『城盗り秀吉』(講談社文庫)
(2004.9.20.)
この場合の“城盗り”は力攻めではなく、調略で城を奪うというもの。秀吉という人物は、天下人となるまでは、下賎の身から出世していく一種のすごろく人生で、庶民にとっては憧れであり、手本にもなる。なにより出世していく様が面白い。
だが、後半生は、朝鮮出兵、身内や家臣を切腹させるなど愚行が多く、その一生を描くと矛盾だらけになる。人間は向上を望むが、身分不相応まで出世すると逆に破滅するという典型がここにあると思うとちょっと悲しいものもある。
この小説は、秀吉の前半生から中盤、いわゆる旬の時代を、山の民という架空の存在をからめながら描いたもので、そんな矛盾をあまり感じずに読むことができた。まずまずの面白さ。
『「鉄学」概論』原武史(新潮文庫)
(2011.1.29.)
社会や歴史と鉄道とのさまざまな関係を面白く読んだが、ほぼ同世代の“鉄”の筆者に、素直にうなずけるところとそうでないところがあった。
それは、あとがきで宮部みゆきも書いていたが、東京のどちら側で生まれ育ってしまったかが問題なのだ。特に鉄道は、普段利用する路線によって思い入れや認知度が大きく異なる。それは映画館も同じで、どこでその映画を見たかで映画の印象が微妙に違ったりもする。
自分にしても、今は葛飾区の金町に住んでいるが、城南の品川区で育った者にとって、ここはほとんど未知の土地だった。そして、昔は、私鉄といえば京成よりも断然東急だった自分が、今はまったくその逆になっているということにも不思議な思いがした。
『グッとくる鉄道』鈴木伸子(リトル・モア)
(2011.5.20.)
【新幹線】【カーブ】【鉄橋】【地下鉄】。女性の視点から見た“鉄道ポイント”が新鮮だった。見慣れた風景もちょっと視点を変えると魅力的なものに変化するのだなあ。
『イチロー革命-日本人メジャー・リーガーとベースボール新時代』ロバート・ホワイティング(早川書房)
(2004.10.17.)
この人の、野球とベースボールを媒介とした日米比較論は、多少の独断と偏見は否めないものの、相変わらず面白い。
それにしても、1977年にこの人によって『菊とバット』が書かれた時は、野球を通した日米関係がこれほど激変するとは誰も想像すらしていなかったはずだ。
そう考えると、この本に登場する野茂英雄、イチロー、松井秀喜らは、まさに時代の要求に応じて登場してきた者たちだとも思える。彼らが日本のマスコミには決して語らない素直な言葉が、新鮮であり、興味深くもあった。
『ICHIRO 2 ジョージ・シスラーを越えて』ボブ・シャーウィン(朝日新聞社)
(2005.4.14.)
『ICHIRO メジャーを震撼させた男』に続く、元シアトル・タイムズ記者による本書を読み始めた途端に、開幕から続いていたイチローの連続試合安打がストップしてしまった。うーん、やはりディマジオ越えは難しいか。
『上原の悔し涙に何を見た』宇佐美徹也(文春文庫PLAS)
(2005.5.30.)
プロ野球の“記録の神様”による好著。題名は、タイトル争いのために無理やり敬遠を命じられた巨人の上原浩治が流した悔し涙に由来する。
日本のプロ野球にはびこる、記録を破らせる、またはタイトルを取らせるための、逆に記録を破らせない、タイトルを取らせないための行為の空しさは、去年、異邦人であるイチローが、シーズン安打記録に挑んだ際に、ちゃんと勝負をしたメジャーリーグの清々しさを思えば、もはや何をか言わんやだ。
そして、昔がすべて良かったとは言わないが、この本を読むと、王貞治、長嶋茂雄、村山実、稲尾和久、杉浦忠ら、かつての名選手たちが、その記録とともによみがえる快感も味わえる。
最も印象的だったのは、意外にも、「江夏の21球を演出した捕手水沼の100%の確立」と題された、広島カープの名捕手水沼四郎を描いた渋い一文だった。
『ラストゴングは打ち鳴らされた-リングを駆け抜けた闘士(おとこ)たち』織田淳太郎(早稲田出版)
(2006.5.26.)
かって『首都高に散った世界チャンプ 大場政夫』(小学館文庫)を書いた筆者の短編ボクシング・ノンフィクション集。
自分とほぼ同世代な筆者だけに、ボクシング体験の原風景や思い入れに共通点が多い。中でもキックの鬼・沢村忠のその後を描いた「消えたチャンピオン」と、柳済斗戦を再現しながら、輪島功一の語りを挿入した「王者」が印象に残る。ただこういうノンフィクションは書く方も、読む方も、どうしても『敗れざる者たち』などの沢木耕太郎の影がちらついてしまうのもまた、我々の世代の共通点ではある。
『大相撲歴史新聞-角界の出来事まるごとスクープ!』(日本文芸社)
(2006.5.26.)
