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人類は手のつけられない馬鹿だなあ、と思うことがよくある。
例えば第一次世界大戦で死亡したのは900万人。
第二次世界大戦で死亡した人はヨーロッパ戦線だけで6000万人。
太平洋戦線での死亡者も加えると何千万人になることか。
こういった馬鹿げた殺戮に熱狂するのが人類であるとすると、これはもう、手のつけられない馬鹿としかいいようがない。
それが世界宗教といわれる宗教間での戦争であったりする。
同じ宗教であっても、原理主義とその分派の間で殺戮が繰り広げられている。
また民族主義、国家体制、思想の名のもとにどれほど多くの人類が虐殺されたことか。
ヒトラー、スターリン、ポル・ポト・・・など独裁者の手により何百万人、何千万人の人々が虐殺されたことか。
だいたい宗教というものは、心の自由と幸福・・・すなわち人権を絶対尊重するべきものであるはずだ。人命の絶対的尊厳を実現するべきはずのものだと思う。
第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争・・・現在も続く民族紛争、宗教文明間戦争。
こうして見て来ると、宗教と思想、社会体制などというものは、人権の尊重、人命の絶対的尊厳など、人類の基本的要求を全く忘れ去っている。
したがって、宗教も思想も、まったく馬鹿げているといえる。
現代ではこれらの宗教・思想は拝金主義・マモニズムという宗教に包括されているように見える。
人命よりも企業利益、人権よりも企業利権・・・まったく馬鹿らしい。
生活の基本は金の貪りであり、金の保有量の心配ばかりだ。
人類が求めているのは平和であり、思想・信教の自由であり、人命の絶対的尊厳えあるはずなのだ。
人類が馬鹿げた宗教や思想から脱却するのはいつのことだろう。
ニーチェに郷愁を覚えるのも、ニーチェが現代を言い当てているからではなかろうかと思える。