銭湯の散歩道

神奈川、東京を中心とした銭湯めぐりについて、あれこれ書いていきます。

映画と銭湯の話

2022-03-24 06:15:00 | 銭湯考

先日、Netflixで「ようこそ映画音楽響の世界へ」という番組を見ていていたら、映画業界と銭湯業界が構造的に類似していることに気が付いた。



番組は、映画の裏側を紹介したもので、関係者へのインタビュー、細分化された作業や映画史における音楽の立ち位置などを掘り下げた構成だったが、とくに映画史の変遷は銭湯業界の歩みと軌を一にしている。

映画はかつて娯楽の王様として一世を風靡したが、テレビの出現によって大きな後退を余儀なくされた。銭湯業界はというと、内風呂の出現により凋落を招いた。トドメを刺したのはスーパー銭湯だ。
風呂なし物件が大半だった時代、銭湯は絶対になくてはならないインフラだったが、内風呂の普及によって必然性を失い、非日常空間を求める人たちはスーパー銭湯に流れた。町のちいさな銭湯はどんどん消え去り、いまや風前の灯火である。

ところでテレビにより苦境にたたされた映画業界は、見事な巻き返しをはかっている。そのキッカケとなったのが音響設備だった。
従来のスピーカーは画面の奥に1つだけ設置されていたが、ステレオが映画にも応用されると、音響効果が劇的に飛躍した。
さらには現在の5.1chサラウンドであるが、これは日本人の富田勲がホルストの「惑星」を全方向音響で演じるという実験をしたことが注目を集め、アメリカの映画関係者が映画に取り入れることに成功する。こうして、テレビでは困難な差別化が可能となった。

最近ではスーパー銭湯が大きな躍進を遂げている。
様々な設備を用意して、漫画本やリラクゼーションルーム、マッサージサービス、飲食、仮眠施設等などだ。
こうしたサービスの先鋭化は、現在も進行中である。

ところで、一般の銭湯の立ち位置はどうだろうか。さながらミニシアター系といえるかもしれない。
大手映画館のような新しい設備は用意できず、古い設備を延命させながら、ニッチ産業と化している。
ただ、銭湯業界も手をこまねいているわけではなく、一部でデザイナーズ銭湯が生まれ、スーパー銭湯の設備をキャッチアップする銭湯も出現し始めている。
レトロな銭湯を再評価する声も聞かれる。

最近みたニュースの中で面白いと感じたのは、渋谷にあるTSUTAYAが昔の古いビデオ(VHS)のレンタルを開始したということだった。


VHSに関しては20代の利用者がもっとも多く見られるという。
今の20代からするとかつてのビデオは新鮮な体験をもたらしてくれるものに違いない。DVDやオンライン配信では見られなくなったコンテンツを発掘することもVHSなら可能だ。
実は銭湯もおなじで、今は失いつつあるレトロ銭湯が若者に人気である。若い人からすればノスタルジックな銭湯が新鮮な体験をもたらしてくれる。
やはりどんな時代も、新しいもの、新鮮な体験を人は求めている。それが歴史的に古いかどうかではなく、個人的に新しいかどうかだ。

時代の変遷の中で見えてくるのは、従来の秩序やヒエラルキーを破壊し、脅かしていた存在が進化の機会を与えているということである。
テレビが出現する以前の映画は工業製品のように似たような作品ばかりが乱造されていたが、テレビの出現によって映画業界はコンテンツのみならず劇場のハードも含め進化を遂げた。
銭湯もかつてはほとんど画一的なものばかりだったが、内風呂やスーパー銭湯の出現によって、それぞれの銭湯が設備を充実させてきた。
ライバルの出現は大きな痛手を被るが、長い目で見たときにその存在は自分たちを成長させてくれる貴重な存在である。

これから銭湯業界がどういう方向性を目指すのか分からないが、レトロをブラッシュアップしていくのか、個性を磨いていくのか、新しいサービスを開拓していくのか。どちらにせよ、それがほかと差別化された新しい体験である必要はあるだろう。

いつの時代も変えてはいけない普遍的な価値観と、変えていくべき新しい価値観がある。銭湯業界もその両輪が上手くかみ合ったときに、正しく前進できるのではないかと思う。


ひとときー東京銭湯

2022-02-24 06:15:00 | 銭湯考

横浜の中央図書館で「ひととき」という旅行雑誌をみつけました。
2月号のテーマは、東京銭湯。
自分のブログとおなじ特集だったので、読んでみました。



“旅人”と称してナビゲートしてるのは、浪曲師の玉川太福さんと、女優の南沢奈央さん。おもに現代風に衣替えした銭湯を巡っています。



紹介してる銭湯を見ていくと、「ひだまりの泉萩の湯」とか、都電荒川線の「梅の湯」、それと三ノ輪にある「湯どんぶり栄湯」などですね。
無難に有名どころを押さえているという印象でした。


