そんな訳で漸く完結までこぎつけました。
「京極院 沙夜」が主役の連載ショートショート、
「クエスト・フォー・ザ・ムーン」最終話をお送りします。
お楽しみ下さい。
――
・過去作品
クエスト・フォー・ザ・ムーン その1
クエスト・フォー・ザ・ムーン その2
クエスト・フォー・ザ・ムーン その3
クエスト・フォー・ザ・ムーン その4
クエスト・フォー・ザ・ムーン その5
クエスト・フォー・ザ・ムーン その6
切札戦士 ジョーカー13(ワン・スリー) 第14話
バトルトーナメント:あなたが決める禁止カード その1
エージェント・イン・スイムスーツ(1話完結)
<<<クエスト・フォー・ザ・ムーン その7>>>
作:Nissa(;-;)IKU
新四谷駅の広場のベンチで、沙夜と節子は買ったばかりのクレープを頬張っていた。「生八ツ橋風味」のこしあんとシナモンの香り、「チョコバナナ風味」の甘さを引き立てる、カカオの適度な苦味が2人を取り巻いていた。
「結局、あれは何だったのかしら…」最初に口を開いたのは節子だった。「夢の様でどこかおぼつかない雰囲気で…でも皆は私が消えるところを見たのでしょう?」
節子はふと駅ビルのホログラムスクリーンに目をやった。西東京での死体遺棄容疑で逮捕された老夫婦が、証拠不十分で釈放されたとのことだった。そして先日の朝礼でも話題になった謎の失踪事件のことを思い出した。
「死体遺棄…失踪…そうか!」暫く呟いていた節子は思わず手を叩いた。「最近の失踪事件も、私みたいに『夢』の中に飛び込んじゃって…もしかして、沙夜ちゃんの力で、行方不明になった人達をみんな助けられないかな?」
沙夜はすぐには応えなかった――口の中で溶けたこしあんとシナモンを、丁度飲み込むところだったのだ。一息ついたところで、漸く沙夜は口を開いた。「節ちゃん、落ち着け」
「ご、ごめん」節子は思わず頭を掻いた。「いや、すまぬ――丁度考え事をしていたところじゃった」沙夜は駅の改札を出入りする通勤客の流れを眺めている様子だった。「今日は偶然と幸運が重なって、無事助け出すことが出来たのじゃが、また同じことが起きた時にもうまく助けられるかどうか」
「そうか…」節子はため息をつき、クレープの最後の一口をついばんだ。「沢山いるもんね、行方不明の人達も」「それに…」同じく最後の一口を口にいれた沙夜は、徐に鞄を開いた。「人手不足なのじゃ、『2人』だけではな」鞄から取り出した「彼」に、節子は見覚えがあった。
「もしかして、その子が?」丁度「もとの世界」に戻った節子が見たのは、自分の手を取る沙夜であったが、彼女の脇から顔を覗かせていたぬいぐるみの表情が、思わず焼きついていたのだった。
「『ミイラくん』という」沙夜はその「ミイラくん」を脇で抱え、手を振る仕草をしてみせた。「今回節ちゃんを助け出せたのも、『彼』のお陰じゃ」いつもは見せない沙夜の姿に、節子は思わず吹き出した。それに釣られて、沙夜も一緒に笑い出した。
「きゃっ!」駅の案内板の近くから、小さな悲鳴が上がったのはその時だった。思わず向き直った2人が見たのは、大きな荷物の横でうずくまる若い女の姿であった。2人は彼女のもとへ駆け寄った。
「ど、どうしました?」沙夜は覚えたての「現代語」で彼女に声をかけた。歳で言えば20代前後だろうか。桜色に染めた髪と丈の短いスカートのお陰で、少女の様な幼さを感じる。「うん、大丈夫…丁度肩紐が切れちゃって…」見ると長い棒状のケースの肩紐が途中で切れてしまっている。
「これは…ラクロスですか?」特徴的な形のケースに興味を持った節子が、話に加わった。「そうよ、丁度大学の部活動の帰りで…お2人は、バレエの帰り?」
