「世界遺産の地で生まれたのはボクだけじゃない」。『焼肉ドラゴン』の作者で、在日三世の鄭義信さんは胸を張る。
戦後、姫路城の石垣あたりに鄭さん一家ら在日の人たちがバラックを建て集住した。
この国有地を”買った”と言い張る父の姿を、鄭さんは自作に出てくる焼肉店主に投影した。
「古い話をしてもえぇですか…」。静かに自身の半生を語りはじめる父。「働いた、働いた……また働いた…」カタコトの日本語
がよけいに切ない。
日本語と韓国語が飛び交う舞台は、故国への「郷愁」のかけらさえない。
鄭さんが描くのは国や時代に置き去りにされた「棄民」の記録だ。
狭い空間、近い人間関係の中で展開していくドラマは初演よりも濃厚である。
全力で生きる在日コリアンのエネルギーゆえか、登場人物たちの姿はコッケイで笑いに満ちあふれる。
「ギャグは三回しろ!」という鄭さんのしっこい演出も手厳しい。
そのせいかドタバタが多すぎるきらいはあるが、そこは鄭さんの持ち味で吉本新喜劇まで落とさない。
しかも差別の哀しみ、別れを乗り越えて生きる家族には、一条の光が見えてくる舞台につくり上げた。
「これは観劇でなく、追体験だ」という劇場側の宣伝コピーではないが、”近くて遠い国”、韓国と日本に横たわる問題は
いまも数多い.
最近は在日コリアン社会で日本に帰化する若者が増えているという。
両国の教科書に出ていない、在日の歴史に潜んで,あるものを見つめあう鄭さんの”目”こそ,意味合いをを持っていると思えて
ならない。
(2016・4・9 県芸術文化センターで所見)