木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

南方熊楠①

2007年07月04日 | ちょっと昔の話
人の内部には、自負心と劣等感が混在している。
 逆境になれば劣等感が、順風満帆の時には自負心が幅を利かせるが、各個人によって、その構成比は違ってくる。
 南方熊楠(みなかたくまぐす)。
 世界的博物学者と言われるこの人の場合は、どうであったのだろうか。
 
 熊楠の著書としては、岩波文庫から「十二支考」が出ており、最も入手しやすい。
 その本の表紙には、若かりし頃の熊楠の顔写真が掲載されている。
 昔であり、撮った写真も少なかったのだろうか、熊楠というと、この写真が使われることが多い。
 1891年、熊楠25歳、留学中のアメリカで撮った一葉である。
 斜を見つめた目は大きく、眉毛は太く、角刈りの髪型はいかにも書生といった風情であるが、頑固そうな、一筋縄ではいかぬような雰囲気を醸し出している。
 その「十二支考」は、干支に関する動物に関する話を今で言えばエッセイ風に記したものであるが、本の初めには虎が取り上げられている。
 「虎に関する史話と伝説民族」と題された文の冒頭を引用してみる。

 虎梵名ヴィヤグラ、今のインド語でバグ、南インドのタミル語でピリ、ジャワ名マチャム、マレー語リマウ、アラブ語ニムル、英語でタイガー、その他欧州諸国大抵これと似おり、いずれもギリシャやラテンのチグリスに基づく。そのチグリスなる名は古ペルシャ語のチグリ(箭・や)より出て、虎のはやく走るを箭の飛ぶに比べたるに因るならんという。

 個人的には、タミル語だとか、ジャワ、マレー語で虎が何というかなどということに興味がないし、列記されても面白くもなんともない。この後にも、様々な文献が引き合いに出され、古今東西、虎に関する話がずらずらと述べられる。
 そこから演繹的に何かが引き出されるかとうと、そうではなく、ただ知識が百花繚乱述べられただけで、読者はポンと置いていかれる。
 初めて読んだときは、「何だこれは」とう感じで、反感しか持たなかった。
 「あなたは、物識りだ。よく分かりましたよ」
 という印象しか持つことができなかった。
 この書を理解するには、南方熊楠について多少なりとも理解していないと、難しいかも知れない、そう思った私は熊楠に関する書を買い求めることにした。

「十二支考」 南方熊楠  岩波文庫