白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

カチューシャマラソン

2017年05月26日 14時11分39秒 | 日記

スタートラインから遠く離れ、通りの商店街の軒の下に腰を下ろしていた。

周りは出走を待つ馬のように、はやる気持ちを抑えかねた選手たちが、足踏みをしたり、ストレッチをしたり、ウォーミングアップに余念がなかった。

僕はまるで人ごとのようにぼんやりとそれを眺めていた。

午前9時25分。ハーフマラソンのスタートの合図が高らかに鳴った。気温が上がりもう25度を多分超えていた。

数百人のランナーが一斉に飛び出した。

そんな中、僕はほとんど一番最後の一団の中でゆっくりとスタートした。

制限時間内に走り切れるのだろうか?

それよりも走り続けることがそもそもできるのだろうか?

数日前から自問自答し続け、遂には『なるようになるさ』と悟りを開き、走り切れなくても出るだけ出てみよう。そんな心境でそろそろと走り出した。

 

*                *              *              *

 

21日はカチューシャの唄の作曲家、中山晋平の故郷、中野市で第28回目のカチューシャマラソンが行われた。

ゲストにはキングオブスキーの荻原健司さん。

一般参加で10キロの部で庄野真代さんがエントリーしていた。

グランドでは選手たちがウォーミングアップを続け、やがて、開会式。

そんな中で、僕は会場の一角にあるスポーツトレーナーのコーナーで、マッサージを受けていた。

『かなり悪いですね。診てもらっているんですか?』

『いや、まだ。...』

この3月、ランニングを始めたころ、決まって1キロくらい走ると、足の裏側が痺れ、感覚がなくなり、歩くことはおろか立っていることさえできなかった。

この現象は、買い物をしている時も頻繁に起きた。

5分から10分休んでいると回復するのだが、とてもランニングなどできる状態ではなかった。

カチューシャマラソンの参加案内が届き、その日は容赦なく近づいてきた。

そんな中、買い物をしていると、やっぱりその症状は容赦なく襲ってきた。

不思議なことに、東海道歩きで1日40キロ歩いたり、水道メーターの検針で、30,000歩以上歩いてもそうはならなかった。

ランニングしたり、立ち止まるか、ゆっくり歩いているときにそうなるらしかった。

何もトレーニングせず、会場でもウォーミングアップせず、木の下でじっとしていた。

 

制限時間は2時間30分。

1キロ7分で行けば、2時間25分でゴールできる。

密かに僕はぎりぎりのペース配分を考えていた。

それならば、もしかすると完走できるかもしれない。

そう思うとずいぶん気が楽になった。

去年は2時間2分で、もう少し頑張れば2時間切りも狙える、などと考えるのはもうやめた。

この状態では、スタートラインに立つことすら、たぶんすごいことなのだ。

『7分、7分』と口の中で唱えながら、時計を見ると、なんと5分30秒くらいのペースで走っている。

自分では遅いつもりでも、周りのペースに巻き込まれて速くなっていた。

意識的にペースを落とすが、さすがに7分までは落とせない。

無理しないで自分の楽なペースで走ろうと決め、時計を見ると6分を少し切るくらい。

後からスタートした10キロ、5キロの選手たちが勢いよく追い抜いて行った。

とりあえず1キロ地点まで持つか、そして、1.5キロ、2キロを過ぎれば、まず大丈夫。これまでもそうだったから。

そして僕は走り続けた。

第1給水所。水とスポーツドリンクを飲んだ。

この時はゆっくりと歩いた。とにかく気温が高い。しっかり水分補給をしようと思った。

多分、気温はもう30度近かった。

田園風景を眺める余裕もあった。

中野の名山、高社山はもうすっかり、緑が濃くなっていた。

傍らを流れる夜間瀬川は大きな川幅を持って、千曲川の合流点に向かって流れていた。

第2給水所、第3給水所も無事に過ぎ、次第に遅れるランナーや歩くランナーの姿も目に付くようになった。

僕は、ゆっくりになったとしても歩かず走り切ることにしていた。

待ちに待った折り返し点につく頃、気温は間違いなく30度を超していた。

コースは復路、次第に緩やかな登りになっていった。

給水所で頭から水を被った。

その水がシャツに浸み込んで、意外な冷却効果を発揮した。

次の給水所で、ランナーが一人倒れこみ、係員が車を呼ぶ手配をしていた。

後で聞いた話だと、病院で手当てを受け、症状は軽かったという。

また、同じ日に行われた千曲川ロードレースでも、たくさんの人が、熱中症で倒れたという。

マラソンをやるには過酷な条件だった。

何のトレーニングもしなかった身には、さすがに後半はキツかった。

登りのせいもあったが時として、ペースは6分台後半にまで落ちた。

それでも、何とかゴールまでたどり着くことができた。

時間は、自動計時で2時間15分。自分の時計では2時間13分だった。その差はスタート時のロスによるものだと思う。

60歳代男子のハーフマラソン37名中22位。

完走しただけでも十分だ。

 

その後、意を決して整形外科医の診察を受けに行った。

『典型的な脊柱管狭窄症ですね』

症状を話しただけで、明快に言い切った。

『血行を良くする薬と、ビタミン剤を出しておきます。2週間分ね。それで様子を見ましょう。だめだったら、MRIとか、また方法がありますから。』

 

まだまだ、登りたい山がある。こんなことで歩けなくなるわけにはいかない。

昨年の夏、腰痛がある中、穂高への縦走に出かけたら、ぴたりと治ってしまった。

多分、自分には買い物で店内を歩くより、山を歩いているほうが合っているのだろう。

そこで、さっそく、この日曜日には上信国境の白砂山に行く計画を立てた。

歩行時間8時間ほどだが、現地へ行くまで車で2時間以上かかる。この山は信州百名山の一つで、残された未踏の山が一つ減る。

多分、シラネアオイの花も見れるだろう。

78歳になる義姉も誘って、カミさんとの3人旅。

楽しみだ。

 

腰痛の中で、僕は続けていることがある。

スクワット30日チャレンジ。

50回から始め、1日5回づつ増やしていく。30日目には195回になる。

これをやり切って、さてどうしようかと思ったときに、緩急のリズムが大事だと、第2クルーは55回から始めることにした。

今日は第2クルーの77日目。85回。

これは多分、山登りの足の筋肉を作るのに役立っている。

ハーフマラソンを走り切れたのも、実はこのおかげかもしれない。

年を取ると、思わぬ早さで筋肉が衰えていくものだ。