▲東京銭湯と一口に言っても地域を絞っているため、おもに荒川区付近がメインになっています




▲御谷湯。駅から遠いのが難点でしたが、ペンキ絵が立派なところでした。



インタビューは、最近のリノベーションの旗手である今井健太郎さん。設計事務所の代表です
今井さんは銭湯業界に改革をもたらしたと言っても過言ではありません。業界全体に新しい波をもたらしました。


▲設計してきた数々の銭湯が紹介されてあります。
たとえば、


出典:東京銭湯ホームページ引用
ふくの湯(本駒込)


出典:東京銭湯ホームページ引用
光明泉(中目黒)


出典:東京銭湯ホームページ引用
万年湯(新大久保)


出典:東京銭湯ホームページ引用
大蔵湯(町田)


などです。他にも沢山あります。
空間演出が飛び抜けて洗練されており、合理的な設計でありながら高級リゾートを彷彿させるような優雅な作りになっています。それがワンコインで体験できるのだから、素晴らしい銭湯ばかりです。
こうした時代を牽引する方があらわれたことは銭湯業界にとって奇跡とも呼べる僥倖でしょう。
一方で旗振り役がひとりに偏在してしまうと、こんどは金太郎飴化現象が起きてしまう懸念もあります。
そのあたりに関しては、やはりライバルとなりうる別の視点、感性、方向性をもった人物の出現が望まれます。
そして新しいものだけでなく、過去の遺産を引き継ぐレトロな銭湯もこれから生き残ってもらいたいものです。

今井さんがインタビューの中で語られているように、今の銭湯は過去にないほど多様性に満ちています。
斜陽産業と呼ばれる業界ですが、現在残っている銭湯は非常に競争力があり、魅力あふれる銭湯ばかりです。
その意味では篩(ふる)いにかけられて残ってきた銭湯ゆえに、なにかしらの魅力をもった名店ばかりではないかと思うのです。
是非とも日本独自の文化である銭湯に、みなさんも触れてほしいと願っています。


銭湯談義ー玉袋筋太郎さんと稲荷湯

2022-02-08 06:28:00 | 銭湯考





タレントの玉袋筋太郎さんが日本の文化を紹介するGetNavi Web「玉袋筋太郎の万事往来」の中で稲荷湯が紹介されていた。
西巣鴨にある稲荷湯(滝野川稲荷湯)といえば映画テルマエロマエのロケ地として有名であるが、数多くのCMにも使われるなどクリエーター達から一目置かれる老舗銭湯である。
玉袋さんもここではないがたまにご近所の銭湯には行かれるようで、話の引き出しの多さに驚いた。
銭湯にまつわる知らなかった話も沢山あり、色々と勉強になる対談だった。



稲荷湯は、大正3年(1914年)に創業。建物自体は昭和5年(1930年)に建てられたという。あともう少しで100年は経つという古い歴史を持つ。
創業者は石川県出身で、玉袋さんは銭湯経営者に新潟出身が多いと聞くらしいが、横浜歴史博物館によると富山や石川出身者が多数を占めるとあった。だいたい日本海側の雪国育ちが多いと考えれば間違いなさそうだ。


出典:東京銭湯ホームページ引用

稲荷湯は以前だと熱いお湯(43℃)か、ものすごい熱いお湯(46.5℃)しかなかったが、最近はぬるいお湯(38℃)も用意するようになった。それによって子ども連れが増えたそうである。
こうした時代にあわせた試みは銭湯文化を次世代に引き渡すうえで大切なことだろう。子どもの時に楽しかった記憶というのは大人になったときにかけがえのない宝物になるし、ふとしたキッカケで思い出す瞬間がある。

銭湯を語るうえで忘れていけないのが入れ墨問題。店主の土本さんは電話などで入れ墨があっても大丈夫かたびたび聞かれるようだ。そういう問い合わせる人はたいてい小さな入れ墨(タトゥー)なのだとか。
入れ墨があろうがなかろうが、マナーを守ってくれれば問題ないはずだ。

稲荷湯は昨今だとめずらしく木製の桶を使っている。木製だと1年でたいがいはダメになり、毎年1月2日になると変えるという。
玉袋さんは、風呂桶のカラーンというサウンドがいいんだよなと言われていて、同感だ。あの独特な響きはいかにも銭湯らしいし、不思議な郷愁をさそう。


