意味も
 あるようですが可愛い雀を見ている状態ではどうなのでしょうか?
 解説による「直し」をお願いできましたら幸いです。

 二首目は幼いころに少し距離感があったかもしれない継父(実の父は戦死)が
 ムクロジに穴をあけて鶏の羽を3枚入れて 羽根つきの羽子をつくってくれたことを
 思い出し、黒くなったムクロジの実ではなくてもたとえ青い実であっても丸い実を
 見ると懐かしく優しかったその姿を思い出すそうです。

【解説】
 いずれの歌も、作者の優しい心根が伺える素直な良い歌と考えます。
 ・一首目の「眺めいる」についてですが、おっしゃるような意味もありますが、
  「じっと熱心に見る。見入る。」という意味もあります。従って、この表現で
  「ガラス戸越しにじっと熱心に見ている」と解釈できますので、宜しいかと思います。
 ・二首目は、幼な心に刻まれた優しかった継父との思い出。それが「青い実」を見る
  たびに思い出される。それは千恵子奥様の「心の宝」かも知れませんね。
 ・三首目の「庭の片隅突然に」の表現を、少し直してみましたが、いかがでしょうか。
 【ご参考】
  ★たのしみは 狭庭(さにわ)の隅に突然に 見知らぬスミレ咲くを見るとき


【詞書】一昨日、夫の京都の友人から山城たけのこを賜りましたので詠いました。
    この女性は、夫の小学時代の友人で、私の夫は憧れの人であったと言って
    くださいます。それをそのまま詠いました。
    また、この方は連歌のベテランで京都国文祭の時は連歌の部の選者も努められた
    方です。旧仮名遣い、文語体の歌で申し訳ありません。
☆かつてわが夫を憧れくれてゐた女性の送りくれるたけのこ
☆わたしなどよりも遥かに優秀な人に思はれゐたりし夫
☆色白く白たけのことも呼ばれゐる山城たけのこ賜りし幸

                         水仙さん

【解説】
 半世紀を越えてなお交流が続き、旬の産物を届け合うお付き合いは、ほほえましい
 限りと思います。その交流を妻の立場で見守れる作者の懐の深さも見事と感じます。
 しかも、相手の方を「遥かに優秀な人」と評価できることに、感動すら覚えます。
 「わが夫」を信頼し、愛情を育んできた歩みが窺える、確かな詠歌と思います。


☆マリウポリ灰燼と化す
   春愁は怒りともない さらに深まり

                         ポエット・M

【解説】
 この詠歌は、別のブログに掲載したものを、リコさんに添削頂き、さらにネットで
 意見交換を行い整えたものです。改めてリコさんのご支援に感謝致します。
 マリウポリは、ロシアの侵略戦争により破壊し尽くされ、まさに灰燼と化す状況で、
 建物ばかりか、市民をも標的に殺戮し尽くすロシアの在り方は戦争犯罪そのものです。
 そんなロシアへの怒りは、春愁をさらに深くしますが、そんな想いを詠んでみました。
 なお「春愁」は俳句では「春」の季語に当たり、春におぼえる愁いを言います。



     「石楠花の花」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (32)
8.浅き夢みし (1)


  色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ 有為の奥山
                 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず
                     『寺子屋の教科書「いろは覚え」』
  乙女子の
    命消えゆく
       様あわれ
     術なく泣いて
        見守るばかり

     乙女子の
       死の瀬戸際に
          手にとるは
        あわれ小さき
          薔薇の十字架

       そんなにも
         君の時計は
           まわったのか
          僕が眠って
            泣いている間に

     誰れが名を
       呼ぶや乙女子
          死の淵の
        深き川波
          越えゆく刹那
   
    君と我れ
      運命(さだめ)哀しく
        別れゆく
       忘れな草を
         キスに託して




【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでのヒント、
 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せいただければ幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、反論、
 ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しいです。

【破調について】
 破調とは短歌・俳句などの定型詩で、音数に多少が生じることを言い、字余り・字足らず
 などがあります。破調はあくまでも定型を遵守する上での例外的な措置と位置付けたいと
 思っています。
 なお、破調は、短歌会や結社によっては避けるよう指導されるところもありますが、
 一般的には広く許容されていると考えます。
 大切なことは調べ(リズム)が美しいか否かですが、名歌と呼ばれる歌歌に、極端な
 破調の歌は少ないと思っています。これは文語でも、口語でも同様と考えます。
 さらに破調でも字足らずの名歌というのは、知る限り少ないと考えています。

 例えば下記のように、字余りの名歌はかなりあり、有名な歌人でも正しく31音のみで
 詠う人は少ないと考えます。
 ・日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも     塚本邦雄(1句目)
 ・肺尖に ひとつ昼顔の 花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は   岡井隆(2句目)
 ・瓶にさす藤の花ぶさ みじかければ たたみの上にとどかざりけり 正岡子規(3句目)

 しかし、字余りには以下のようないくつかの法則があります。
 ・第1句は6音7音ぐらいなら許容され、かなり多用される字余りです。
 ・第2句~第5句は1音の字余りは許容範囲です。
 ・第4句は意外と桁外れな字余りを許しますが、例歌は少ないです。
 ・いくつかの字余りが混在する例は少ないです。

 一方、字足らずの名歌は少ないのですが、以下二首を例示します。
 ・さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも  弟橘媛(1句目)
 ・あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 塚本邦雄(5句目)
                      参照: 現代短歌辞典「角川書店」等

【投稿外コメント】自閑さんからのコメントです。歌友各位の参考として掲載します。
 破調について、新古今和歌集にも有名な歌が一首有りますので、ご紹介いたします。
  ☆阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ
 読み:あのくたら さんみゃくさんぼだいの ほとけたち わがたつそまに
    みょうがあらせたまえ

 伝教大師最澄の歌ですが、さすがに正岡子規も「九たび歌よみに与ふる書」の中で、
 「いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人も
  さすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。
  第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるは
  ことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、
  若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。」
 と絶賛しております。和漢朗詠集などにも撰歌されて、我が立つ杣は、比叡山の
 異名ともなっており、天台座主の慈円も、おほけなく~の百人一首歌で
 本歌取りしております。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
コメント (18)
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