節子と沙夜は互いの顔を見合わせ、その後、足元に視線を移した。ダンスの時に履いていた白いタイツが、そのままだったのだ。「ええ…ダンスの授業の後は色々あって、そのままで…」履き替えを忘れていたことに今になって気づいた沙夜は、思わず吹き出してしまった。それに釣られて、2人も一緒に笑い出した。
笑いがひと通り収まったところで、桜色の髪の少女はゆっくりと立ち上がった。「そうかー、今の学校だとダンスの授業もあるもんね」「でもバレエって程でもないですよ、あくまで創作ダンスという感じで」沙夜達も一緒に立ち上がり、少女の荷物を持つのを手伝った。
「そうだ、ちょっと応急処置をさせて下さい」沙夜は少し詫びる仕草の後、ケースの肩紐に手をかけた。「ここをこうして、こう結べば…こんな風に引張ってもほどけにくいし、必要な時にはここを引張っれば、またほどくことが出来ます」
「凄い!良く知ってるわね!」少女はケースを肩に掛け、その結び具合を確かめた。確かにほどける雰囲気も無く、重いケースをしっかりと支えている。「祖父から教わったものです」沙夜は少し照れ気味に応えた。
「そうだ、お礼って程でもないけど、これをあげるわね」少女は大きな鞄からクリアファイルを取り出し、その中から2色刷りのチラシを2人に配った。「今度うちの部が初心者向けのラクロス講習会をやるの、時間があったら、見学に来てみると面白いわよ」
「みかなぎ…あやか、さん?」チラシにホチキス止めされていた名刺に気づいた節子は、おずおずと名前を尋ねた。「読みづらい苗字でしょう?『制御』の『御』に『巫女』の『巫』で『みかなぎ』って読むの。だから『綾花』って呼んでくれると嬉しいわ」
「あ、改めまして、『京極院 沙夜』といいます」「『二瓶 節子』です」2人は改めて自己紹介を始めた。「『きょうごくいん さや』さんに、『にへい せつこ』さん…」綾花は順番に視線を移しながら、名前を復唱した。「何かこう、珍しい名字の人が集まっちゃったみたいね」今度は綾花が吹き出す番だった。
――
暫く笑い合った後、3人は機会があったらまた会うことを約束した。そして綾花が大学へと向かうのを見送ったところで、沙夜はその場に屈みこんだ。「沙夜ちゃん、大丈夫?」「うむ、かなり気を使ったからのう」深くため息をつく沙夜は既にいつもの口調に戻っていた。
「でもまさかあそこで沙夜ちゃんが駆けつけるなんて、思いもしなかったわ」「何かこう、惹かれるのを感じたのじゃ」節子に手を取られながら、沙夜はゆっくりと立ち上がった。「ここはわしが助けにいかねばという雰囲気、というか何というか」
「やっぱり『霊感』とかそんな感じで?」「まあ、そんな感じかのう」立ち上がった沙夜は軽く腕を伸ばしながら空を見上げた。「もうこんな時間か、一番星が見えはじめておる」「えっ?」節子は慌てて空を見上げた。まだ空は明るく、星が見える様子は無い。「これで星が見えるなんて、どれだけ目がいいの?」
驚く節子をよそに、沙夜は空を眺め続けていた。「他の人より少しだけものがよく見える――ただそれだけの話じゃ」「『少しだけ』、か…」節子がその言葉を復唱したところで、沙夜は視線を地上に戻し、節子に微笑みかけた。「さて、そろそろ帰るとしよう。これ以上遅くなると、また課題を増やされよう」
2人は揃って駅の改札へ向かいはじめた。都心の光が地上を飾り立てる中、天頂では一番星が夕日の見送りと十三夜の月の出迎えをするかのように、静かに瞬きを繰り返していた。
<<<クエスト・フォー・ザ・ムーン 完>>>
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「京極院 沙夜」が主役の連載ショートショート、