神話の野見宿禰と当麻蹶速から双葉山、栃若、柏鵬、北玉、輪湖を経て、曙若貴時代までの大相撲の歴史を、新聞報道風に編集した珍品。それぞれの時代が鮮やかに甦る。最近また相撲観戦に燃えてきただけにタイムリーな読み物となった。
『広瀬中佐の銅像』もりた なるお(新人物往来社刊)
(2006.5. 26.)
先日閉館した交通博物館前(旧万世橋駅前)に建っていた日露戦争の英雄・広瀬中佐の銅像。だが、第二次大戦後“戦犯銅像”として撤去される。そして、その後なぜか銅像は行方不明に…。美術界の裏側を描きながら、ちょっとした謎解きを加えるというのは、筆者の名短編「真贋の構図」と同じ手法だ。ただし、老齢故か筆致が緩んだ感じがするのが残念だった。
併録された『予科練の七つボタン』はウィリアム・サローヤンの『人間喜劇』を思わせる戦中話。この人の本領はやはり短編かと思わされる。
『灰の男』小杉健治(講談社文庫)
(2006.8.5.)
戦争に翻弄される対照的な2人の主人公の人生(戦中、戦後、現代)を通して、昭和20年の東京大空襲にまつわる謎を追った一種のミステリー。前半の下町や庶民の生活描写が秀逸なだけに、後半に提起される天皇や軍部の責任問題が浮いてしまうのが惜しい。
『沈黙の土俵』小杉健治(ケイブンシャ文庫)
(2009.9.28.)
15年前の殺人事件に関係する5人の男女の謎とそれを追うフリーライターと女性弁護士の恋が縦糸、そこに相撲界に入った若者の出世物語が横糸で交錯する。この手法は、同じ作者の『土俵を走る殺意』の姉妹編のような趣。ミステリーとしてはいささか弱いが、相撲とミステリーを融合させた点がユニーク。取り組みの描写もうまい。
『警官の血』と『警察署長』(2009.2.16.)
2夜連続で、ドラマ『警官の血』を見る。鶴橋康夫の演出は、黒澤の『生きる』や『天国と地獄』をリメークドラマ化した際は、さすがにきつかったが、オリジナルの今回は素直に見ることができた。親子孫3代の警察官(江口洋介、吉岡秀隆、伊藤英明)を通して終戦後から現代までを描くという面白さは、佐々木譲の原作に負うところが大きい。
ただ、原作者自らも述べているように、アメリカ南部の架空の街デラノを舞台に、警察署長を歴任した3世代の歴史と、迷宮入り殺人事件の解決までを描いたスチュアート・ウッズの『警察署長』の影響が強く感じられた。
随分前にテレビムービー化(監督ジェリー・ロンドン、ウェイン・ロジャース、ブラッド・デイビス、ビリー・ディー・ウィリアムズ、キース・キャラダイン、チャールトン・ヘストン)され、NHKで放送されたが、あれは面白かった。今回、椎名桔平が演じた変質的な犯人像も、『警察署長』でキース・キャラダインが好演した犯人像と重なるところがあった。
佐々木譲は『エトロフ発緊急伝』のときにも、ケン・フォレットの『針の眼』を見事に? 換骨奪胎していた。映画化された『針の眼』(監督リチャード・マーカンド ドナルド・サザーランド)とドラマ化された『エトロフ遥かなり』(演出・岡崎栄、永澤俊矢、沢口靖子)はどちらも傑作だった。
『1001秒の恐怖映画』井上雅彦(創元推理文庫)
(2005.9.9.)
怪奇、SF映画をモチーフにしたショートショートと映画の解説付き。作者が同年代だけに映画を観た背景や趣味がかぶる面白さあり。表紙の和田誠の絵もGOOD。
(後記)この本のルーツとも呼ぶべき連作短編集『スクリーンの異形-骸骨城-』(角川ホラー文庫)も読んでみたが、こちらは少々趣味性が強すぎてあまり入り込めなかった。ただ『第三の男』の後日談として書かれた「ライム・ライム」はちょっと面白かったが。
井上雅彦編の短編ホラー集、異形コレクション(光文社文庫)
(2005.9.14.)
