教育史研究と邦楽作曲の生活

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大学教員の日常業務時間を試算してみた

2011年08月11日 23時55分55秒 | 教育研究メモ

 数日にわたって計算していると、気がついたら5,000字以上も書いていた。
 今回は、大学教員の1ヶ月(便宜上4週間とする)の日常的な業務時間を試算し、どれだけ研究時間が足りないかを検討してみた。他大学の非常勤講師や学外講演・会議は引き受けていないこと、入試や学内行事はない月として試算する(要するに少し負担の軽い月の時間を試算する)。

<比較的負担の軽い教員のコマ数試算>
全体コマ数    100コマ (1日5コマ×1週間(5日)×4週間)
-担当授業コマ数  28コマ (1週間7コマ×4週間)
-授業準備コマ数  20コマ (1科目1週間1コマ×担当5科目×4週間)
-定例会議コマ数   6コマ (学科会議1か月2コマ+学科横断会議1コマ+1委員会1か月1コマ×3種)
-委員会業務コマ数 12コマ (平均的負担の委員3委員会分1週間3コマ×4週間)
-高校訪問コマ数   3コマ (近隣地3校程度)
-高校訪問準備コマ数 1コマ (3校程度)
-学生指導コマ数   4コマ (1週間1コマ×4週間)
-学生指導事務コマ数 2コマ (1週間0.5コマ×4週間)
――――――――――――――――
 学術研究に利用できるコマ数 24コマ

<わかりにくい解説>
 まず全体の時間数をコマ数で計算する。1日5コマ(1コマ90分)とすると、1週間(5日)25コマ、1ヶ月100コマとなる。
 次に授業コマ数について、少なめに見積もって、1週間7コマとする。授業には1ヶ月28コマ必要であるため、残りの時間は72コマ。定例会議の時間数について、少なめに見積もって学内・学科内委員3つ兼務として、6コマ(学科会議2コマ、学科横断の会議1コマ、委員会3コマ、委員会行事分も含む)とする。残り、66コマ。高校訪問に使う時間数について、少なめに見積もって(近隣地)、3コマ程度とする。残り63コマ。学生指導に使う時間数について、少なめに見積もって、1週間1コマとする。残り59コマ。
 以上、比較的負担の少ない大学教員は、残り59コマで、授業準備・教材研究・委員会業務・高校訪問準備・学生指導事務・学術研究を行うことになる。
 委員会業務については、委員によって負担差がある。平均的な負担の委員ばかりを兼務しているとして、1委員につき1週間1コマかかるとする。3委員会4週間で12コマとなる。1ヶ月間の高校訪問準備については1コマ、学生指導については2コマ(2週間で1コマ)とする。残り44コマ。授業準備・教材研究については、十分に行うためには授業コマ数と同等のコマ数が必要である(授業資料準備、授業内容確認、教材研究・開発、自己評価・反省、内容・資料改善等の総計)。ただし、授業準備・教材研究に必要なコマ数は、担当科目数が少ないほど減少するので実際はもう少し少ない。担当科目数を5科目として、同じ科目の授業準備・教材研究の時間を省略すると、授業準備・教材研究も1ヶ月20コマとする。残り24コマ。
 比較的負担の少ない大学教員は、学術研究に取り組む時間を24コマ確保できることになる。実際には、他大学で非常勤講師をやったり、学外の会議や講演などを行ったり、学会事務などを引き受けていたりする場合が多いため、24コマ丸々残ることはあり得ない。ただ、学生指導・委員会業務・授業準備について、場合によっては時間数縮減もありうる。そう考えると、比較的負担の少ない教員には、おおよそ20コマ程度、何とか学術研究に取り組む時間を確保できると思われる。いわゆる「研究大学」や、研究時間の確保を意識的にしている大学に所属する教員は、このくらい確保できるかもしれない。


 問題は、負担の大きい教員の場合である。

<負担の大きい教員のコマ数試算>
全体コマ数    100コマ
-担当授業コマ数  40コマ (1週間10コマ×4週間)
-授業準備コマ数  28コマ (1科目1週間1コマ×担当7科目×4週間)
-定例会議コマ数  10コマ (学科会議1週間1コマ×4+学科横断会議1コマ+1委員会1か月3コマ×1種+委員会1か月1コマ×2種)
-委員会業務コマ数 16コマ (負担大きい委員1週間2コマ×4週+平均的委員1週間1コマ×2×4週)
-高校訪問コマ数   10コマ (遠隔地10校以上)
-高校訪問準備コマ数 2コマ (10校以上)
-学生指導コマ数   6コマ (1週間1.5コマ×4週間)
-学生指導事務コマ数 4コマ (1週間1コマ×4週間)
――――――――――――――――
 学術研究に利用できるコマ数 -16コマ
 (すなわち、不足する16コマを残業によって確保する。当然、学術研究に利用する時間は一切ない)
 ※なお、実習担当者は、これに加えて16コマ(実習対象者100名以上1週間2コマ×実習2科目×4週)必要なため、-32コマとなる。

