ケンのブログ

日々の雑感や日記

リットン調査団を思い出す

2022年09月02日 | 日記
気づけば9月になっている。

今年も あと 4か月。

早いなと思う。

蒸し暑いのは 相変わらずだけれど。

新聞に ウクライナでの紛争に関連して 南部ザポリージャ原子力発電所に 国際原子力機関の調査団が入ることがこのところ報道されている。

このような 国連の機関が調査に入るというニュースを見ると 高校の世界史で習った リットン調査団のことを思い出してしまう。

高校生向けくらいのレベルで書かれていると思われるサイトには リットン調査団について次のような記述がある。

「リットン調査団は1932年1932年10月2日に報告書を世界に公表した。報告書の骨子は、満州事変は日本の侵略行為であり、自衛のためとは認定できないというものであった。

ただし、満州における日本の権益は認められるとして、そこに日本と協力する自治的な政権が成立することには容認できるとしていた。

日本軍に対しては満州から 撤退すべきであるが、南満州鉄道沿線については除外された。

  このように、リットン報告書は必ずしも日本に全面的に不利なものではなかったが、軍部は侵略行為と断定されたことによって満州国も否認されたものとして強く反発し、国内にもそう宣伝した。

リットン報告書が、満州事変は侵略であると認めながら、日本の満州での権益を認めるという妥協的な内容であったことは、その立場が欧米帝国主義にあり中国の独立や中国民衆の保護の立場にはなかったことを意味している。

にもかかわらず日本がそれを受諾しなかったのは満州支配という実利よりも、国家の威信(あるいは軍の威信)を大事にしたためなのだろうか。

多くの国民は松岡代表が決然と連盟総会を退場するニュース映像を見て快哉を叫んだであろうが、このときが日本が世界とアジアの中で孤立し本格的侵略国家として抜き差しならぬ歩みに入ったときであった。」
http://www.y-history.net/appendix/wh1504-044.htmlより引用。

もっと 簡単にまとめてしまうと リットン調査団は 満州事変を 日本の中国に対する侵略行為とした。

そのことが 日本の国連脱退につながり 時代は 太平洋戦争の敗戦に至るまで 日本にとっては 坂を転げ落ちるように進んでいく ということになるのだろうと思う。

南部ザポリージャ原発に調査団が入るのは どんな目的なのか 今日の新聞だけでは よくわからないけれど 単に 原発の安全を確保するためだけ とは 思えない節もある。

調査の結果は戦況に影響を及ぼす可能性も高いだろうと思ってしまう。

本当に この 紛争が おだやかに 解決することを 祈りたいと思う。

 


時代の流れ Lisaさんの紅蓮華

2022年09月02日 | 日記歌入り
数日前に 新聞で 運転中に スマホでゲームをしていて それが 死亡事故につながったという 記事が出ていた。

記事は その事故を教訓に ながらスマホを戒めるような内容だったと思う。

もっともな 話なのだけれど 僕が 運転免許を とりたてのころは 運転中に煙草に火をつけようと思って ちょっと 前方から 目を そらしただけで 自動車は その ちょっとの間に 何十メートルも進むから 気を付けなければ ということが よく言われた。

僕も その話は 教習所の 先生からも 聞いたし たまたま 乗った タクシーの乗務員の方が ヒヤッとした 実体験を交えて タバコの火をつけるために 目をそらしてはいけないと 僕に 教えてくれたことがある。

前方不注意の主たる原因が たばこから スマホへと 時代も 変わったものだなと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゴルバチョフさんが亡くなられたと新聞に出ている。

晩年のお顔を見ると ソ連の指導者だったころとは 別人のようなお顔になってしまっていて あるいは 身体的にも 精神的にも 大きな ご苦労があったのでは と思ってしまう。

