リオオリンピック、日本勢頑張ってますね~。
体操男子団体の金メダル、競泳男子4×200mの銅メダル
やっぱり、皆の力を合わせて取った
メダルの感激はひとしおですよね。
ただいま日本のメダルは、金6銀1銅10の合計17個で
国別でも、アメリカ、中国に次いで3位だそうです。
(日本時間8月11日午前10時ごろ)
メダルの数にこだわる訳ではないけれど、
でも、やっぱり日本人がメダルを取ると
テレビの前の私達も盛り上がります。
まだまだ、これからも日本人、頑張ってほしいです~。
さて、バルト3国旅行記は、
1リトアニア・ヴィリニュスへ 2ヴィリニュス夕暮れ散歩
3杉原千畝公園・ケルナヴェの丘 4トラカイ城・昼食
5聖ペテロパウロ教会・三つの十字架の丘 6ヴィリニュス旧市街地観光1
7ヴィリニュス旧市街地観光2 8ヴィリニュス旧市街フリータイム1
9ヴィリニュス旧市街フリータイム2 10杉原千畝旧日本領事館
11カウナス観光1 12カウナス観光2 13シャウレイ~ラトビア
14ラトビア・リガ市内ホテル 15リガ1ユーゲントシュティール建築
16リガ2聖ペテロ教会・市庁舎広場 17リガ3ドゥァマ広場スェーデンの門
18リガ4リーブ広場・中央市場 19ルンダーレ宮殿 20ルンダーレ庭園
21ラトビア伝統料理レストラン 22朝の旧市街地散歩
23ガウヤ国立公園トゥライダ城 24グートゥマニャ洞穴・スィグルダ城跡
25ラトビア~エストニア・バースディーパーティー
26エストニア・タリン・カドリオルク公園 27タリン・アレクサンドルネフスキー聖堂
28タリン・展望台 29タリン・展望台~ラエコヤ広場
30タリン・ラエコヤ広場~カタリーナの小道 31タリン旧市街地観光
32 タリン・昼食フリータイム1 33タリン旧市街・フリータイム2
34 タリン旧市街・フリータイム3 35 タリン旧市街・フリータイム4
36タリン~フィンランドヘルシンキ・マーケット広場 37ヘルシンキ・市内観光
38ヘルシンキ市内観光フリータイム1 39ヘルシンキ市内観光フリータイム2
40バルト3国ヘルシンキ~関空・お土産と人々 バルト3国を旅して
バルト3国6 リトアニア・ヴィリニュス旧市街地観光1の続きです。
聖アンナ教会からバスに乗ってやってきたのは、
夜明けの門でした~。
夜明けの門
16世紀初め、タタール人の侵入に備えて
ヴィリニュスの町には城壁と城門が築かれました。
城門は9つあったそうですが、その内、
今も残る城門は、夜明けの門と呼ばれているこの一つだけ。
ヴィリニュスを象徴する建造物の一だそうです。
私達は、夜明けの門を、旧市街地の外側から見
ていることになります。
夜明けの門の横には、城壁(白い壁)も残っていますよ。
夜明けの門のファサード中央には、
リトアニアの紋章である白い騎馬像が描かれ、
ギリシャ神話に登場するグリフィンをモチーフとした
ルネサンス様式の装飾が施されています。
この紋章は今では珍しいものではないけれど、
リトアニアがソ連に統治されていた時代には、
この夜明けの門でしか見られなかったそうです。
だからこそ、リトアニアの人にとって
この夜明けの門は歴史的に存在意義の高い物なのです。
夜明けの門通り
アーチ型の入り口を入ると、夜明けの門通りが
一直線に伸びています。
この通りには、カトリック系、ロシア正教など
異なる宗教の教会がいくつも見られるそうです。
反対側から夜明けの門を見上げると。。
白くて綺麗な礼拝堂が門の上にありました。
礼拝堂のガラスの向こうに聖母マリアのイコンの絵(像)が見えています。
私達のツァーに礼拝堂の中に入る行程はなかったのですが、
添乗員さんが、
え。。どうしてとびっくりされています。
いつもいっぱいの人で行列なのに、
今日はすごく空いていますね。。
皆さん、中に入ってみますか~と。
普段は、この礼拝堂に入る為、信者の方や、
あるいは観光の方の行列ができていて、
とても団体では入ることができないようです。
この窓ガラスの向こうにもずらっと人影がいつもならあるのに。。
今は、その人影もありません。。
もちろん、私達は入ってみたいです。
という事で、この入り口から入り、
聖母マリア礼拝堂へスロープを登っていきました。
聖マリアのイコン
礼拝堂は狭く、たくさんの人が一気には入れません。
