梟や 聞耳立つる 三千騎
堀之内の「歩兵第二十二聯隊跡」碑
子規、明治22年(1889)の句。前書きには「松山堀ノ内」とある。
堀之内(城山の南西部)は松山城の三ノ丸だったところで、
廃藩置県後は陸軍の屯所がおかれ、明治17年には歩兵第二十二連隊の用地となった。
句の「梟」は冬の季語。
梟は留鳥であるが、鳴き声の悽愴な感から、俳句では冬に配当される。
「三千騎」は第二十二連隊の兵たちをいうものであろうか。
http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-486.html参照
堀之内の「歩兵第二十二聯隊跡」碑
子規、明治22年(1889)の句。前書きには「松山堀ノ内」とある。
堀之内(城山の南西部)は松山城の三ノ丸だったところで、
廃藩置県後は陸軍の屯所がおかれ、明治17年には歩兵第二十二連隊の用地となった。
句の「梟」は冬の季語。
梟は留鳥であるが、鳴き声の悽愴な感から、俳句では冬に配当される。
「三千騎」は第二十二連隊の兵たちをいうものであろうか。
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