出典:東京銭湯ホームページ引用

以前だと薪だったが、最近はガスに変えたようである。薪は手間暇が掛かって大変なのと、やはり煙突から出てくる煤が周辺の住民に嫌われる。火力は薪の方が強いが、ガスでも冬場なら1時間半ほどで沸くから問題ない。
意外だったのが、最近は銭湯巡りのブームが起きているらしくて、若い人の来客も増えたそうだ。銭湯のブログを3~4年前からやってるが、そんなブームがあるとは知らなかった。


出典:東京銭湯ホームページ引用

お湯は井戸水を使っているが、最近はマンション建設が原因で井戸水の水質が落ちてきたらしい。水が黒く濁って困るという。地下水というと綺麗な水を勝手に想像していたが、現実は濾過しなければ使えないもののようで、この話で地下水のイメージが悪くなってしまった。

玉袋さんは銭湯に入るときに、太陽の光が射す時間帯に入る時が幸せだと言っていたが、これもウンウンと頷く。
自分も午後2時ぐらいの湯気に囲まれながら明るい日差しの中で過ごす銭湯が好きだ。UNIQLO創業者の柳井正さんも似たようなことを言われていて、みんな感じることは同じなんだなぁと思った。


出典:東京銭湯ホームページ引用

玉袋さんの話で驚いたのは、昔は洗髪代という別料金があったというくだり。
今だと髪を洗うのが当たり前であるが、古い頃だと髪を洗うのが当たり前じゃなかった時(たぶん1960年代あたりまでは今ほど髪を洗わなかったはず)は追加料金が必要だったとか(女湯のみ)。
現在から考えるとありえない話だが、時代によって商習慣が違ったのは当然だろう。粉のシャンプーもあったという。
時代が変われば色々と変わるものである。

2021年の銭湯巡りを総括

2021-12-30 06:36:00 | 銭湯考
この一年も多くの方にブログを読んでいただいて感謝申し上げます。

今回は一年の総括として2021年に巡った銭湯を振り返り、記憶に残った銭湯を改めて紹介したいと思います。

巡った銭湯は、ザッと11月30日時点で、81店。
ほぼ去年と同じ件数でした。
特に意識したわけではないので、これが自分のペースにあった数なのかもしれません。4.5日に一軒は訪ねてる計算になります。

2021年の銭湯巡りを振り返り、印象深かった銭湯をランキング形式で紹介したいと思います。
あくまでも独断と偏愛と完全主観に基づくランキングですので、軽く読んでいただけたら幸いです。



5位
東京・志茂
#HOTランドみどり湯
〒115-0042
北区志茂3−25−9



万人オブ万人向けの銭湯です。まさしく銭湯の王道を驀進(ばくしん)する銭湯でした。設備の完成度が高く、受付の対応がとても良く、清潔感がある。駅からも近い。もう文句のつけようがない銭湯です。
強いて言えば万能すぎて個性に少し欠けるかなと思いましたが、そのへんは好みもあるでしょう。個性=正義ではないので。まず間違いないところとして太鼓判を押せる銭湯です。

4位
東京・落合
#アクア東中野
〒164-0003
中野区東中野4−9−22


こちらもおなかいっぱいの銭湯でした。駅からほど近くて、設備がとにかく充実しています。なにせ露天風呂の中にプールもある! 一粒で二度美味しい銭湯です。
入浴客は年齢層の幅が広く、外国人もいるなどグローバルな銭湯でした。店主の優しい対応も癒されました。


3位
東京・田原町
#三筋湯
〒111-0055
台東区三筋2−13−2



浅草界隈で絶対にはずせない銭湯がこちら。昔ながらの建物ですが、古い銭湯にありがちな汚さとは無縁で、とにかく綺麗。
凛とした佇まいと、浅草らしい下町情緒を堪能できる銭湯です。
全体的にシンプルながら随所にさりげない装飾も見られ、心をなごませてくれます。

2位
東京・雑色
#第一相模湯
〒144-0056
大田区西六郷2−29−2



つい見過ごしてしまいそうな地味な銭湯ですが、研ぎ澄まされた清廉さと独特の柔らかな空気感は忘れられない空間でした。
黎明期の炭酸泉を備えるなどパイオニアとしての片鱗も覗かせ、経営者の静かな情熱や生真面目さを感じます。やや駅から遠いのは難点ですが、とても気に入った銭湯でした。


1位👑
東京・赤土小学校前駅
#ニュー恵美須
〒116-0012 荒川区東尾久4-17-9



古い銭湯のため一部設備が壊れていたり、お湯が熱めだったりとみんなに推奨できる銭湯ではありませんが、そうした欠点を補ってなお今年一番と感じせる銭湯でした。
大阪の業者に設計を頼んだということで、東京では滅多にみられない流風呂を備えているのも興味を引きました。
外気浴ができる庭、容赦ない熱さのスチームサウナ。気持ちよさと苦痛が何度も行き来する熱いお風呂。そして、常に笑顔を絶やさず対応してくれる店主の接客。
あくなきサービスを追求する姿勢は高いプロ意識を感じさせてくれる銭湯でした。