お祈りをされている信者の方の邪魔にならないよう
私達は少しずつ中に入り、窓際に静かに並んで、
聖マリアのイコンの前に。。
14世紀、クリム半島遠征時に、リトアニア大公アルギルダスが
持ち帰った聖母マリアのイコンの絵。
17世紀半ばごろから奇跡を起こす絵として崇められ、
18世紀半ばには豪華な枠が据えられました。
1993年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世がリトアニア訪問の際
金色の冠と花々のレリーフで飾られた金色の服など今の形に修復され、
ローマ法王が礼この拝堂で祈りをささげられたそうです。
まさかツァーで入れるとは思っていなかった神聖な礼拝堂に入れて
嬉しかったし、
それにもまして今も奇跡を起こすこのイコンの絵を信じ
祈りを捧げ続けるリトアニアの人々の思いに触れて
感動の瞬間でした。
大聖堂へ
さて、夜明けの門を見た後は、またバスに乗って
大聖堂のあるカテドゥロス広場へ戻ります。
町中のユニークな絵画。
前には、レンタルサイクルの駐輪場もありますね。
こちらは、ヴィリニュス旧市街北側にあるゲディミノ大通り。
大聖堂から西に延びる大通りです。
白い雲が切れて、いいお天気になっています。
大聖堂のあるカテドゥロス広場に到着。
大聖堂と鐘楼の白い建物も、やっぱりバックは青空が似合いますね。
リトアニア国立博物館とゲディミナス塔
白い建物は、大聖堂と鐘楼のすぐ近くにある
リトアニア博物館です。
博物館では古代遺跡やリトアニア大公国時代、
ソ連に占領されるまでの歴史などが展示されています。
その後ろの丘の上には、リトアニア国旗を掲げた
ゲディミナス塔があります。
ここは、14世紀トラカイからヴィリニュスに遷都した際に、
城が築かれた場所だそうですよ。
19世紀にロシアにより大部分が破壊され、
今残っているのは、ゲディミナス塔だけなんですけどね。。
ゲディミナス塔のある丘には、ケーブルカーで
登ることができます。
人間の鎖バルトの道
ところで、人間の鎖という言葉をご存知ですか。
人間の鎖とは、政治的な抗議や要求を目的として、
デモ活動の参加者が鎖のように手をつなぐことですが、
1989年8月23日、ソビエト連邦の統治下にあった
バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)で、
独立運動の一環として人間の鎖が行われました。
これは、バルトの道と呼ばれ、
約200万人が参加して手をつなぎ、
リトアニアの首都・ヴィリニュスから
ラトビアの首都・リーガ、
さらにエストニアの首都・タリンと3つの国を
約600kmの人間の鎖で繋いだのです。
バルト三国のソビエト連邦からの独立を
世界に訴えた人間の鎖。
人々の願いは1990年リトアニアの独立回復宣言、
1991年ソ連バルト三国独立決定を採択という形で
叶えられました。
大聖堂前の広場に、人間の鎖の記念という足形が
残されていました。
これが、バルト3国独立の為の、第一歩だったんですね。
一つが二つに、二つが三つに。。
そして、200万もの足形が繋がったんですね。
人間の鎖始点の記念プレート
また、大聖堂前にある一枚の敷石には、
STEBUKLASという文字が書かれていますが、
これは「奇蹟」という意味で、
「人間の鎖」の始点だった場所を示す記念プレートだそうです。
願いは叶えられる。。
このプレートの上で、3回時計回りに願い事をしながら回ると
願いが叶うと言われているそうですよ。
私も、プレートの上で3回、回りながら願いを。。
いつもはこういう時は家族の健康や幸せを願う私なのですが、
今回ばかりは、世界から戦争がなくなって
地球上の国すべてに平和が訪れますようにと願いました。
だって、こんなにも多くの人々が独立という一つだけの事を願い、
人々の力で歴史を変えた、その始まりのプレートの上ですもんね。。
現地のガイドさんにさよなら
ヴィリニュスを案内して下さった現地のガイドさんとは
ここでお別れです。
色々と教えて頂いてありがとうございました。
さて、ここからは、フリータイムの始まりですよ~。
バルト3国8 リトアニア・ヴィリニュス旧市街フリータイム1
へ続きます。
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