田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『彼らの誇りと勇気について』(佐瀬稔)「生涯の友」大橋秀行

2024-05-07 11:45:34 | ボクシング

 井上尚弥の所属ジムの会長は大橋秀行。ストロー級(現ミニマム級)の元世界王者だ。1992年10月14日、両国国技館で行われた、WBA世界ストロー級タイトルマッチ崔煕庸(韓国)対大橋のメモが残っていた。


 2年間のブランクを乗り越えて、大橋秀行が再びチャンピオンに返り咲いた。見方によっては崔煕庸の突進を有利と見て判定が逆になってもおかしくはないほどの壮絶な見事な試合だった。

 だが、試合そのものよりも試合後に大橋が語った言葉に心がとらわれている。彼はインタビューに答えて、「わざわざ日本に来て試合をしてくれた前チャンピオンへのお返しの気持ちとして、今度は僕が韓国に行って試合をしたい」と語った。

 その言葉を聞きながら、佐瀬稔の『彼らの誇りと勇気について』という名著の中で、大橋について書かれた「生涯の友」という一文のことを思い出した。その中で大橋は、かつて自分を破った2人の男・名嘉真堅安と張正九についてのセンチメンタルとも思える言葉を語っていた。

 だが、それは彼がチャンピオンになる前の古い話であり、その後彼はチャンピオンになり、陥落し、今再び返り咲くという変転を経ている。彼の中で感動的ではあるが、そんなセンチな思いは消えているはずだと勝手に思っていた。

 ところが、試合後に彼が語った言葉は、あの一文と同じ意味合いを持つものだった。恐らく大橋というボクサーは、心で試合をし、まるでアルバムを重ねていくような思いを持ってボクシングをし続けているのだろう。

 だから、先日ロッキー・リンを戦慄的にノックアウトしたリカルド・ロペスが、自分を破った“第三の男”として存在し、引退を許さなかったのだろう。そう考えると試合後のあの言葉も納得がいく。できれば統一という形でロペスとの再戦を実現させてほしいものだ。

【今の一言】大橋とロペスの再選はならなかったが、ロペスはこの後名チャンピオンとなり、無敗のまま引退。エル・フィニート=素晴らしい男と称された。

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井上尚弥からマイク・タイソン 東京ドーム

2024-05-07 10:24:28 | ボクシング

 スーパーバンタム級で2階級目となるボクシング主要4団体の王座統一を果たした井上尚弥が、6日夜、東京ドームでこれまで2階級で世界チャンピオンになっていたメキシコのルイス・ネリと対戦。第1ラウンドに初ダウンを喫したが、第2ラウンドにダウンを奪い返し、第6ラウンド1分22秒でテクニカルノックアウト勝ちした。

 今までボクシングにも野球にもすごい選手たちはいたが、大谷翔平と井上はもはや別次元の選手だ。ただ、試合はAmazonプライムビデオでないと見られない。これでいいのかという気がする。


 東京ドームでのボクシングの世界戦といえば、1990年2月11日に行われたマイク・タイソンとジェームス・ダグラス戦以来。あの時は日テレで放送されたので、自分も含めて多くの人が見たのだ。その時のメモを。
 
 試合前からタイソン不調のうわさは流れていたが、どうせ勝ちの見えた試合を盛り上げるためのものだろうと思っていた。それは取りも直さず、これまでのタイソンがあまりにも強過ぎたからで、試合が始まればすべてはうわさで終わるはずだったのだ。

 ところが、第1ラウンドからいつものタイソンではなかった。素人目に見ても明らかに動きが鈍い。パンチが単発で、逆にダグラスのパンチを食ってまう。これまでは相手のパンチが一発でもタイソンを捉えればそれだけで大ごとだったのに、ラウンドが進むにつれて、それが当たり前のことのようになってきた。これはもしかすると大変な結果が待っているかもしれないという思いが現実味を帯びながら試合が進んでいく。

