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現代における最悪の地獄は戦場である。
何百、何千、何万人、あるいは何十万、何百万人の死体が散乱する。
胴体のない首、ばらばらになった手足、腐臭を放つ内臓。
男女の民間人が虐殺され、家族が引き裂かれ、兵士は劣悪な環境でひたすら恐怖と戦いながら死を待つ。
戦場は散乱するする死体で、まさに食肉加工場である。
第一次世界大戦では900万人が虐殺され、第二次世界大戦におけるヨーロッパ戦線では6000万人が虐殺された。
太平洋戦線も加えると何千万人がこの地獄に晒されたことだろう。
その後のロシア、カンボジアなどにおいても900万、700万人が拷問、処刑、虐殺されたといわれている。
朝鮮戦争から現在の民族紛争、宗教文明間戦争においても何十万、何百万の人命が恐怖の中、虐殺されている。
まさに地獄とは、どこかよそにあるものではなく、この地球上の戦場こそが地獄そのものなのだ。
戦場における殺人も虐殺も国家の名のもとに合法となる。
軍隊においては突撃しない兵士は即銃殺となる。どちらにしても待ち受けているのは死しかない。
人命の絶対尊厳を奪い、心の自由・思想・信教の自由、人権を脅かすものを悪魔と呼ぶならば、まさにそれは、国家であり、宗教であり、民族主義といえる。
もちろん、すべての国家、宗教、民族主義のことではない。
人権と人命の絶対尊厳を脅かす、国家・宗教・民族主義だ。
この悪魔はしらぬまに人心を掌握してしまうので、気がついた時には悪魔の支配下に入ってしまって身動きできなくなっているのが、人類の歴史だった。
第一次世界大戦から第二次世界大戦、そして現代の宗教文明間戦争、民族紛争もしかりだ。
この世界大戦の地獄をまざまざと見た一婦人が言った言葉こそ真実であろうと思う。
「誰をも傷つけてはならないのです」と。
暴力的攻撃には、報復の恐怖が付きまとう。その恐怖が兵士ではない一般人民の虐殺を引き起こす、そして一般人がパルチザンとなって立ち上がる。
こうなると暴力による暴力の応酬となり、戦争の大義も目的も理想も崩壊する。
兵士の心にあるのは、自分はなぜ地獄の戦場にいるのだろう、という不条理と虚無感しかない。
そして心を占めるのは恐怖と狂気である。戦場で狂気に陥る兵士は多い。
それが戦場であり、現実の地獄である。
そして現代では国家、宗教、民族主義、という悪魔に加えて、大企業という悪魔の存在も忘れてはならないだろう。
人権と人命の絶対尊厳を脅かすものこそが悪魔なのだ。