「滝の白糸」とは、水を白い糸でもあるかのように自在に操る曲芸のことである。
その美貌の太夫が本作の主人公です。
白糸に歌舞伎の女形が挑むのは玉三郎以来のこと。新派では10年ぶりの上演だそうだ。
『滝の白糸』は泉鏡花が作り上げた精妙な細工物のような女性像です。
伝法でありながら一途で気風(きっぷ)がいい。
そのくせ初心で、馬丁の若い男に一目惚れして、学費の援助を申し出る。
その「卯辰橋」というのが新派の名場面。
白糸の魅力を最大限に引き出すために、代々の役者が魂を吹き込み、磨きあげてきた。
ですから「劇団 新派」の財産演目の一つともなったのです。
「白糸」という難役に、今回は市川猿之助一門の市川春猿が挑んでいる。
結論からいって、春猿は新派のニンではない。
『天守物語』の亀姫で玉三郎と共演するなど、女方として目覚ましい進境を見せたのだが、今回は勝手が違ったようだ。
新派の『滝の白糸』は、あらかじめだが段取りが決まっていて、新派の”かたち物”といった感じが強い。
たとえば大詰の「法廷の場」で、白糸は終始うしろ向きのまんまで演じなければいけないし、「卯辰橋」では島田の元結を解いて髪を巻きあげる手順が決まっている。
それでいて若い書生に心惹かれる心情を巧みに出さなければいけない。
それが充分に伝わらなかった。
対する若い書生村越欣弥の井上恭太は、久々の内部起用となった。
三島由紀夫の『鹿鳴館』の清原久雄で一躍注目された新派の誇る二枚目。
余談だが、井上恭太は堺正章、かまやつひろしのグループサウンド「ザ・スパイダース」の井上堯之の長男とか。
ロック歌手志望から転じて役者になった。
爽やかさが身上の逸材。
「卯辰橋」では勤勉な青年らしい爽やかさがあった。
だが大詰「法廷」の場で被告の白糸を諭す場面がよくない。
いかに裁判官といえども、ここはせりふを謳ってほしい。
最近の若い役者さんは変にリアルにやろうとする。
リアルにやられると、せりふがせりふだけに芝居がおかしくなる。
被告白糸を突き動かすだけの迫真性に欠ける。
ベテランの小泉まち子は茶店の婆さん。
なんでもない役だが、明治、大正の空気を漂わせて存在感がある。
あたかもそこで暮らしているような生活感が漂う。うまいものだ。
小泉まち子が出ただけで、新派を見た気分にさせてくれる。
これが新派の「風」というものだろう。
▼ こんな写真も撮りました ▼
『滝の白糸』は明治28年に川上音二郎一座が駒形の浅草座で初演した。
画像は当時の絵番附。
村越欣弥を演じたのは壮士芝居で名を馳せた川上音二郎だった。
(2010年10月25日 東京・日本橋三越劇場で所見)