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ブログ版 シュプリッターエコー

自殺志願者さん見て下さい――背中から四十分

2008-03-08 19:33:34 | 演劇
 神戸・三宮の小劇場「イカロスの森」でミナトノヨーコさんの演出による「背中から四十分」(作・畑澤聖悟)を見ました。
 いたるところで人がぎりぎりと追い詰められて、心が行き場を失っていく今日の社会です。そんななかで、ここにこのようにあるわたしたちのこの体をまずお互いにしっかり確かめ合うことで(決して性的な意味ではなく)命へのいとおしさを回復し、そして心を立て直していこうじゃないですか、とそんなメッセージが強く聴こえてくる舞台でした。

 場所は東北地方のホテルの一室。旅の男(ぺっぺ)が部屋に案内されてきたところからこの劇は始まります。
 その中年男はどうやらここで恋人の若い女と会う約束のようですが、その恋人はずっと携帯電話の向こうにいるという設定で、表舞台のストーリーは、部屋に呼ばれたマッサージ師の中年女(木村佐和子)とその男の交錯を軸に組み立てられていくのです。

 ちょっとした行き違い、ちょっとした衝突、ちょっとしたドタバタで、笑いを誘っていたステージが、方角を定めてぐんぐん進行し始めるのは、旅の男もマッサージ師の女もともに自殺志願者であることがわかってからです。
 男は会社が倒産し、家族に逃げられ、負債を背負って、袋小路に追い詰められているのです。そんなとき、これも生に絶望している若い女と出会って、心中を約束し、このホテルで落ち合うことになったのでした。
 そしてマッサージ師の女のほうは、仕事のストレスから幼い娘につらく当たって、その少女が不慮の死を遂げた今、後悔にさいなまれて、さきごろも自殺未遂から救われたばかりだったのです。

 精巧に積み上げられた劇の細部は、みなさんに見ていただくことにいたしましょう。
 舞台が強い説得力を発揮するのは、マッサージといういわば確かな仕事を介して(木村さんのなんと奥の深い、豊かな演技!)、観客たちのまなざしの中にしっかりと肉体が浮き上がり(しかもあくまで虚構の水準に抑制したぺっぺさんの端正な演技!)、その肉体を土台にして心の動きが、痛いとか痛くないとか気もちいいとかナーンにも感じないとか、逐一具体的な感覚を伴って、リアルに立ち上がるからでした。
 肉体を懸命に癒すことで、つまり命を丁寧に扱うことで、ふたりを追い詰めている社会的な条件がしばし辺縁へ後退していく、命をいたわり合う心の前ではそのような厳しい条件も越えられるものに見えてくる、そのことがありありとわかるのです。

 今夜も日本のどこかの鉄道では、あいまいに「人身事故」と呼ばれるアクシデントがまた起こって(あんまり頻発するので、もう新聞記事にもなりません)、絶望者の命が失われることでしょう。
 たとえそのうち幾人かなりとも、死出の道の途中でこのような命をいつくしみ合う出会いが起こってくれはしないか、そんな思いに誘われます。

 命をいとおしみ合う心があれば、人は苦境にも立ち向かえるのではないでしょうか。
 勇気が出てくるのではないでしょうか。

 出演はこのほかホテルの女将に二ノ宮修生さん、ホテルマンに友好敏之さん。

 「背中から四十分」は3月9日(日)も午後3時から上演されます。2300円。
 イカロスの森は mori@ikaros.sakura.ne.jp
 http://ikaros.sakura.ne.jp/

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