「クエスト・フォー・ザ・ムーン」最終話をお送りします。
お楽しみ下さい。
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・過去作品
クエスト・フォー・ザ・ムーン その1
クエスト・フォー・ザ・ムーン その2
クエスト・フォー・ザ・ムーン その3
クエスト・フォー・ザ・ムーン その4
クエスト・フォー・ザ・ムーン その5
クエスト・フォー・ザ・ムーン その6
切札戦士 ジョーカー13(ワン・スリー) 第14話
バトルトーナメント:あなたが決める禁止カード その1
エージェント・イン・スイムスーツ(1話完結)
<<<クエスト・フォー・ザ・ムーン その7>>>
作:Nissa(;-;)IKU
新四谷駅の広場のベンチで、沙夜と節子は買ったばかりのクレープを頬張っていた。「生八ツ橋風味」のこしあんとシナモンの香り、「チョコバナナ風味」の甘さを引き立てる、カカオの適度な苦味が2人を取り巻いていた。
「結局、あれは何だったのかしら…」最初に口を開いたのは節子だった。「夢の様でどこかおぼつかない雰囲気で…でも皆は私が消えるところを見たのでしょう?」
節子はふと駅ビルのホログラムスクリーンに目をやった。西東京での死体遺棄容疑で逮捕された老夫婦が、証拠不十分で釈放されたとのことだった。そして先日の朝礼でも話題になった謎の失踪事件のことを思い出した。
「死体遺棄…失踪…そうか!」暫く呟いていた節子は思わず手を叩いた。「最近の失踪事件も、私みたいに『夢』の中に飛び込んじゃって…もしかして、沙夜ちゃんの力で、行方不明になった人達をみんな助けられないかな?」
沙夜はすぐには応えなかった――口の中で溶けたこしあんとシナモンを、丁度飲み込むところだったのだ。一息ついたところで、漸く沙夜は口を開いた。「節ちゃん、落ち着け」
「ご、ごめん」節子は思わず頭を掻いた。「いや、すまぬ――丁度考え事をしていたところじゃった」沙夜は駅の改札を出入りする通勤客の流れを眺めている様子だった。「今日は偶然と幸運が重なって、無事助け出すことが出来たのじゃが、また同じことが起きた時にもうまく助けられるかどうか」
「そうか…」節子はため息をつき、クレープの最後の一口をついばんだ。「沢山いるもんね、行方不明の人達も」「それに…」同じく最後の一口を口にいれた沙夜は、徐に鞄を開いた。「人手不足なのじゃ、『2人』だけではな」鞄から取り出した「彼」に、節子は見覚えがあった。
「もしかして、その子が?」丁度「もとの世界」に戻った節子が見たのは、自分の手を取る沙夜であったが、彼女の脇から顔を覗かせていたぬいぐるみの表情が、思わず焼きついていたのだった。
「『ミイラくん』という」沙夜はその「ミイラくん」を脇で抱え、手を振る仕草をしてみせた。「今回節ちゃんを助け出せたのも、『彼』のお陰じゃ」いつもは見せない沙夜の姿に、節子は思わず吹き出した。それに釣られて、沙夜も一緒に笑い出した。
「きゃっ!」駅の案内板の近くから、小さな悲鳴が上がったのはその時だった。思わず向き直った2人が見たのは、大きな荷物の横でうずくまる若い女の姿であった。2人は彼女のもとへ駆け寄った。
「ど、どうしました?」沙夜は覚えたての「現代語」で彼女に声をかけた。歳で言えば20代前後だろうか。桜色に染めた髪と丈の短いスカートのお陰で、少女の様な幼さを感じる。「うん、大丈夫…丁度肩紐が切れちゃって…」見ると長い棒状のケースの肩紐が途中で切れてしまっている。
「これは…ラクロスですか?」特徴的な形のケースに興味を持った節子が、話に加わった。「そうよ、丁度大学の部活動の帰りで…お2人は、バレエの帰り?」
