かわずの呟き

ヒキガエルになるかアマガエルなるか、それは定かでないが、日々思いついたことを、書きつけてみようと思う

「ながら」運転事故について。

2017-05-29 | 気ままなる日々の記録

  今朝のテレビでチラッとみただけで、詳しくは分からないが、「ながら運転」をしていたトラックに撥ねられて息子を亡くした親が一審で言い渡された禁固2年とかの判決を不服として控訴したとかで、もっと重い刑罰をもとめているという。

 アメリカでは、同じような事故で、運転中には作動しないスマホを売り出すべきだという主張で、スマホのメーカーまでうったえられているという。

 確かに可愛い我が子が「ながら運転の」の車にはねられて亡くなっては親の気持ちはおさまりません。 それはよく分かりますが、だからといって「ながら運転」の刑罰をもっと重くすべきだとは思いません。

 筆者は、そもそも人間と云う動物はいい加減な動物で、どんなに刑罰を重くしても必ず違犯する人が出て、事故は起こると思うからです。 そしてまた、その「いいかげんさ」がいいところで、詩を作ったり音楽を聴いたりして楽しんでいることができると思うからです。

 人間の存在は気体的で決して固体的ではないと思うからです。

 だから、人間社会では必ず事故は起きる。勿論、事故が無いように精一杯努力はするわけだけれど、事故は起きます。 何故なら人間がやることだから、です。交通事故を皆無にするには、 人間が運転する車を無くし、人間が造った車もなくさなければなりません。新幹線の未事故記録も単に運がよかっただけで、 地震や突風に見舞われれば、何が起きるか分かりません。 そのときはそのときで、よく原因を調査し対策を立てて再開することになるでしょう。

 原子力発電もそうだと思います。運が悪いことが重なれば大事故になるでしょう。 そのときはそのときで、また対策をたてることになるでしょう。

 最悪の場合日本人が地球上から消えるかもしれません。

 だって、太陽がそのうちに大爆発をするという説もありますからね。 そんなとき、地球上で生きていても楽しくありませんし、第一生きておられないでしょう。

 人間という動物が原子力にまで手を出し始めた時から恐ろしことが始まったと思います。

 

また、大上段に構えてシツレイシマシタ。(T)

  

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