真夜中私の部屋のドアーがスーッと開いた。主人やケアーさんの場合、必ずノックをする。間違いと思いやり過ごしていたら、また、音もなく開いた。時計を見ると午前2時半である。それから、二度も三度も開いた。
夢の中にいるのかと思ったが、念のため廊下に出てみると、キチンと洋服を着た白髪の老婦人が立ってみえる。「何階にお住まいですか?」と尋ねると「5階や6階位にいたことがあるが、昨日入ったばかりで分からない」とおっしゃる。分かるようで分からない話である。要するに自分の部屋へ帰れないのである。私の手には負えないと、ケアーさんを呼んだ。3階の部屋の方だった。
四年前にも同じことが起きたことがある。私は難病に罹り市内の割合大きな病院に入院していた。重症にもかかわらず、治療方法はくすりを飲むのみということで、4人部屋に入っていた。
或る日の夜中、大きなドスンと云う物音とその後同室の患者さんの「どうしたの?血だらけだよ・動いたらダメ。看護士さんを呼ぶから。」と云う言葉で目が覚めた。確か70歳前後の方だと思ったが、「私今どこにいるのか分からない」とわめいていた。点滴を受けている最中、出かけようとし、つまずいて転び、点滴の針が抜けてしまったようだ。看護士さんにひどく叱られていた。
主人も一度だけ寝ぼけて真夜中私の部屋へきて、「今何をしたらいいのか」と聞いたことがある。私が「寝ればいい」と答えると、やっと寝ぼけていたことに気付いたという。
人間の脳は時々不思議なことを思うらしい。(E)
前庭にて テッセン