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月に2度ほど山奥のダム事務所に通っている私は、いつものバス停でバスを待っていま
した。やがて時刻通りにやって来たのは、なんと懐かしのボンネットバス。
いつものノンステップバスではなく、今どき珍しい古い型のバスが走って来たことに
驚きつつ乗り込み、一番奥の席に座りました。
博物館に収まっていそうなバスに遭遇した不思議さに戸惑いながら、車内を見まわすと、
私以外の乗客は3本立てのきれいな胡蝶蘭を大切そうに抱えたやせ気味の老人と、その
向かい側に座っている学校帰りと思われる少女の二人だけでした。
少女は老人が持っている胡蝶蘭にすっかり心を奪われている様子で、わき目も振らず、
じっと見つめています。
やがて、あるバス停に着いた時、老人は立ち上がり、持っていた胡蝶蘭を少女の膝の上
にそっと置いたのです。
老人:お嬢さん、この花をずいぶん気に入って下さったようですね。よろしかったら差
し上げますので、お持ち帰りください。私の家内がここにいたら、やはり同じこ
とをしたと思いますよ。家内には私から話しておきましょう。
きっと喜んでくれると思います。
少女は驚いて、大きな目を見開いたまま老人を見つめて言いました。
少女:おじいさん、ありがとうございます。3日前に大好きなおばあちゃんが死んでしま
いました。おばあちゃんは胡蝶蘭が大好きで、とても大切に育てていたのですが、
今朝起きて見るとその胡蝶蘭が枯れていたのです。
こんな田舎では胡蝶蘭はなかなか手に入りません。おじいさんが持っているような
胡蝶蘭はどこで手に入るのかを聞きたくて、じっと見ながら、いつ声をかけようか
と考えていたところでした。おばあちゃんの写真が飾ってある仏壇の横に置いて、
大切に育てます。
胡蝶蘭を胸元にしっかりと抱えた少女は立ちあがって、おじぎをしながらバスを降りて
行く老人を見送っています。私は何気なく、老人の進む方向を目で追っていました。
彼はコスモスとワレモコウが風にユラユラと揺れる小道の間をゆっくりと歩き、やがて消
え去ってしまいました。
バス停の表示に眼を移すと、そこには「たまゆら霊園前」と書かれていました。
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<胡蝶蘭の花言葉>
花言葉は「幸福が飛んでくる」です。値段は様々ですが、何となく高級品のイメージが
ありますね。贈られた人は花言葉よりも、この花の持つ高級感と優雅な美しさに魅了され
てしまうようです。
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