けれど 冷戦終結の時の ゴルバチョフさんの顔は 素敵で 輝いているな と思う。

1989年 冷戦終結の時 ゴルバチョフさんは ソ連の 指導者で 輝いておられた そのことを たぶん 人類は わすれないのではないかと思う。

たとえ その 冷戦終結が ソ連の崩壊から 今日の 状況につながったとしても、、、。

1989年の ゴルバチョフさんを 人類は わすれない 。

そういうものだと思う。

中島みゆきさんの 時代という歌の歌詞に 

「まわる まわるよ 時代は まわる 喜び 悲しみ 繰り返し」という一節があるけれど 本当に その通りだなと思う。

デビュー曲で こんな 普遍的な 歌詞を 書いてしまうなんで みゆきさんは やはり 違う星から来た人なのかな と 時々 思ってしまう。

1989年 バーンスタインが ベルリンの壁崩壊と 冷戦終結を記念して 第九を演奏した年でもある。

その時の 動画 がネットを見たら出てきた。

と言っても 第四楽章の テーマを合唱団が高らかに 歌うところと 同じく 楽章後半で 合唱団が 二重フーガを 高らかに 歌うところだけを 抜粋した動画だけれど。

ただ、そこを見ただけで それが 指揮者とオーケストラ そして合唱団にとって渾身の演奏であることは十分に伝わってくる。

本当に そういう 時代の 波の中に いた人は 輝いているな と思う。

悲しみとともに そういう 輝きも 心に とめておきたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
読売新聞の 文化欄で 「過剰可視化社会」という書籍を紹介する文章の中で 著者の奥那覇潤 さんを取材した言葉として 次のように書かれている。

「親ガチャ という言葉が一部で流行った。 自分の人生がダメだと思っているときに それは 親ガチャにはずれたから仕方がない と考えたほうが楽だという発想がある。
あらゆることが 最初から決まっていてほしいという 発想が高まっている」と。

これは 可視化という文脈の中での言葉なので たぶん あらゆることが 最初から 決まっていた方が 見えやすい という発想の流れの中で この 親ガチャの例が出てきていると思う。

さて、この 親ガチャの 発想は 金光さんの この言葉と とても よく似ているなと思う。

「人間は 生まれたときに 証文を書いてきているようなものである。生まれたときにお悔みを言いに行ってもよいくらいのものである。どういう災難があるとか こういう不幸があるとかは 決まっているのである。神はよく ご承知なのである。 信心を強くすれば 大難は小難にしてくださり 小難は御取り払いくださる。 それがお繰り合わせをいただくということである」と。(金光教教典抄より引用)

親ガチャで 決まっている という考え方に 神様の 支配 という考えを 加味すれば それは 金光教や あるいは キリスト教の考え方に 近いものになることに気づく。

キリスト教も たとえば 聖書には 「あなたの髪の毛までも数えられている」という記述もあり 神の支配 という考え方が 強い。

金光教も 神道の 一派ではあるけれど 神の支配というか 神様は お見通し という考え方が 強く見られる。

お見通し といえば 過剰可視化社会の 著者がしめしておられるような 可視化 ということにも 通じるわけだし。

今の 時代の 考え方に 神様への 信心 ということを 加えると 案外 悟りも ちかいのかもしれない と思う。

そういう 神 というような 目に見えないものへの 畏敬がなくなっていることが現代の問題なのだと思う。

なにしろ 過剰可視化社会なのだから、、、。

それは ともかく いちにち いちにち 無事に すごせますように それを 第一に願っていきたい。

■紅蓮華
Lisaさんの「紅蓮華」をカラオケDAMの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップロードします。

聴いていただければ幸いです。

岐阜県関市の街に 祝Lisa紅白出場 などという 横断幕を よく 見かけたので 尋ねてみると Lisaさんは 僕と 同じ 岐阜県関市の出身とのことでした。
学校の参観日などで後ろ姿を見ると やはり ちょっと目立っていた という声を聴いたこともあります。

歌詞の中で 「咲き誇れ」という言葉が出てきます。

僕のように 花を散るということに結び付けて 考える習慣のものには ちょっと違和感を覚える 言葉ですが これも 時代の流れでしょうか。

歌詞に 「逸材の花より 挑み続けて咲いた一輪が美しい」とあります。

しかし、挑み続けることができるというのは すなわち 逸材ということではないでしょうか。

ちょっと へんてこな 対比であるようにも思えます。

今 話題の イチローさんも テレビの女性に 努力か 才能か という質問を受けたときに そもそも 才能のない人は努力しません という主旨のことを言っておられたと思います。

まあ、そういう 疑問はともかくとして 高速リズムの歌を 歌うことは ちょっとした快感ではあります。

僕にとっては ほとんど ろれつのまわらない 早口言葉の領域でもあります。

Lisaさんの「紅蓮華」をカラオケDAMの音源で歌いました。