銭湯の散歩道

神奈川、東京を中心とした銭湯めぐりについて、あれこれ書いていきます。

居心地よい空間とは? サードプレイスの観点でみる銭湯の再生

2020-02-13 08:18:00 | 銭湯考

時代はさかのぼること1989年。
アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは上梓した『The Great Good Place』の中で“サードプレイス”という概念を提唱しました。


サードプレイスとは?
その名の通り、自宅、職場(あるいは学校)とは異なる第三の場所を意味します。
生活の基盤である家族や仕事仲間とは異なるコミュニティーの場と言い換えていいかもしれせん。


たとえばカフェ、クラブ、公園などが例として紹介されますが、ほかにも床屋や美容室、ファミレス、居酒屋、ネットカフェなどもそれに該当するのではないかと思います。
特に日本では、昔から銭湯がその役割を担ってきました。


一方で、従来の銭湯とは違った形として進化しているのがスーパー銭湯です。
スーパー銭湯は特に滞在時間を長く過ごせるように設計されていて、家族が丸1日でも過ごせるようになっています。
この形態はあきらかに日常で使われる銭湯とは異なる進化です。


とくに家庭をもつ女性をターゲットにした点が特徴で、子供の遊び場やみんなで寝ころべる休憩所、食事処などがあります。
遊んで休憩してご飯食べてお風呂に入って、帰ったら寝るだけ。
家庭の煩雑な仕事から解放される仕組みが導入されています。


こうした女性やファミリー層を意識した取り組みは、かつての銭湯になかった視点ではないかと思います。


もう一つ、まったく異なる視点でコミュニティーの場を提供するのが、特定の人向けに作られた施設、「マギーズ東京」です。
これは岩波新書『〈いのち〉とがんー患者となって考えたこと』(坂井律子、岩波書店、2019年)で取り上げられた施設なのですが、自宅と病院しか居場所がなかったガン患者にもう一つの居場所を提供するという点で従来になかったサードプレイスではないかと思います。


マギーズ東京は、ガン患者やその家族の相談に乗る場所として作られた施設ですが、なぜマギーズと名乗るのかというと、イギリス人のマギー・K・ジェンクスさんという女性がガンになった際に病院ですら患者たちの居場所がないことを痛感し、それに特化した施設を自ら作ったからでした。
そうした考えと行動に共鳴した各国の人たちがマギーズハウスを作り、日本でもまたマギーズ東京が生まれたのです。


豊洲にあるマギーズ東京を訪れ、そのホスピタリズムを賞賛した坂井律子さんは、NHKで福祉や健康について番組作りをしていた方で、50代半ばのときに膵臓ガンが発覚します。
ガンが発覚した時から治療や食事に関してなど様々な面での経緯を詳細に語っているのですが、特に辛かったのが近づく死と向き合わなければならなかった不安だったようです。
どうやって多くの人はこの不安を乗り越えたのか相談したくても相談相手がいない。
そんなときに知ったのがマギーズ東京でした。訪れてみるとその居心地の良さに感銘を受けたと言います。
マギーズは、そのコンセプトと条件を明確にしていて、

・自然光が入って明るい
・安全な(中)庭がある
・空間はオープンである
・執務場からすべて見える
・オープンキッチンがある
・セラピー用の個室がある
・暖炉がある、水槽がある
・一人になれるトイレがある
・280㎡程度
・建築デザインは自由
※出典:マギーズ東京ホームページ引用

と箇条書きに記されています。
こうした項目は必ずしも目新しいものではなく、多くはガン患者を迎えるにあたって当然の部分もあると思うのですが、坂井さんはスタッフやセンター長の気遣いにとても感動しています。


マギーズ東京はボランティアスタッフで運営されていて、お菓子なども提供されるようですが、少なくとも豪華な食事やおもてなしが施されるわけではありません。
しかし、不安を抱えてる中で親身になって話を聞いてくれて、気遣ってくれる。
やはり、居心地のよい場所とは、迎え入れてくれる人の存在そのものではないかと思うのです。


人はなぜ家でも職場でもない第三の場所を求めるのか。
それは人が家庭や仕事場とは異なる解放された社会にも居場所を求める生き物だからです。


現在の銭湯にもまた、新しいサードプレイスとしての役割を担おうとする潮流が生まれています。
たとえば高円寺にある小杉湯は新しい場として「銭湯のあるくらし」「何者でもない自分」をコンセプトに「小杉湯となり」という施設を春に開業しますし、渋谷にある改良湯は、様々なイベントの場として銭湯を提供しています。
このような若手による新しい取り組みは、銭湯を再生するうえで大切な試みではないかと思うのです。
しばし斜陽産業として語られる銭湯業界ですが、こうした新しい挑戦は、銭湯を人々から改めて注目してもらうための重要な一歩になると信じています。