『うちの郷土料理』という農林水産省が運営しているWebサイトをご存知でしょうか。
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/index.html
平成25年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのを契機に、
先進諸国の主要都市には日本食レストランが当たり前にある時代になっています。こうした日本
食の広がりのある話の一方で、おひざ元の国内では食の多様化や家庭環境の変化が進んでおり、
和食文化の保護・継承が課題なのだと、農林水産省では、第4次食育推進基本計画(令和3年3月
食育推進会議決定)を踏まえ、日本人の伝統的な和食文化を次世代に継承していくための活動を
進めています。
その活動の一環として、「和食」の特徴である、全国各地で受け継がれてきた地域固有の多様な
食文化を地域ぐるみで次世代に継承していくことを目的に、「うちの郷土料理~次世代に伝えた
い大切な味~」を開設しました。各地域で選定された郷土料理が、その料理を生んだ地域の背景、
いわれや歴史、そしてレシピ等をデータベース化して広く情報発信を始めました。この活動は都
道府県全てを網羅したもので、データベース化を終えた県から随時公開され、2022年に全国制覇
されて完了しました。データベースは「家庭での調理や外食企業でのメニュー化、食品製造企業
での商品化、郷土料理の調査などに是非、ご活用ください」と広く公開されています。このデー
タベースを覗いてみましたが、全国の郷土料理がかなり広い視野の目(歴史や風土などが検証さ
れて)で捉えられており、読み物としても大変面白いです。データベースでは47都道府県の郷土
料理1,365種のレシピ・歴史などが検索できます。各県から30品目前後が登録されています。
茨城県も30品目が紹介されています。ここではこの茨城県版30品目の郷土料理を取り上げます。
茨城県の食文化は、地域ごとの気候風土にあわせて、多様な進化を遂げてきました。茨城県は地
域的特徴に分けると、県北地区、県央地区、県南地区、県西地区、鹿行地区(ろっこうちく)の
5つに大別されています。今回からこの5地区を代表する郷土料理についてデータベースの記述
を横に置きながら、取り上げられた郷土料理は納得できるものなのかどうか、私見で評価してみ
たいと思います。1回目は「県北地区の郷土料理編」です。
<農林水産省が定義する「郷土料理」とは>
「うちの郷土料理」の選定基準
1.必須項目
(1)地元で入手できる食材を利用する:地元で生産された食材のみならず、流通網の発展等に
より他の地域から入手した食材を用いた郷土料理も含む。
(2)歴史・文化・風習的な特徴、又は気候・風土を背景とした特徴がある
(3)家庭・地域で作られ、継承されている
(4)全体数のうち1~2品以下:(1)~(3)の選定基準(必須項目)に当てはまらないが、歴
史的に残すべきと考えられる
2.推奨項目
(1)地域において人気・愛着がある
(2)都道府県内の地域バランスに著しい隔たりがないか
(3)伝統的な郷土料理から、現代的な文脈で変容したレシピである
(4)地域におけるメニュー化や新たなレシピ化などの次世代継承に向けた「新しい価値」の提
供があるか
※データベースからダウンロードできる画像は二次利用も可能です。
※茨城県では7名の方が検討委員会の委員として公表されていました。
<茨城県の食文化>
日本列島のほぼ中央。関東地方の北東に位置する茨城県は、東は太平洋に臨み、北は福島県、西
は栃木県に接し、南は利根川をもって千葉県に接しており、県都の水戸市は首都東京から100km
圏内にある。県土一帯には一級河川の利根川・那珂川・久慈川をはじめ、およそ200の河川が流れ、
全国第2位の面積を誇る湖の霞ヶ浦及び北浦を中心とする水郷地帯となっている。関東平野の一部
である常総平野が広がり、豊かな水質を活かして古来より農業が営まれてきた。農業産出額は、
全国トップクラスの農業県なのだ。また、延長190kmに及ぶ海岸線を有し、県の沖合は、親潮と
黒潮が交差する豊かな漁場で、季節ごとに様々な魚介が水揚げされる漁業県でもある。特に冬の
アンコウは大変質がよく、近年では高級食材となっています。
<データベースの「茨城県」の項に記載されている郷土料理>
データベースでは茨城県内の郷土料理ということで、水戸地区など地場の郷土料理として地域名
を明記したものがある一方で、「県内全域」の表示や、またがった複数地区表示もあります。こ
