いいえわたしは歌舞伎座の女方(おんな)
お気のすむまで 笑うがいいわ
あなたはあそびのつもりでも 地獄のはてまでついて行く
思いこんだら いのちいのちがけよ
そうよ私は歌舞伎座の女方(おんな)
歌舞伎の星は 一途な星よ
(歌舞伎の歌 作詞・中村歌江)
小山三さんが亡くなってからちょうど一周忌。またもや追うように歌江さんの逝去である。
歌江は昭和7年、湯島天神下の酒屋の息子として生まれた。
ひところ湯島は色街ともいわれ粋筋の町であった。
近所の芸者衆と踊りはもとより端唄や常磐津も習った。そうこうするうち常磐津師匠の 三味線を持ってついて歩くようになった。
歌江は8人兄弟のド真ん中。すぐ上の兄は新東宝の中山昭二で、『ウルトラマン』 『特別機動捜査隊』に主演した映画スター
だった。
局、廓の番新、茶店の女房など,高貴な役から市井の女房役まで歌江の芸域は幅広い。
歌江が出ると舞台にパッと花が咲き、あのベットリした粘着性の物言い、それでいて古風な江戸の香りをかもし出す。
歌舞伎の味を、楽しさを再認識させてくれる貴重な女方である。
私が最後に観た舞台は歌舞伎座で川口松太郎の『お江戸みやげ』であった。
湯島天神の境内での宮地芝居に出ている下ッ端役者。なにせお酒をキューとひっかけないと舞台がつとまらないという女方
の紋次が歌江の役どころ。
茶店の女(吉之丞)に酒をねだったり、居合わせた紬の行商人(富十郎、芝翫)にまで盃をもらったり、吞まないと夜も日も明け
ない酒豪の女方をみごとに好演。その吞みっぷりが実にうまかった。
ほかに『沼津』の旅の若夫婦が茶店で弁当をつかっていて、そのうち喉につかえ、さすって貰う腹のおおきな女房とか、『文七
元結』の左官長兵衛がしびれを切らすのを笑う女郎。
仲居役でけっさくなのは『七段目』の一力茶屋で、平右衛門に頼まれ,うたた寝してる内蔵助に掛布団を用意するのだが、
注意されていながら、わざと大声を出すところ。その呼吸のうまさは一頭地を抜いている。
また歌江の声色は天下一品。なにせ師匠大成駒(歌右衛門)のお墨付きだという。
なかでも歌右衛門の声色は一段抜き出ている。
幕内はおろか、新派の喜多村録郎、初代水谷八重子までやってのける。
それに歌江は名後見であり、引き抜きはお得意の芸だった。
いつだったか衣装の引き抜きをほめると、「あんなの単なるマジックショーなのよ」と歌江はあだっぽく笑った。
お葬式は3日、上野の寛永寺で執り行われる。
謹んでご冥福をお祈り申し上げる。 合掌