長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

スケッチの会

2010-05-15 07:09:58 | Weblog
昨日は、スケッチの会だった。
天真庵のピアノの横には、若菜さんが
書いた天真庵の絵が飾ってある。書かれたときの
のれんは、まだ「元気の約束手形マーク」ではないけど、
道に生えている雑草やゴミまでが詳細にかかれていて、
その時の「空気」も感じられていて、いい。
ピアノの左横に飾ってある「生」は、白井晟一さん
の字だ。絵と書のコントラストが、ぼく的には、
けっこう気にいっている。
二階の床の間には、狩野探幽の寒山拾得の豊干禅師の
絵が飾ってある。店内の写真を禁止にしたけど、そのぶん、
少し隠していた書などを、少しづつ公開していきたいと思う。

昨日は、みんなが履いてある「くつ」を描いた。
普段は足とか、くつ、とかにあまり注意がいかないけど、
「くつ」というのは、実に「人格」がでるグッツである。

デジタルカメラや携帯が普及して、誰もが、毎日「いただき」
みたいに、ところかまわず、ひとや風景だの食べ物などを撮って
るのが日常になった。でも、あの風景は、かなり辟易とする。
これからは、デジタルよりもアナログのほうが、いきやすい
時代になるような気がする。
不便だけど、味わいがあったり、年を重ねて体力が落ちても、
技が磨かれたり、辺鄙な場所だけど空気がよかったり・・・
「個」を生かしながら、生き暮らしていけるような準備を
する時がきたようにも思う。

人の行く 裏に道あり 花の山

いつもと違う道を歩いたり、いつもと違う駅で降りたり、
時には携帯をわざと家に忘れたり、会社もおもしろくなければ、
サボったり、ほんとうにイヤなら違う1歩を踏み出したり・・・
いろいろな「道」がある。いきずまったら、深呼吸をして、上を
向いたら、大きな空が笑っている。

人生 いたるところに 青山あり

今日は「エリカ庵」
二階で、エリさん、リカさん、が、こりこりになった体を
もとにもどしてくれる日。
からだのコリコリがとれると、こころも、やわらかくなれる。
これからは「元気なやさしさ」を広げる人が活躍する時代。

新人の陶芸家

2010-05-14 07:14:34 | Weblog
昨日は、休みだったので、いつものように
押上から表参道に煎茶のお稽古にいった。
昨日は、「夏も近づく八十八夜」よろしく煎茶の
新茶を野点手前をした。茶筒をあけると、新茶の
すがすがしい香りがした。番茶も、円熟というか枯れた艶冶
みたいな色気があるが、やはり新緑のこの季節に飲む新茶
にはかなわない。幸せな気分になる。

煎茶のお稽古の前には、よく骨董通りや、界隈のギャラリーを
散策する。昨日は、青学近くにある炎色野(ひいろの)に顔を出した。
伊賀で作陶を始めた小島陽介くんの陶展の最終日だ。
伊賀というと信楽と似た風合いのいわゆる無釉の器で、「耳付の伊賀」
といって、花器が茶人たちに愛されてきた。記念に、新人らしい
爽やかな片口を、買ってきた。この季節の野草のあえ物なんかを盛ると
酒がすすみそうな器。

稽古が終わって帰ってきたら、お店のポストにポスティングされた
新人陶芸家?の奈良さんの案内状があった。わざわざ本人がきた形跡。
どうも、定休日をねらって?(ウソ、きっと蕎麦を食べにくるつもりだったのだろう)
きたらしい。渡辺愛子さんや、升さんたちも、よく案内状がポスティングされる。
陶芸家は、みな木曜日に蕎麦を食べたくなる?
「奈良美智 セラミック・ワークス」(5・15から6・19まで)
が、小山登美夫ギャラリーで始まる。
夜は、Spice・Cafeにいって、チキンカレーとシードルを楽しんだ。
彼らも、ギャラリーにいくかもしれないけど、小山さんちは、日曜日と
月曜日が休みだ。Spice・Cafeも、月曜日が定休。
カーサ ブルータスの5月号「器こそ、わが人生」に、奈良さんが信楽で
作っている特集があった。

