しゅぷりったあえこお nano

ブログ版 シュプリッターエコー

クラウス・ペーター・フロール指揮/大阪フィル第405回定期

2007-02-23 00:26:29 | 音楽
クラウス・ペーター・フロールのチャイコフスキーは
やはりロシアオケのそれとは明らかに色合いが異なった。
パワフルかつ優雅というよりも
地鳴りを起こそうとする荘厳さと
決して均整を崩さない旋律。

グローバルなこの時世、
マエストロがドイツ人だからという
因果論を語るのは時代錯誤かも知れない。

しかしやはり「血」はあるのだろうか?
やはりマエストロのドイツ人の「血」が
このような演奏を産むのだろうか?

私はそもそも「正統ドイツ派」だの
「フランス人のエスプリ」だの言った
うたい文句は好きではない。
民族より個人の音楽性こそが
音楽性において重要だと考えるからだ。
でないと日本人は永遠に西洋音楽なんてできやしない。
でもやはりマエストロのドイツ人としての
「血」として以外この演奏は解釈出来ない。
大フィルも精一杯応えていたが
地鳴りまでは行かず、強震程度か。
モーツァルトは昨年特に40番は散々聴いたが近年で一番。
マエストロの解釈は短調ほか調性を強く意識した解釈で
堅固な音響のもとの調性の変化がよく伝わった。

(曲目)
モーツァルト:交響曲第40番
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
※音楽監督大植英次が怪我で降板のための代演。
 プログラムもマーラー「交響曲第9番」から変更





貞松・浜田バレエ団「白鳥の湖」2/12明石市立市民会館

2007-02-23 00:17:31 | 舞踊
「バレエ・ブラン(白の場面)」が
こんなに煌々しく清々しく劇場を突出して
まるで明石の街全体にまで拡がっている
かのような舞台を初めて観た。
第二幕と第四幕である。

幻想的という形容は外れではないが
もっと深遠で背筋を凍らすかのごとくあるシーンだ。
スモークと照明がまず絶妙である。

更に圧巻はその中にたたずむ白鳥たちである。
全てが「白」なのにその上を漂漠する白鳥たち。
特に第二幕のコール・ド・バレエは称讚。
決して機械的に一糸乱れぬ踊りなだけではない。
一定のアンサンブルを保ちつつ
個々の白鳥それぞれに性格があるかのよ
うな踊り。生き生きとした息吹が聞こえるようである。
しかし白鳥たちはどこか切ない。
サン=サーンスの「瀕死の白鳥」を
想起するのは私だけだろうか?

主演のオデット・正木志保と貞松正一郎は堅実な踊り。
脇役で特筆すべきは
第三幕のパ・ド・カトルにおける上村未香。
コケティッシュで派手ではないが
躍動感のある踊りには感銘を受けた。