教育史研究と邦楽作曲の生活

一人の教育学者(日本教育史専門)が日々の動向と思索をつづる、個人的 な表現の場

集中力不足

2005年12月06日 18時54分26秒 | Weblog
 今日は早く目が覚めたので早起きして、午前6時頃家をでました。もちろん徒歩で。途中、「すき家」で納豆朝食を食べて、物足りなかったので7イレブンでおでん(ダイコンとしらたき)を買って登校。7:40ごろ研究室に到着。
 今日の読書は、論文2本。一つ目は、田甫桂三「明治におけるヘルバルト教育学批判」、『日本の教育史学』第16集、教育史学会、1973年、29~45頁。これは今週8日の教育史研究会第十四回例会のテキスト。読んで、ざっと大事なところをまとめたところで終わり。二つ目は、橋本鉱市「明治・大正期における文学部卒業生の社会的配分と役割」、『大学史研究』第12号、大学史研究会、1996年、3~15頁。これは、ちょっと違った。でも、某先生に、橋本氏の論文も読んでないのか、と言われちゃ読まざるを得ない。しっかし、同年の『教育社会学研究』に掲載されている論文と、理論的な部分が重複している部分が多いなあ… 本論のテーマは違うけど、これでいいのかなあ。純粋に教育史論文として興味深い論文でしたが、3分の2ぐらいまとめたくらいで集中力が切れる(笑)。全部のまとめはまた明日に。
 途中、特研。今日は先生がお忙しく、開始は14:30、終了は16:45(17:00に先生の用事があったため)。
 先生、ホントにお疲れさまです。
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銀世界と「学」の勉強中

2005年12月05日 21時54分36秒 | 教育研究メモ
 東広島でもこんなに降ってしまいました…
 写真は午前11時すぎの田園光景。今日も徒歩で登校しましたが、雪で太陽光が反射してまともに目をあけていられませんでしたよ。昼間のうちにだいぶ解けましたが、県北や山陰はもっと降っているのでしょうね。
 夜になるとだいたい解けました。

 今日は、昼前に徒歩で登校。科研や自費の書籍購入費などのお金を処理し、研究に突入。…といいたいところでしたが、今日もなかなか取りかかれなくて苦労しました。寒かったせいでノドが軽くはれてしまい、呼吸がしづらいためか、体がむくんで体調がよくないのです。14時すぎになってようやく取りかかり、16時すぎに心配事も解消し、ようやく集中力が出てきました。
 今日は、橋本鉱市「わが国における学問の制度化過程-医学部教授集団のプロソポグラフィー-」『大学史研究』第11号、大学史研究会、1995年を読みました。西洋医学所から東京帝国大学医科大学に至る教授集団の出身階層・学問的背景を分析して、戦前日本における医学の制度化過程の特徴を明らかにしたものです。私も以前から教員の経歴調査をしていましたが、なるほどこういう分析の仕方もあるか、と勉強させてもらいました。ただ、これを読んだ目的は経歴調査・分析の勉強じゃなくて、「学問の制度化」の理論を勉強することでした。先日読んだ教育社会学の制度化の論文と、理論的な記述は大きく変わることはありませんでしたが、若干詳しいので勉強になりました。繰り返し学習にもなりましたし。
 その後、橋本論文の考察から進んで、科学社会学関係のワードを確認しようと思って、森岡清美・塩原勉・本間康平編『新社会学辞典』(有斐閣、1993年)を読んでおりました。最近、私の博士論文のテーマが、戦前日本における教育学の歴史研究の中に位置づけられつつあり、科学社会学とくに「学問(科学)の制度化」の勉強に足をつっこんでいます。実は去年ぐらいから教育会における研究活動と教育学の関係を考えるようになってましたが、どうすればいいのか手探り状態でしばらくやっていました。今年の7月に、某先生から「ご指導」を頂いて、「学問(科学)の制度化」という視点を教わり、論文や本を集め始めました。学会発表や論文執筆のため「つまみ読み」になってましたが、この12月からようやく腰を据えて勉強できる状態になりました。
 社会学や科学社会学の研究をしようとは思っていないのですが、やっぱり勉強すればするほど、今まで思ったことのなかった様々な視点が得られるものですね。とりあえず、体調を崩すと何もできなくなるので、体調に気をつけなくては。
 
 といいながら、食生活は最悪な私でした
コメント (2)
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座右の銘