 第8ラウンド、ついにタイソンのアッパーがダグラスを捉えてダウンを奪ったが、いつもの鋭さに欠けた。案の定ダグラスは立ち上がり、第9ラウンドは逆にダグラスが優勢。そして運命の第10ラウンド。あのタイソンが目をはらし、連打を食い、ついに倒された。その瞬間、見てはいけないものを見たような妙な感慨にとらわれるとともに、これがボクシングなんだ!という感動も湧いてきた。

 どんなに素晴らしいボクサーであっても敗北の時は必ず訪れる。“アイアン”マイク・タイソンにも例外なくその時が訪れたのだ。そして佐瀬稔のボクシングを言い当てたような「勝者はいつか敗者に支払いをしなければならない」という言葉が迫ってきた。

 さて、敗れたタイソンに再起はあるのだろうか。再起後のタイソンこそ見てみたいという少々残酷な欲求も浮かぶが、相撲の力士に土俵年齢があるように、ボクシングにも実年齢とは別に“リング年齢”があると思うし、強過ぎた者ほど敗れた後の収拾の付け方が難しい。さてどうなるか。


【今の一言】この後タイソンは、96年にフランク・ブルーノを破って王者に返り咲くが、イベンダー・ホリフィールドに敗れて陥落。02年にはタイトルマッチでレノックス・ルイスに敗れている。05年にケビン・マクブライドに敗れて事実上の引退となった。

【蛇足】90年は東京ドームで、2月16日にローリング・ストーンズ、3月3日と9日にポール・マッカートニーのライブを見たが、その時、ここでタイソンが試合をしたんだという感慨も湧いた。


『マイク・タイソン-THE MOVIE-』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/272b8181c76453d832839fba86c1a0a7

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「BSシネマ」『クライマーズ・ハイ』

2024-05-07 07:00:38 | ブラウン管の映画館

『クライマーズ・ハイ』(08)(2011.7.30.日本映画専門チャンネル)

 1985年8月、群馬県の御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機の事故を追う地方新聞社を舞台にした群像劇。事故そのものや新聞社の内部事情、全国紙と地方紙との違いといったドラマの背景への突っ込み、過去と現在の描き方、人物描写のどれもが唐突で脈絡がなく説明不足の感は否めない。

 その半面、不必要と思われるカットや意味不明のカメラの動きなどが多いので、見ているこちらはなんとも落ち着かない気分になる。

 ところで、これは恐らく監督・脚色の原田眞人の趣味だろうが、堤真一演じる主人公の悠木が新聞記者になるきっかけを作った映画として、カーク・ダグラス主演、ビリー・ワイルダー監督の『地獄の英雄』(51)を話題にするところはちょっと面白かった。

 『地獄の英雄』のカーク扮する主人公の新聞記者は、洞窟の落盤事故による生き埋め事件を取材する。何としてもスクープを手にしたい彼は、記事を大げさにねつ造するが、それを読んだ人々が事故現場に集まりお祭り騒ぎとなる。だから原題は「The Big Carnival」となる。もちろん悠木が憧れたのは、カークの方ではなくて、常に「記事に対するダブルチェック」を口にする編集長の方だったのだが。

 ところが『地獄の英雄』にはもう一つ「Ace In The Hole」という原題が存在する。直訳すれば「穴の中のエース」となり、生き埋め事件そのものを指すようにも思われるが、エースにはトランプのエースの意味もある。これが事故で死んだ悠木の部下が御巣鷹山から持ち帰った遺品と重なる。

 悠木は「Ace In The Hole」を“最後の切り札”と訳したが、このことと先の編集長のダブルチェックの言葉がラストの彼の決断へとつながっていく。つまり、この映画は『地獄の英雄』の2つの原題の意味を巧みに取り入れていたのだ。


『地獄の英雄』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/94c68b01fb2fe6d6c21857343d07c1e5

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