節子と沙夜は互いの顔を見合わせ、その後、足元に視線を移した。ダンスの時に履いていた白いタイツが、そのままだったのだ。「ええ…ダンスの授業の後は色々あって、そのままで…」履き替えを忘れていたことに今になって気づいた沙夜は、思わず吹き出してしまった。それに釣られて、2人も一緒に笑い出した。
笑いがひと通り収まったところで、桜色の髪の少女はゆっくりと立ち上がった。「そうかー、今の学校だとダンスの授業もあるもんね」「でもバレエって程でもないですよ、あくまで創作ダンスという感じで」沙夜達も一緒に立ち上がり、少女の荷物を持つのを手伝った。
「そうだ、ちょっと応急処置をさせて下さい」沙夜は少し詫びる仕草の後、ケースの肩紐に手をかけた。「ここをこうして、こう結べば…こんな風に引張ってもほどけにくいし、必要な時にはここを引張っれば、またほどくことが出来ます」
「凄い!良く知ってるわね!」少女はケースを肩に掛け、その結び具合を確かめた。確かにほどける雰囲気も無く、重いケースをしっかりと支えている。「祖父から教わったものです」沙夜は少し照れ気味に応えた。
「そうだ、お礼って程でもないけど、これをあげるわね」少女は大きな鞄からクリアファイルを取り出し、その中から2色刷りのチラシを2人に配った。「今度うちの部が初心者向けのラクロス講習会をやるの、時間があったら、見学に来てみると面白いわよ」
「みかなぎ…あやか、さん?」チラシにホチキス止めされていた名刺に気づいた節子は、おずおずと名前を尋ねた。「読みづらい苗字でしょう?『制御』の『御』に『巫女』の『巫』で『みかなぎ』って読むの。だから『綾花』って呼んでくれると嬉しいわ」
「あ、改めまして、『京極院 沙夜』といいます」「『二瓶 節子』です」2人は改めて自己紹介を始めた。「『きょうごくいん さや』さんに、『にへい せつこ』さん…」綾花は順番に視線を移しながら、名前を復唱した。「何かこう、珍しい名字の人が集まっちゃったみたいね」今度は綾花が吹き出す番だった。
――
暫く笑い合った後、3人は機会があったらまた会うことを約束した。そして綾花が大学へと向かうのを見送ったところで、沙夜はその場に屈みこんだ。「沙夜ちゃん、大丈夫?」「うむ、かなり気を使ったからのう」深くため息をつく沙夜は既にいつもの口調に戻っていた。
「でもまさかあそこで沙夜ちゃんが駆けつけるなんて、思いもしなかったわ」「何かこう、惹かれるのを感じたのじゃ」節子に手を取られながら、沙夜はゆっくりと立ち上がった。「ここはわしが助けにいかねばという雰囲気、というか何というか」
「やっぱり『霊感』とかそんな感じで?」「まあ、そんな感じかのう」立ち上がった沙夜は軽く腕を伸ばしながら空を見上げた。「もうこんな時間か、一番星が見えはじめておる」「えっ?」節子は慌てて空を見上げた。まだ空は明るく、星が見える様子は無い。「これで星が見えるなんて、どれだけ目がいいの?」
驚く節子をよそに、沙夜は空を眺め続けていた。「他の人より少しだけものがよく見える――ただそれだけの話じゃ」「『少しだけ』、か…」節子がその言葉を復唱したところで、沙夜は視線を地上に戻し、節子に微笑みかけた。「さて、そろそろ帰るとしよう。これ以上遅くなると、また課題を増やされよう」
2人は揃って駅の改札へ向かいはじめた。都心の光が地上を飾り立てる中、天頂では一番星が夕日の見送りと十三夜の月の出迎えをするかのように、静かに瞬きを繰り返していた。
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