こでは地域特定で表記されたものは、それに従いますが、「全域やまたがり表記」の場合は、私
見で「あえて言うなら、この地区だな!」と分類しています。了承願います。
(データベースに記載されている茨城県の郷土料理30品目の地区別の振り分け)
1.県北地区:「つけけんちん」「干し芋」「いわしの卯の花漬け」「柚子大根」「手作り刺身
(9品目) こんにゃく」「凍みこんにゃく」「あんこうの共酢」「パイタ焼き」「赤餅」
2.県央地区:「煮合い」「紫錦梅」「こも豆腐」「五目いなりずし」「そぼろ納豆/しょぼろ納
(6品目) 豆」「かぼちゃのいとこ煮」
3.県南地区:「ワカサギとれんこんの酢漬け」「がりがりなます」「たがね餅」「小倉てんこん」
(8品目)「うなぎの帆引き煮」「鯉の唐揚げ」「ピーナッツ味噌/落花生味噌」「れんこん
のきんぴら」
4.県西地区:「しもつかれ/すみつかれ」「すだれ麩(ふ)のごま酢和え」
(2品目)
5.鹿行地区:「はまぐりごはん」「ござい漬け」「海藻よせ」「みつめのぼたもち」「いもが
(5品目) らの炒め煮/いもがらの五目煮」
・各県とも30品目ほどに絞られていますので、選定もれした有名な郷土料理もあります。
茨城県で選定されなかった郷土料理については、5地区の紹介を終えてから報告します。
<茨城県北部地区とはどんなところか>
茨城県北部地区(いばらきけんけんぽくちく)は、茨城県のうち、北部に位置する地域を指しま
す。この地域は茨城県日立市、高萩市、北茨城市、常陸太田市、常陸大宮市、久慈郡大子町の
5市1町から構成されており、2022年時点での面積は1,652.27 km²、人口は335,942人です。地理
的には久慈川や那珂川が流れ、太平洋側の地域と内陸側の地域を結ぶJR常磐線やJR水郡線が走っ
ています。観光名所としては、美しい海岸線や清流、山々、滝、渓谷、里山などの自然景観が楽
しめるスポットがあります。また、文化的にも岡倉天心ゆかりの六角堂や徳川光圀公の隠居所で
ある西山御殿、日立製作所創業者・小平浪平の足跡を記念した小平記念館などがあります。
地形は北部から北西部にかけては、阿武隈山地の南端部となる久慈山地・多賀山地の山々が連な
ります。この間に山田川、里川、久慈川、那珂川とその流域の平地が広がっています。気候とし
ては沿岸部では気温の日較差が小さく、海洋性気候の特徴を持っています。猛暑日、真夏日、熱
帯夜の増加が観測されており、降水量も湖沼や河川が多い地形の影響を受けて多いことも特徴です。
<県北地区発祥の郷土料理>
県北地区といえば「水戸藩の財政を支えた、こんにゃくづくり」が最も知られています。山間地
で古くからはじまっていたこんにゃく生産ですが、こんにゃくは腐りやすいため流通させるのが
困難でした。江戸時代、こんにゃく生産に転機をもたらしたのが農民の中島藤右衛門です。藤右
衛門は、こんにゃく芋を乾燥させる保存方法を確立。こんにゃくの質も高く評価され、水戸藩の
専売品として藩の財政を支えました。この地区からエントリーされた郷土料理は9品目です。
その一品一品について評価します。(紹介順位に意味はありません)
1.つけけんちん:
けんちん汁と蕎麦を組み合わせた美味しい料理です。この料理は、暖かく濃いめの味わいのけん
ちん汁に、冷たく風味深い蕎麦をつけて食べるスタイルで、根野菜やキノコの風味が香ばしい逸
品となっています。江戸時代の後期から食べられていたとされ、旧暦の新年(現在の節分の時期)
にそばを食べる風習が水戸藩から広がったと言われています。今でも茨城県全域で愛されている
郷土料理です。
この地区は昔から蕎麦の名産地で、芳醇な香りとほんのりした甘さが特徴のブランド品種「常陸
秋そば」のルーツです。そして根野菜の生産量も多く、キノコも採れました。こうした地区環境
から「けんちん汁」が生まれ、必然の流れとして、そばをけんちん汁につけて食べる風習が生ま
れたのでしょうね。江戸時代から現在まで食べ続けられているのですから、選定は納得です。
2.干し芋:
老若男女から親しまれているさつまいもの加工品です。茨城県は日本全体の干し芋の生産量の8割
以上を占めており、その市町村別生産量でも県北地区にある、ひたちなか市、東海村、那珂市が
トップ3を占めています。干し芋は、さつまいもを蒸して薄く切り、外で干して乾燥させることで
作られます。素朴な甘さとほっくりとした食感が特徴で、そのまま食べるほか、かき揚げやケーキ
の中に入れるなど、アレンジも豊富です。茨城県の干し芋は、たまゆたか、紅はるか、希少品種
