手帖といえば、英国のファィロフアックスがいっとき評判になってシステム手帖がブームになった。
あのファィロファクスは、映画『誰がために鐘が鳴る』でゲーリー・クーパーが使っているから、
歴史は古い。
私は反システム手帖派で、手帖はポケットに納まるものを一冊持てばよいと小型派の保塁を
守ってきた。
現在使っている手帖は、日付のない罫だけのもので、だいぶ前に日本橋の丸善で買った
黒革の小型手帖である。
用紙はなくなった時にとり返る。
今年は何か趣向がないものかと、文房具店を物色していたら、やや大判になるがL’ABUSURD
Eのダイアリーを梅田の紀伊国屋で見つけました。(↑画像)。
まず最初のページが見開きになっていて、ひと月の予定が一瞬に目に飛び込んでくるという
利点がある。しかも書き込みカレンダーのように、七曜表だけでなく、そこには
約束した事柄や予定を書き込むことが出来る。
本ページは1日を朝の8時から夜の12時まで区切って使うようになっている(↓画像/右)。
私には日付や時間区切りなど必要としないので、区切りの印刷は完全に無視して
縦書きに使っている。
記憶力があやしいと思うからな何でも手帖に書く。
書いているという安心できれいに忘れる場合もある。
そうなれば、こんどは書いたことを忘れないようにする習慣も大事である。
だからもし手帖を落としでもしたら、それこそ停電になったようなもので、
何も分からなくなってしまう。
私は幸いにして手帖を紛失したことはまだ一度もない。