900回をこえる、昭和の傑作喜劇『三婆』が、よみがえった。
しかも今回は、大竹しのぶ、渡辺えり、キムラ緑子という芸達者な3女優が顔を揃え、いずれも初役だ。
ことさら”喜劇”と銘打たなくても、まさしく「現代のブラック・ユーモア」とでもいおうか、その喜劇性は、現代社会の仕組みなり、世相
風俗そのものが内包しているタチのもので、上演を重ねるごとに、舞台自体も成長つづけたということだ。
世に謂う”喜劇”と銘打ったものに碌なものはない。
昭和の喜劇黄金期に東宝の菊田一夫作『雲の上団五郎一座』は、圧倒的に面白かったが、それから、なりをひそめている。
いまでは、この領域で三宅裕司が『熱海五郎一座』と一人気を吐いているが、しょせんコントに毛が生えたもの。
もともと、この『三婆』は喜劇ではなかった。
1961年2月号の『新潮』に載った有吉佐和子の70枚ばかしの短編である。
高齢化時代を先取りした社会性をそなえておリ、3人の老女の孤独を生み出す心理をえぐった、どちらかといえばシリアスな小
説であった。
( 初演の舞台 日比谷・芸術座 )
小幡欣治はこれを、『脚色」でなく、「劇化」した。それが予想をこえる大当たりとなったのである。
初演はヒビヤ芸術座で、本妻松子は新派の市川翆扇、駒代は一の宮あつ子、タキは民芸の北林谷栄、重助は有島一郎の布
陣。演出は小幡欣治だった。
本妻松子だけでも、赤木春恵、正司歌江、池内淳子、波乃久里子、水谷八重子が演じてている。
中でも池内淳子の松子が決定版とされ、定評があったという。
ストーリーは、金融業者の社長が、妾宅で急死したところからはじまる。
お相手の妾・駒代(キムラ緑子)があたふたしている所へ本妻の松子(大竹しのぶ)、社長の妹タキ(渡辺えり)が駆けつける。
すったもんだの末、行き場のない駒代とタキが本宅に居候と決め込んだため、てんやわんやの大騒ぎ。
おまけに社長の専務をしていた重助(段田安則)までがころがりこんで、三婆と元専務の奇妙な「共同生活」がはじまるのだ
が…
本妻・松子の大竹しのぶが新橋演舞場に出演するのは、30年ぶりとか。
今回は全幕、和装で通すという新境地を見せる。動きにエネルギシュな破調をにじませながら、軸足をしっかり保っているの
は、さすがである。
この奇妙な「共同生活」にイヤ気がさし、追い出すところのコミカルさ。追い出しに成功した後、”孤独”のしじまを深々と見せる
芝居運びのうまさ。
老け役になっても、沈み込まない、明るく、前向きな面があるのは、大竹しのぶしかできない独特の強みだ。
余談だが、第一幕の幕切れは、初演の市川翠扇が演じた松子が絶品だったそうだ。
演劇評論家の矢野誠一さんは「ひと言の台詞も口にしない妖気漂うがごときお芝居には、圧倒された」と『小旙欣治の歳月』で
評している。
お妾さん役のキムラ緑子はどちらかというと淡路出身の関西の女優さん。
コミカルな芝居から、シュールな海外戯曲、シリアスなウエルメイドプレイまで、説得力を持たせる女優さんだ。
平成5年のNHKの朝ドラ『ごちそうさん』でヒロインの小姑役で人気が急上昇した。
看板にある日本髪こそ舞台ではみせないが、和装もしっくりと板についている。あっけらかんとしたところが、この人の持ち味。
本家に上がり込む厚かましさに、関西人らしいねちっこいねばりがほしい。
それと、旦那に出してもらってお店をやっている、もと水商売風の匂いが希薄。
本妻になんとか気に入られようとする一生懸命さが、哀しくもあり可愛らしくもある流れが、実にうまい。
「電気クラゲ」とアダ名のある、小姑のタキ役の渡辺えりは、少女趣味なのかオモロイ衣装で登場する(上段・画像)。
登場しただけで、ワッと客席から爆笑の渦。
女宇野重吉といいたいような、いつもながらのこの人のぶっきらぼうな物言いが、不思議に異彩を放ち、舞台に立っているだ
けで存在感がある。
それでいて、出過ぎず退かず、ぎりぎりまで踏みとどまっているところが、この人ならではの演技の伎倆 なのだ。
渡辺えりは劇作家でもある。
「喜劇と悲劇は紙一重なの、今回のホン(台本のこと)は、その部分が色濃く出ていて、やればやるほど滑稽で残酷。
今の社会問題が笑ちゃうううちに浮き上がってくる芝居なのよ。この「三婆」は…」
老いてゆく女の淋しさを見据えた劇作家らしいまなざしがあった。
さて、このへんで本妻松子の亡夫金融業者に永年つかえていた専務重助(段田安則)について語っておきたい。
有吉佐和子の原作には、重助なる人物は登場しない。劇化した小幡欣治が新たにつくりだした役である。
重助は、老婆3人の潤滑油であり、この人がいればこそ3人の姿が明確になる。いわば反射板の役目を担っている。
初演の有島一郎いらい曾我廼家明蝶、金子信雄、いかりや長介、菅野菜保之、鶴田忍、最近になって 佐藤B作、笹野高史がつとめてい
る。こうしてみると、いずれも個性派俳優ばかりである。
今回の段田安則は受けの芝居が舞台のおさえにななって好演。この人のユーモラスな面が、重助役にうまくハマっている。
昭和の八百屋の店員役だと云われてもピンと来ないという、今回抜擢されたジャニーズの安井謙太郎。初舞台は、平成18年「滝沢歌
舞伎」で南郷力丸に扮した。
八百屋の御用聞きというのがあったのは、昭和のまっただ中であった。
大事なことは、八百屋にせよ豆腐屋にしても当時は地域とのつながりがあった。平成のいま、それがどうなのか考えさせられる舞台
でもあった。
20代の若者に、昭和の匂いを出せというのは是非もないが、ジェームス・ディーンに憧れ、当時流行したリーゼントにして、カッコつけた
がる若者を、平成の若者が素直に演じたのは、うれしい。
舞台中央に小体な庭を作り、回り舞台を生かした松井るみの美術は、見事だった。
商業演劇の美術はおそらく初めてだと思うが、初演からの新派風で旧弊な装置を排し、今様の舞台美術をつくりあげた。
幕開きの、神楽坂の妾宅の応接室を見て、ワタシは目を見張った。
障子にうつる笹竹の影。駒代の芸者時代のあでやかな日本髪姿の屏風。旦那のゴルフの数々のトロフィー。
これはまさしく神楽坂だと、ひと目でわかる。松井るみの仕事の中でも、屈指のものだった。
(2016.11.17 東銀座・新橋演舞場で所見)