(いずみ)などの品種が評価されています。干し芋は例年12月から翌年2月末まで生産され、年末
には予約でいっぱいになることもあるため、「ほしいも品評会」での受賞品を食すためにはお早め
に。これを選定から外したら非難が来るでしょうね。生産量の視点から、この選定に納得です。
3.「いわしの卯の花漬け」
県北地区で長く親しまれている郷土料理です。「卯の花」とは「おから」を指します。新鮮なイワ
シを長く味わえるよう、時間をかけてしっかり酢と合わせたおからに漬けることで長持ちするため、
地元では保存食としても重宝されてきました。この料理はおせち料理としても食べられていたため、
各家庭では11月くらいからとれるマイワシを使って作られています。新鮮なイワシの頭と内臓、骨
を取り出して水洗いをしたら、塩を振って数時間寝かせ、その後、水で塩気をとり、10時間以上酢
につけます。さらに、砂糖を加えた酢に、さらに10時間漬けることで保存力が高まります。最後に、
酢を切ったイワシとおから、柚子の皮、赤唐辛子、ごま、塩を混ぜていただくと、お酒の肴にも
、ごはんのおともにも合う美味しい料理が完成します。
これは千葉県の九十九里地方でも郷土料理となっており、茨城県北地区の専売ではありませんが、
昔の山間部は鮮度の良い魚が入手できない土地柄です。保存食そしてめでたいおせちに欠かせない、
土地の人の思い入れが込められた料理です。これも選定に納得です。
4.「柚子大根」
酢でサッパリとした味わいが特徴で、箸休めの一品として日常の献立に取り入れられています。簡
単に作れるため、常備菜としても重宝します。柚子大根は、その重宝さの故、関東の幅広いエリア
で郷土料理として登録されています。茨城県もその中の一つです。特に、ごぼうやピーマン、れん
こんなどの食材の収穫量全国1位を誇る、農業県である茨城県では郷土料理として定着しています。
使用する食材のひとつである柚子は、温暖な気候を好み、主に徳島県や高知県などの四国地方で栽
培されていますが、関東では茨城県や埼玉県でも栽培されています。柚子は8~10月に出回り、緑
色から黄色に変化します。柚子大根は、大根を輪切りにして天日干しする伝統的な作り方もありま
す。柚子大根が、主に使用する食材は大根と柚子です。調味料は昆布、砂糖、酢、塩、水を使いま
す。柚子大根をおせち料理として食べる際は、くり抜いた柚子を器にすると見栄えが良くなります。
大根を輪切りにして天日干しし、その後千切りにした柚子を巻いて昆布で結び、合わせ酢をかけて
食べます。酢でさっぱりとした味わいが特徴で、箸休めとして日常の献立に取り入れられています。
冬になると各家庭の軒先に大根をつるしている風景が昔から見られ、常備菜としても重宝されてい
ますから、この選定も納得です。
5.「手作り刺身こんにゃく」
県北の奥久慈地方は、こんにゃく栽培が盛んで、こんにゃく発祥の地とされています。現在でもこ
んにゃく芋の生産量では日本一です。江戸時代には水戸藩の専売品としても知られ、こんにゃくの
食べ方はさまざまです。刺身こんにゃくは、こんにゃく芋の精粉から作られ、アクが少なく、下茹
でが不要で、生のまま刺身にして食べることができます。薄くスライスして、わさび、しょうが、
柚子、青ねぎなどの薬味を添え、だし割り醤油を付けて楽しむことができます。その他にも、「煮
しめ」や「肉じゃが」などの料理、そして「こんにゃくの田楽」も地元民に親しまれており、柚子
味噌を付けるのが特徴です。さしみこんにゃくは、特別な日の食卓を飾る一品として、かつて祭り
の日や新年などの特別な日に家庭で手作りされていました。こんにゃくの歴史や提供している飲食
店舗などの情報は自治体のホームページで発信されていますよ。生産量日本一のこんにゃくが選定
されるのは納得です。
6.「凍みこんにゃく」:
これも奥久慈地方で作られる伝統的な食材です。つくられるのは、12月~2月にかけての厳冬期。畑
に敷きつめたわらの上に、こんにゃくを1枚1枚並べ、水をかける。すると、夜の冷気によってこんに
ゃくはすっかり凍ってしまう。翌日、日中の気温で解凍されると、夜にふたたび水をかける。この作
業を繰り返すことで、水分が抜けスポンジ状になり「凍みこんにゃく」となります。完成するのは約
20日後である。手間がかかることから、昭和30年代以降は生産者が激減しており、現在は茨城県北地
区のみで生産されている希少な食材です。乾燥状態を保てば長く食べることができるため、冬の風物
詩として知られています。一般的には「煮しめ」という調理法で楽しまれており、その独特の食感を