信楽の渡辺愛子さんも、同じく明日から銀座の黒田陶苑で個展が始まる。
20(木)まで。

今日の夜は、「スケッチの会」
今日は、「靴」を書くらしい。楽しみだけど、
ニオイには要注意だ。



伝授の会

2010-05-13 08:19:24 | Weblog
昨日は、蕎麦打ち・伝授の会だった。
ぼうテレビ局が取材にきた。

伝授の会のひとり、すがちゃんこと、菅原さんの蕎麦打ちが、録画された。
彼は、たまたま天真庵にこられるようになったが、もともとは
大学も後輩にあたる。ゲタを履いて京都の町を闊歩するような
バンカラな大学だったけど、彼は、大手出版社の副編集長として
堅気な生活をおくっていたが、思うことあって、昨年末に野に下って、今月21日に
同じ十間橋通りにある古い「お酒屋さん」をリノベーションして、
「酒庵 酔香」というお洒落なお店をやることに、
あいなった。日本酒といえば、江戸といわず、京都でも「蕎麦」
が、つきものだ。豆腐か湯葉を、酒肴にまず一本飲る。
「手があいたら、そばがき、お願い」という。
蕎麦掻は昔から比叡山の阿舎利さんが千日苦行をやる時に、断食
の前に必ず食べるものだ。命を紡いでくれる大地の恵みに感謝しながら、
もう一本いただく。京都なら、このあたりで、にしんそばを注文したい。
よく味がしみこんだにしんをつまみに、伏見の女酒を燗にして飲む。
できたら、カウンターの中には、着物の似合う女性がいてほしい。
そうすると、にしんそばを食べる間に、2本は空になるだろう。
酔香の女将は、京都好きの笑顔がいい女性である。「ともちゃん」という。
お店の由来も京都にあるが、お店のしつらえも、どこか京都の香りがする。
そんな風情の中で、おいしい日本酒を飲みながら、ゆっくりした時間を
もちたい人には、たまらないお店になりそうだ。いよいよ「出番」だ。

昨日の夜は、わだちひろさんが、着物を着て、ピアノとウクレレを
ひきながら、独特の世界を歌いあげてもらった。後半戦は、いとうまさこ
さんが、小さなおもちゃみたいなピアノとうちにあるカイザーのピアノを
ひきながら、メルヘンティックな世界へ誘ってくれた。
彼女たちも。これからが、いろいろな場所で「出番」がまっている。

今日は定休日。
いい天気だ。木曜日は表参道にいって、煎茶のお稽古。

明日は「スケッチの会」




今日はお店は休み

2010-05-12 07:44:18 | Weblog
第二水曜日は、お店は休みです。

昨日は、朝日新聞に続き、読売新聞に「墨田ぶらり下町音楽祭」
が紹介された。問い合わせの電話が、あまたかかってきた。
愚痴ではないけど、いろいろな「人」がいる。
人の「くせ」というのは、少し距離をおいて見ているには、おもしろい
ものだが、あまり距離感がとれないところで見ると、疲れたり、感情の襞に
触れたりする。カウンター越しに、ふれあう場合は、時として格闘技みたいに
緊張したりもする。またそれも醍醐味というかおもしろいのではあるが・・

最近は、「タワー」の観光客が押上に押し寄せる。連休中は、1日最高
8000人、トータルで4万人が、押し寄せたらしい。
それぞれの「くせ」も、4万個あって、裏表がある。地下鉄の駅員さんも
コンセルジュみたいに、「このあたりでおいしい店を教えて」みたいな
質問を浴びせられて、右往左往しているようだ。
昨日はこんな電話があった。

