Dream Gate ( 中野 浚次のブログ )   

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たくましく生きる在日コリアンの家族を再演 『焼肉ドラゴン』 -県芸術文化センター

2016-04-20 | 演劇

 

 

「世界遺産の地で生まれたのはボクだけじゃない」。『焼肉ドラゴン』の作者で、在日三世の鄭義信さんは胸を張る。

戦後、姫路城の石垣あたりに鄭さん一家ら在日の人たちがバラックを建て集住した。

この国有地を”買った”と言い張る父の姿を、鄭さんは自作に出てくる焼肉店主に投影した。

「古い話をしてもえぇですか…」。静かに自身の半生を語りはじめる父。「働いた、働いた……また働いた…」カタコトの日本語

がよけいに切ない。

日本語と韓国語が飛び交う舞台は、故国への「郷愁」のかけらさえない。

鄭さんが描くのは国や時代に置き去りにされた「棄民」の記録だ。

 

 

 

狭い空間、近い人間関係の中で展開していくドラマは初演よりも濃厚である。

全力で生きる在日コリアンのエネルギーゆえか、登場人物たちの姿はコッケイで笑いに満ちあふれる。

「ギャグは三回しろ!」という鄭さんのしっこい演出も手厳しい。

そのせいかドタバタが多すぎるきらいはあるが、そこは鄭さんの持ち味で吉本新喜劇まで落とさない。

しかも差別の哀しみ、別れを乗り越えて生きる家族には、一条の光が見えてくる舞台につくり上げた。

 

 

 

 「これは観劇でなく、追体験だ」という劇場側の宣伝コピーではないが、”近くて遠い国”、韓国と日本に横たわる問題は

いまも数多い.

最近は在日コリアン社会で日本に帰化する若者が増えているという。

両国の教科書に出ていない、在日の歴史に潜んで,あるものを見つめあう鄭さんの”目”こそ,意味合いをを持っていると思えて

ならない。

 

                                       (2016・4・9 県芸術文化センターで所見)

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歌舞伎の味を伝えた最後のひと  ー中村 歌江さんご逝去ー

2016-04-01 | 人物

       

 

  

 

いいえわたしは歌舞伎座の女方(おんな)

お気のすむまで 笑うがいいわ

あなたはあそびのつもりでも 地獄のはてまでついて行く

思いこんだら いのちいのちがけよ

そうよ私は歌舞伎座の女方(おんな)

歌舞伎の星は 一途な星よ

                       (歌舞伎の歌  作詞・中村歌江)

 

小山三さんが亡くなってからちょうど一周忌。またもや追うように歌江さんの逝去である。

歌江は昭和7年、湯島天神下の酒屋の息子として生まれた。

ひところ湯島は色街ともいわれ粋筋の町であった。

近所の芸者衆と踊りはもとより端唄や常磐津も習った。そうこうするうち常磐津師匠の 三味線を持ってついて歩くようになった。

歌江は8人兄弟のド真ん中。すぐ上の兄は新東宝の中山昭二で、『ウルトラマン』 『特別機動捜査隊』に主演した映画スター

だった。

 

局、廓の番新、茶店の女房など,高貴な役から市井の女房役まで歌江の芸域は幅広い。

歌江が出ると舞台にパッと花が咲き、あのベットリした粘着性の物言い、それでいて古風な江戸の香りをかもし出す。

歌舞伎の味を、楽しさを再認識させてくれる貴重な女方である。

 

私が最後に観た舞台は歌舞伎座で川口松太郎の『お江戸みやげ』であった。

湯島天神の境内での宮地芝居に出ている下ッ端役者。なにせお酒をキューとひっかけないと舞台がつとまらないという女方

の紋次が歌江の役どころ。

茶店の女(吉之丞)に酒をねだったり、居合わせた紬の行商人(富十郎、芝翫)にまで盃をもらったり、吞まないと夜も日も明け

ない酒豪の女方をみごとに好演。その吞みっぷりが実にうまかった。

 

ほかに『沼津』の旅の若夫婦が茶店で弁当をつかっていて、そのうち喉につかえ、さすって貰う腹のおおきな女房とか、『文七

元結』の左官長兵衛がしびれを切らすのを笑う女郎。

仲居役でけっさくなのは『七段目』の一力茶屋で、平右衛門に頼まれ,うたた寝してる内蔵助に掛布団を用意するのだが、

注意されていながら、わざと大声を出すところ。その呼吸のうまさは一頭地を抜いている。

 

また歌江の声色は天下一品。なにせ師匠大成駒(歌右衛門)のお墨付きだという。

なかでも歌右衛門の声色は一段抜き出ている。

幕内はおろか、新派の喜多村録郎、初代水谷八重子までやってのける。

 

それに歌江は名後見であり、引き抜きはお得意の芸だった。

いつだったか衣装の引き抜きをほめると、「あんなの単なるマジックショーなのよ」と歌江はあだっぽく笑った。

 

お葬式は3日、上野の寛永寺で執り行われる。

謹んでご冥福をお祈り申し上げる。  合掌

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