味わうことができます。また、近年は唐揚げや天ぷら、フライ、グラタンなど、さまざまな調理法が
考案されています。手間暇がかかるのにこれまで生き残って来ました。土地柄が生んだ逸品です。
選定に納得です。
7.「あんこうの共酢和え」:
県北部の北茨城・水戸・日立でなじみのある郷土料理です。共酢和えは、アンコウの身を茹でたものや、
皮や胃などの部位を煮凝り状にしたものを、共酢(アンコウの肝を合わせた酢味噌、共酢とは(肝のこ
とを「とも」ともいうことが由来))につけて食べる料理です。アンコウの各部位の異なる食感を楽し
める一品で、わかめを添えて食べることが一般的です。地元では、いまでも地元の飲食店では提供して
おり、観光客からも人気があるアンコウ料理の一つなのです。アンコウは茨城県の地場産品で、質の良
い常磐ものとして評価されています。江戸時代には水戸藩からの献上品とされ、昔からアンコウ漁が盛
んに行われてきました。他県でもアンコウ料理は食べられますが、「あんこうの共酢」は茨城県特有の
もので、地元以外ではなかなか見かけない一品です。あんこうは7月、8月の禁漁期以外は、1年を通じ
て漁がおこなわれており、冬になると「あんこう鍋」そして、「あんこうの共酢和え」の最盛期になり
ます。あんこうは茨城県を代表する食材です。この選定に納得です。
8.「パイタ焼き」
ひたちなか市を中心に親しまれています。この料理は、サンマやイワシをミンチにして、味噌やねぎな
どの薬味を混ぜ、焼いた漁師料理です。「パイタ」とは、舟を漕ぐ櫂(かい)のことを指し、船が手漕
ぎだった時代に、船乗りが櫂の平らな部分で魚を叩いて焼いたことから、カイイタ(櫂の板)が訛って
「パイタ」と呼ばれるようになったと言われています。茨城県では、サンマやイワシの漁獲量が多いた
め、これらの魚を使用して作られています。特に、那珂湊(なかみなと)では、サンマの漁獲量が多い
ことから、地域の家庭料理として広く親しまれています。しかし現在は、サンマの漁獲量が減少してい
るため、イワシを使うことも多くなっているそうです。千葉県他の他県でも「なめろう」や「さんが焼
き」に似る郷土料理として、魚を叩いて味をつける料理が存在します。「バイタ焼き」は、一般家庭で
も広く食べられており、主な材料であるサンマやイワシが旬を迎える時期に楽しまれています。魚を三
枚におろして皮を剥ぎ、内臓を取り出した際にきれいに洗って血を落としておくと、生臭さが出づらく
なります。また、焼く際に薄めにのばして焼くと火が通る前にパサつかずに美味しくいただけます。味
付けは味噌で行い、薬味としてねぎやしょうがを加えます。しっかり味がついているのでそのままで食
べられます。魚が主役の郷土料理としてこれも外せません。選考に納得です。
9.「赤餅」
金砂郷地区で受け継がれる郷土菓子です。「赤餅」はお菓子ですよね。でも、郷土料理に含まれていま
す。その理由に興味はありませんか。実は、その背景には歴史的な経緯があります。赤餅は赤いもろこ
しの粉を主成分としています。もろこしはこの地域で栽培され、水害の多い土地で重宝されていました。
赤餅は、もろこしの栄養価が高く、保存性があるため、農村の人々にとって重要な食品でした。もろこ
しは、日本の伝統的な食文化においても重要な役割を果たしており、餅や粉物として広く利用されてき
ました。赤餅は、もろこしの粉をお湯で練って作る伝統的な製法を守り、きなこや砂糖をまぶして食べ
ることで、地域の風味を楽しむ料理として受け継がれてきたのです。すなわちお菓子としてではなく、
料理として伝承されてきたのです。現代では、もろこし粉の入手が難しくなり、赤餅を作る機会は少な
くなっていますが、その歴史的な背景と伝統的な製法が、茨城県の郷土料理として大切にされています。
選定に納得です。
農林水産省が「うちの郷土料理~次世代に伝えたい大切な味~」として、全国各地域で選定された郷土
料理の内、茨城県編の中の県北地区の9品目の郷土料理を紹介してきました。
さすが、農林水産省です。選定した郷土料理すべてに納得です。ただ、この9品目で全てではないのです。
この地区の隠れた郷土料理を発掘して紹介する機会を持ちたいと思います。
次回は県央地区の6品目について評価します。
茨城県では 保存と継承の取り組みとして、学校で料理授業を通じて地域の食文化を伝える取り組みが行
われています。おいしい郷土料理を次世代に伝えるために、こうした努力が大切ですね!
機会があれば県北の郷土料理をご賞味あれ!
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