お風呂が偉大である3つの理由

2021-05-27 06:43:00 | 銭湯考


みなさん、お風呂に入られているでしょうか?
毎日ではないにしても(自分は毎日ですが)、二、三日に一度は必ずお世話になっているはずです。
当たり前すぎて文字通り空気のような存在ですが、お風呂は体を洗うだけでなく、様々な効果を発揮してきました。
その大きな3つの点を今回は紹介したいと思います。
少しでも、お風呂いいね!と思っていただけたら幸いです。



お風呂はエウレカ!



とある紀元前の頃、アルキメデスさんという方が、王様からある難題を仰せつかっていました。
「金の王冠に混ぜ物がないか壊さずに調べなさい」
まるで一休さんのとんちに出てきそうな問題です。
それに対してアルキメデスさんはひどく悩みます。王様の野郎、王様だからって無茶ぶりしやがって…。そしてひとつの答えを導きます。
とりあえず風呂に入るか。
フィー。風呂はいいなぁ。たぶんそんなことを思ってたに違いありません。そこで突然天啓が降りてきます。
ヘウレーカ(エウレカ)!
アルキメデスさんは突然立ち上がると、拳を天に突き上げて叫びます。
ヒラメいたぞ!
これが伝説のアルキメデスの法則が生まれた瞬間でした。

時は流れて21世紀。
日本のとある研究者が悩んでいました。人生を掛けた研究が行き詰まっていたのです。
周りからはそんなの無理だと言われるような難しい挑戦でした。
お風呂場で娘の体を先に洗うと、今度は自分の髪を洗う番です。
「はあ、なかなか上手くいかないなぁ。やっぱり無理なのかなぁ…」心の中でそうつぶやいていたとき、ふとした瞬間にアイデアが思いつきます。
それが今ではiPS細胞と呼ばれる再生医療の原理を発見した瞬間でした。お風呂場で悩んでいたのは山中伸弥さんです。
のちにノーベル賞を受賞する時代を切り開く大発見でした。
こうした偉大な発見の数々には、じつはお風呂場が関わったエピソードは枚挙に暇がありません。それぐらいお風呂場は知の源泉でもあるのです。


生命は温泉から生まれた!




生命は一体どのようにして生まれたのでしょうか?
温泉です。

いまだ定説は確立していませんが、研究者の間でもっとも支持されている説が温泉説です。
一昔前は、海の底から生まれたと言われていましたが、色々とシミュレーションすると難しいことが分かってきました。
そこで注目されたのが温泉です。
なぜ温泉と考えられたのかというと、アミノ酸が結合するためには成分を溶かして乾燥させて濃縮し、また溶かすという繰り返しが必要だからです。
そのような一連の過程をもっとも可能とするのが温泉なのです。
暖かいお湯がアミノ酸の結合を促し、乾燥が早く、しかも地面から湧出することで新しいお湯や成分が足される。この繰り返しが生命を生み出したと考えられます。
生命の起源は温泉にあり。
温泉なくして、我々は誕生しませんでした。温泉は生命の母なのです。


日本人のDNAに結びついた文化




文明開化とともにヨーロッパの文化が日本に押し寄せ、その生活様式は一変しました。
外国人は、あまりの変貌に「OMG(オーマイゴッド)」と叫んだといいます。
しかしどうしても捨てられなかった文化がありました。
それが土足禁止と銭湯(公共浴場)です。これだけは明治維新の大改革があっても、命脈を保ち続けました。
その理由は、やはり日本人が清潔好きであることと温泉好きであることと無縁ではないでしょう。
そして、このように裸のつきあいができる公共浴場が多くあるのは、日本だけなのです。
このオリジナリティは、日本人がほかの人々とは違うこと示す象徴でもあります。
常に外国の文化を取り込んで日本にあっても、銭湯だけは存在し続けました。
銭湯を知ることは日本人の心の原風景を知ることでもあるのです。


まとめ



いかがだったでしょうか?
お風呂、温泉、銭湯。それらのキーワードで見えてくるのは、自分たちのアイデンティティに関わることばかりです。
生命の誕生から、革新的アイデアが生まれる場、そして日本独自の文化形成。
銭湯は、それらが集約した場所なのです。
時代とともにカタチは変わってきましたが、日本らしさを象徴する銭湯はこれからも続いてほしいと願ってやみません。

ーおわりー