井上尚弥の所属ジムの会長は大橋秀行。ストロー級(現ミニマム級)の元世界王者だ。1992年10月14日、両国国技館で行われた、WBA世界ストロー級タイトルマッチ崔煕庸(韓国)対大橋のメモが残っていた。
2年間のブランクを乗り越えて、大橋秀行が再びチャンピオンに返り咲いた。見方によっては崔煕庸の突進を有利と見て判定が逆になってもおかしくはないほどの壮絶な見事な試合だった。
だが、試合そのものよりも試合後に大橋が語った言葉に心がとらわれている。彼はインタビューに答えて、「わざわざ日本に来て試合をしてくれた前チャンピオンへのお返しの気持ちとして、今度は僕が韓国に行って試合をしたい」と語った。
その言葉を聞きながら、佐瀬稔の『彼らの誇りと勇気について』という名著の中で、大橋について書かれた「生涯の友」という一文のことを思い出した。その中で大橋は、かつて自分を破った2人の男・名嘉真堅安と張正九についてのセンチメンタルとも思える言葉を語っていた。
だが、それは彼がチャンピオンになる前の古い話であり、その後彼はチャンピオンになり、陥落し、今再び返り咲くという変転を経ている。彼の中で感動的ではあるが、そんなセンチな思いは消えているはずだと勝手に思っていた。
ところが、試合後に彼が語った言葉は、あの一文と同じ意味合いを持つものだった。恐らく大橋というボクサーは、心で試合をし、まるでアルバムを重ねていくような思いを持ってボクシングをし続けているのだろう。
だから、先日ロッキー・リンを戦慄的にノックアウトしたリカルド・ロペスが、自分を破った“第三の男”として存在し、引退を許さなかったのだろう。そう考えると試合後のあの言葉も納得がいく。できれば統一という形でロペスとの再戦を実現させてほしいものだ。
【今の一言】大橋とロペスの再選はならなかったが、ロペスはこの後名チャンピオンとなり、無敗のまま引退。エル・フィニート=素晴らしい男と称された。