2005年12月02日 19時10分40秒 | Weblog
 昨日、wozaijiaさんへの返事でも書いたのですが、私の座右の銘をば。
 「成るときゃ成るし、成らんときゃ成らん、
   じゃったら今やらにゃイカンコト、やっときゃいいんじゃ」

 だいぶなまっていますが(笑)、「成るときは成る、成らないときは成らない、だったら今やらなくてはいけないことを、やっておけばいいのだ」という意味です。自家製です。筆で書きました。従来私は、いちいちくよくよ、悩み多き青年で(笑)、頭で考えて行動になかなか移せない人間でした(です)。ある時、いい加減そんなことも言ってられないころになって、ひらめいた言葉でした。寝床から見えるところに貼ってます。この言葉で、だいぶ助けられました。
 今日はまた昼出勤。先行研究の収集と勉強。来年の指導教員にこれも読んでないのかと冷笑された、橋本鉱市・伊藤彰浩「教育社会学の制度化過程-発展の制度的基盤を中心に-」(『教育社会学研究』第64集、日本教育社会学会、1999年、55~74頁)を読みました。勉強意欲がわき上がってます。うれしい。
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ペスタロッチー賞

2005年12月01日 19時44分15秒 | 教育研究メモ
 2005年12月1日(木)13:30~、広島大学サタケメモリアルホールにて、第十四回ペスタロッチー教育賞表彰式が開催されました。ペスタロッチー(1746~1827)は、日本では理想的な教育者としてたびたび取り上げられてきたスイスの教育理論・実践家です。孤児の教育などにも従事しました。このペスタロッチーの名において、表彰しようという試み、だと思います。ペスタロッチー教育賞について詳しくはこちらで。
 今回の受賞者は、日本ユニセフ協会大使のアグネス・チャンさんでした。アグネス・チャンといえば「ひなげしの花」。歌手としてしか知らなかったのですが、実はアメリカ・スタンフォード大学の教育学のPh.D.(博士号)を持っているのだとか。ユニセフでの活動を評価されての受賞です。表彰式では講演があったのですがチャンさんは、自分の体験をもとに、海外の子ども支援について中心に講演されていました。涙させられたり、クスッと笑わされたり…
 何にしても、非常に感動させられました。
 印象に残った言葉は、次の三つ。コメントは、単なる私の感想ですので、責任は私にあります。

「子どもが生きていく上で大事なのは、平和、そして親の生活力」
 もちろん、自身の命を失っては生きていけない。そして、子どもが最低限生きていくには、食事が必要。子どもに食事を与えるのは基本的には親だが、親がいても毎日食事を与えることができなくては意味がない。むしろ子どもに苦しみを与えることさえある。だから、子どもが生きるということに限定していえば、親の生活力が大事、といわなくてはならない。人間として親が大事、といえるようになるのは、その次の段階なのだろう。親は、いればいいのではないのだ。

「人が一番輝くときは、自分のことを忘れたとき」
 これはチャンさん自身のボランティア活動を振り返って、到達した言葉のようです。「どうして自分はもっと明るい性格ではないのだろう、どうして自分はもっと頭が良くないのだろう、どうして自分はもっと裕福な家に生まれなかったのだろう…」など、人は自分のことばかり考えてしまいがちです。でも、悩んでばかりでは何にもならない。自分で自分を苦しめるだけ。自分のことを悩むエネルギーを、もっと他のことに使ってはどうでしょうか。その際に、他人のために使うことができたら、それよりすばらしいことはないでしょう。

「人と仲良くなることとは、互いの違いを理解すること」
 チャンさんは、出身地である香港にいたときは、みんな同じになれればいいのに、と思っていたそうです。しかし、例えば、日本人は、香港人の「ごちそう」であるハトやヘビを食べる食文化はない。でも、日本人に、ハトやヘビを食べろと強要しても仕方ない。逆に、香港人に、ハトやヘビを食べるなと強要しても仕方ない。でも、この点で、日本人と香港人が友人になれないことはない。友人とつきあっていくには、自分との違いを含めてつきあっていかなくてはならないのです。ちなみに、ハトやヘビの話をしていたのは、チャンさんです(笑)。

 全体的に、話すのがうまいなあ、と思いました。さすがだ。
 表彰式の写真撮ってみました。ちょっと遠いけど。興味ある人はこちらへどうぞ。
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