バラエティーに富んだ玉石混交の短編の中で、クラシック映画を巧みに盛り込んだ田中文雄の懐古趣味が気に入った。以下、このシリーズでのリストを。
01年『幽霊船』所収/「シーホークの残照(「猫船」)」生者と死者の友情『シーホーク』
02年『キネマ・キネマ』所収/「左利きの大石内蔵助」座敷童と野外映画『忠臣蔵』
03年『獣人』所収/「浅草霊歌」哀しい父子と『獣人雪男』
03年『アジアン怪綺』所収/「ふたりの李香蘭」満映、李香蘭、川嶋芳子
『邪神たちの2・26』(学習研究社)
(2005.10.12.)
2・26事件にクトゥルー伝説を絡ませたホラー小説だったが、正直なところ期待外れ。SFの形を借りて事件を正当化したいのか、筆者の狙いがいまひとつはっきりしない。
『冬の旅殺人事件』(廣済堂出版刊)
宇都宮をモデルにしたと思われる北関東の城下町を舞台にした推理小説。 こちらも推理小説としてはいささか弱い。この人は短編の方がうまいような気がする。まあ今回は、北品川というなじみの土地が登場してきたので、ちょいとうれしかったのだが。
『コガネムシの棲む町』(徳間文庫)
(2005.10.14.)
「コガネムシの棲む町」「ハメルンの笛がきこえる」「鰐を飼う女」「鴉猫」「魔女の系譜」「死人起こし」「魚怪」「汽笛」「神遣い」からなる短編集。
表題作はファンタジーの色が強いが、ほかはモダンホラーの味わい。通読してくるとどうやら匂いと水の描写にこだわりがあることに気づく。とはいえ、やはりこの人は短編の方がいい。一押しは「汽笛」。
『蔦に覆われた棺』(集英社文庫)
蔦のからむ西洋館、少年の亡霊、憑依…。西洋のゴシック・ホラーの要素を日本に置き換えたモダン・ホラーの中編。後半にこの頃はやっていたスプラッター・ムービーの影響がみられる。
『夏の旅人』(ハヤカワ文庫)
(2005.11.8.)
初期の短編集。『トワイライトゾーン』を連想させる連作といったら誉めすぎか。
75..約束(生霊)
77..海賊船長(ファンタジー)エロール・フリン
78..黄昏屋敷(屋敷霊)
76..処刑(SF)
76..さすらい(夢盗人)
76.故郷に死す(ロボット)レイ・ブラッドベリ風
74.夏の旅人(トラウマ)
『猫路』(集英社文庫)
江戸時代の用水路が隠し味の現代怪猫話。さらりと読めるがいいのか悪いのか。
『スクリーンの中の戦争』坂本多加雄(文春新書)『ベースボールと陸蒸気~日本で初めてカーブを投げた男・平岡熈』鈴木康允・酒井堅次(小学館文庫)(2005.3.28.)
毎日新聞の書評で知った興味深い2冊。前者は惜しくも亡くなった博覧強記の政治思想史家による戦争映画論。後者は日本にベースボールを輸入し、鉄道王でもあった稀代の道楽者の評伝。どちらも面白かった。
『山田洋次の<世界>』切通理作著(ちくま新書)(2005.8.29.)
この著者が山田洋次について語るとはいささか意外の感あり。もっとも同感するところも多く、またも先を越された思いがした。
『現代映画聖書』立川志らく(講談社刊)(2005.9.5.)
以前、友人から紹介された一冊。まあ簡単に言えば、所詮映画の良し悪しは個人の好みによってどうにでも変わる。つまりは映画を見るということは非常に個人的なものなのだ、ということを実感させられる本。まあ、彼は本来は落語家だから、映画については、何のしがらみもなく好き勝手なことが書けるわけで…。
『池波正太郎の映画日記』(講談社文庫)(2006.5.31.)
古本市でを見つけたので購入。1970年代半ばから80年代半ばまでに公開された映画についてのエッセーなので、自分が中学から大学までの一番映画を見ていた時期とも重なり楽しく読んだが、この場合、筆者お得意の食事についての記載はちょっとジャマな気がした。それにしても池波先生は黒澤明がお嫌いなようで。
『怪盗ジゴマと活動写真の時代』永嶺重敏(新潮新書)(2006.12.13.)
明治末年から大正元年にかけて公開され、いまだに伝説として語り継がれているフランス映画『怪盗ジゴマ』を媒介にして、その騒動や時代を語っているのだが、いささか突っ込みが甘い気がした。ただ「頗(すこぶ)る非常」という決まり文句を連発して受けたという、巡業師兼名物弁士の駒田好洋(頗る非常大博士)の生涯には興味を持たされた。