鬼無里。きなさと読む。豊かな伝説を持つ信州の超田舎の山村だが、平成の大合併で村から、長野市に編入された。
この夏、鬼無里の奥裾花から信州百名山の堂津岳、東山へ登った時の話をかみさんにしたのだが、鬼無里の湯とおやき、ダムカレーと、いろは堂のおやきを目的に出かけようとリクエストされた。
勤労する人に感謝する日なのか、勤労できることに感謝する日なのか、両方なのかよく判らないけれど、一応感謝しよう。
自宅から2時間弱。鬼無里の繁華街?に着いた。
この鬼無里の地出身の友達がいる。というか、実家があった。今は埼玉のふじみ野市に住んでいる。
とても古い山友達だ。実家を訪ねた時の待ち合わせ場所がここだった。
そば粉入りの皮にいろいろな具が入っている。
今回のチョイスはねぎみそときりぼし大根。
自宅近くで売られていたり、家で作るおやきは蒸かす作り方だが、ここのおやきは少し焼き色がついている。
もちもちしておいしい。
この後鬼無里の湯二入り、休憩所でのんびりした。長野市では恵比寿講で賑わっているはずがが、この鬼無里では世間から忘れ去られたような静かさ。休憩所には僕らのほかに一組の夫婦がいたきりだ。温泉は貸し切り状態。スーパー銭湯のようなところよりこんな山の静かな湯のほうが好きだ。
いろは堂の隣にある食事処に戻って昼食。
少し辛めのビーフカレーは奥裾花ダムカレー。注文はこれにした。
他にやや甘めのチキンカレー、裾花ダムカレーもある。
方々にダムカレーなるものが開発されて売り出されている。それを食べ歩くのも楽しみだ。
カレーの中の卵は、奥裾花に咲く水芭蕉をイメージしているのだそうな。
帰路は戸隠へ抜けた。
戸隠連峰の西岳、本院岳がよく見えた。
急に来た寒さで、岩肌に雪が付いていた。
この山に登ったのはもう40年以上前のことだ。
よく登っていた八方睨みから本院岳、西岳方面へのルートは当時、とても厳しかった。
一緒に行った友達が、後日他の人と同じコースを辿ったが、朝になっても帰ってこないと、捜索の依頼が来た。
取り敢えず下山口へ行ってみると、しばらくして二人が姿を現した。
きけば、暗くなってしまい山中でビバークしたという。
大事にならずに済んで心の底からほっとした。
今は多分少しはコースも整備されてはいるのだろう。
田中陽希さんのグレートトラバース2で戸隠山は、日本200名山の中で、一番危険な山と紹介されていた。
そのコースは無雪期、月に一度は登っていたが、本院岳、西岳方面に行ったのはその時だけだ。
剣の刃渡り、熊の踊り場、天狗の遊び場(記憶もおぼろで、不正確かも)等の物騒な名前の場所があるのだ。
遠い日のことを懐かしく思い出しながら、飯綱山に差し掛かると、山頂付近が雪で白くなっていた。
飯綱山の元旦登山は来年40回目を迎える。思えば長く登り続けてきた。
今はまだ途切れることなど考えられないが、そのうちにもうやめようかと思う日が来るのだろう。
正直、2日前に走った飯山線ランニング旅で、28キロなのにふくらはぎの筋肉痛に見舞われていて、少なからずショックを受けている。
まあ、冷静に考えてみれば、普段走ってもいないのに突然走ればそうなるわな。
(だけど、これまではそれで全然OKだったんだけどな。)などと不遜な言葉を飲み込みながら、稽古に真剣に取り組まないで負けが込んでいる郷土の力士のことなど思って、さぼらないようにしようと少しだけ思った。
とにもかくにも、このようにして勤労感謝の日は終わった。
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