<わかりにくい解説>
 授業コマ数については、教員数不足やカリキュラム不備などによって、7コマですまない教員も少なくない。1週間10コマとすると、1ヶ月40コマとなる。学科や委員会によっては、複数回以上会議があるものもある。1ヶ月10コマとする(学科会議4コマ、学科横断の会議1コマ、委員会5コマ。ただし、複数会議に出席しなければならない役職に就いた場合はもっと多くなる)。高校訪問については、遠隔地の高校を担当する場合、丸2日(10コマ)程度かかる教員もいる。1ヶ月10コマとする。学生指導については、担任制を採用している場合はもう少し多くなる。1週間1.5コマとすると、1ヶ月6コマとなる(面談時期はもっと多くなる)。ここまでで計66コマとなり、残り34コマとなる。
 委員会業務については、負担量の多い委員を複数もつことはさすがに考えられないので、負担の大きい委員を一つもつとする。1つの委員の負担量を2倍とすると、2委員(1週間1コマ分)4週間+1委員(1週間2コマ分)4週間で16コマ。高校訪問準備については、担当高校数が多いと、1ヶ月1コマではさすがに足りない。少なめに見積もって2コマとする。学生指導事務については、担任制を採用している場合に多くなり、かつ受け持ちの学級の所属学生数が多いとより時間がかかる(1教員が30人以上持つこともある)。少なめに見積もって1週間1コマとすると、1ヶ月4コマとなる。ここまでで、計22コマとなり、残り12コマとなる。
 忘れてもらっては困るのは、授業準備・教材研究の時間である。
 担当科目数を7科目とすると、28コマ必要であるが、すでに残りコマ数は16コマ不足している。この場合、不足する16コマ分は、1日5コマとは別に確保するとともに、授業準備・教材研究の各過程を省略・簡略化して多少時間削減せざるを得ない。こうなると、残業、授業準備の手抜き、教材研究の省略などによって、時間を確保するしかない。授業準備・教材研究の手抜きをしたくなければ、残業時間を増やすしかない。丸々16コマ確保するとして、1コマ90分(1.5時間)で換算すると、授業準備だけで1ヶ月24時間(1週間につき6時間)の残業が必要である。
 また、負担の大きい教員の場合、実習担当であることが多い(毎週一定時間を確保して行う実習は普通の授業中に含めて考えたいため、ここで言及するのは集中的に行う学外実習である)。実習担当教員は、実習事務のために相当の時間を必要とする。実習対象者の数や実習科目数が多ければ、人数や科目数に応じて実習事務に必要な時間は増える。たとえば実習2科目、実習対象学生数100名以上とし、1週間4コマ(1科目につき2コマ)必要とすると、1ヶ月16コマになる。授業準備・教材研究のコマ数と併せて、不足するコマ数は計32コマとなる。そのまま時間で換算すると、実習業務と授業準備を足して1ヶ月48時間(1週間につき12時間)の残業が必要となる。これに、前半の比較的負担の少ない教員が確保できた学術研究のコマ数24コマを足すと、1か月56コマの不足となり、実習業務・授業準備・学術研究を足すと1か月84時間(1週間につき21時間)の残業が必要となる。
 労働基準法では、週40時間を超える残業は原則として認められていないことを考えると、法的にはまだ余裕がある。しかし、残業によって確保するコマ数内の仕事の質を、本来の100コマ分と同様に保つことは不可能である。したがって、この状態では、授業・実習・研究の質を上げることなど、とても期待できない。また、この状態では、学術研究に時間を割くことなど、物理的に不可能である。そのため、忙しい大学教員の中には、授業をおざなりにしたり、研究を止めてしまわざるを得なくなったりする者も出てくるのである。研究をするとしたら、土日や授業のない月(8月後半・9月・2月後半・3月)に、たまっている授業準備・教材研究や委員会・実習業務などをすませる合間に、ねじ込んでいくしかない。場合によっては、これらの通常業務の上に、行事準備・運営、入試業務、非常勤講師、学会事務、学外講演・会議などが入る。その場合は、もっと絶望的なことになる。
 なお、新規の授業科目を持つ場合、その授業準備・教材研究の時間は上記の試算ではまったく不足である。授業内容の選択・理解・吟味、授業展開の構想・構成、資料作成等には、かなりの時間がかかる。きちんと準備しようと思えば、少なくとも、おおよそ丸1日(5コマ)はかかる(授業内容のネタ本を読む時間を含めればそれ以上)。思いっきり手を抜いて、教科書1章分の引き写しにしたとしても、少なくとも1科目2コマはかかると思われる。
 この状況をなんとかしないまま、負担の大きな委員や役職を持ちかけることほど、残酷なことはない。


 以上、大学教員の日常業務時間について、私の体験や友人・知人の状態を踏まえながら試算してみた。
 考慮すべき条件がいろいろ抜けているような気がするが、どうだろうか。
 前半に該当する場合は、何も言うことはない。ご自身の判断によって、しっかり研究をしていただければよいと思う。しかし、後半に該当する場合は、はっきりいってムチャクチャである。この状態では教育の質を高めることはもちろん、維持することすら困難である。この試算のような状況はあり得ない、と思われる教職員(職員も含んでいる)もおられるかもしれない。しかし、そういう方には、これだけは言っておきたい。
 この試算について、「あり得ない」と思うことができる教職員は幸せである。

 自分のことを語るのはいろいろ問題があるので、ここでは語らない。自分で意図的にしていた面も大きいからである。ただ一つ、「今年度は、後半のコマ数ほど多くはない」、とだけ言っておき、読者を少しだけ安心させたいと思う。

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