電話「新聞見て音楽祭にいきたいのですが、そちらは、おそばやさん?」
こちら「いえ、喫茶店です」
電話「あら、そばじゃなくてほかに食べるものないの?」
こちら「音楽祭の日は、食べ物はだしません」
電話「じゃ~、どこかおいしいお店押してちょうだい」
こちら「何をしにくるのですか?」
電話「せっかく、押上にいくなら、おいしいものを食べたいじゃない」
こちら「・・・」

花より団子。音楽よりどんぶり?
悲喜こもごもな音楽祭というまつりごとの前夜祭。

今日は、「伝授の会」だ。
蕎麦と珈琲と煎茶を、伝授している。
ぼくの場合、珈琲は京都で19歳の時に修行が始まり、
30年以上毎日のように、焙煎したり、石臼で挽いたり、水出しにしたり、
ドリップしたり、ときどき家では、サイフォンで入れたりしきた。でも最近は
もっと深い井戸を掘らないといけないような境地にいる。
蕎麦は、広島の達磨にいって、高橋さんに直接指導いただいた。
それから、3年間は、約年間1000人分の蕎麦を打った。
キャンプ地や、九州のお医者さんの会とか、京都のお寺の「梅見会」
などにもでかけていって、蕎麦を打ちまくった。
そして、天真庵が押上に移り、毎日、打ちまくっているけど、最近は
もっと、上の世界に到達した人たちが遊びにきたりするようになって、
こちらも、もっともっと上があるな、と痛感している。
お茶にいたっては、織田流煎茶道の「教授資格」をありがたく
頂戴したものの、宇宙みたいに広大無辺な世界を目の当たりにして
立ちすくんでいるようなものだ。

でも、それぞれ、こんなに毎日ふれあっていても、「日々に新たなり」
の発見があるくらい、深くて宇宙を探検しているようなウキウキ、ワクワク
するものだから、そんな「入り口」近辺のコンシェルジュも、悪くないと、
「伝授の会」を始めた。夜は、その蕎麦を出す「出番」として、新人のアーティスト
たちがやってくるようになった。
人にそれぞれ「くせ」があり、アーティストもそれぞれ「くせ」が
あるけど、その「くせの組合せ」もまた芸術だと思う。「人が生きる」
というのは、アートそのもので、楽し。







寒山拾得

2010-05-11 07:35:21 | Weblog
先日、ひさしぶりに、「四国の南條です」
から始まる電話があった。南條観山先生だ。
天真庵の2階には、先生とNYにいって個展を
やった時に書いた「寒山拾得」(かんざんじゅっとく)の絵
が飾ってある。寒山と拾得という、ふたりの人物の禅的な会話や
世界を描いたもので、禅林や画家たちが、よく好んで描いた世界だ。
大塚「江戸一」をこよなく愛したある先生は、「寒山が文殊菩薩、拾得が
普賢菩薩の生まれ変わりで、そんなことを知らない日本人は日本人じゃない」
と生前語っておられた人もいる。

昨日の昼、若い女性がカウンターに座った。蕎麦を食べ、ほぼブラジルを
飲み干したころ、「なんか京都みたい」と、京都弁ぽくいった。
聞くと、京都からきたらしい。若い人がいく最新の京都の情報を
あまたきくことができた。しばらくして、二階にあがられ、下りてきたら、
「二階に寒山拾得が飾ってあるんやね」と、またまた京都弁でいった。
おもわず「そやねん」と、いって、南條さんの話、京都時代の話などをした。

ら、彼女が一枚のCDをカバンから空けた。そして、「これかけて、いいですか?」
と京都弁できいたので、「ええで」と答えて、さっそく聴いてみた。
歌詞カードは、奈良さんや村上隆さんの世界みたいな、不思議なアニメがのって
いる。「ボーカロイド」というヤマハが開発して大ヒットしたソフト(メロディーと
歌詞を入力することで、人の声を歌っているように合成できる)をつかって、アニメ
のキャラクターの声と、作曲者の作曲した声がCDから流れてくる。

先月の「伝授の会」で、天真庵デビューしたMOGMOSくんと、いろいろ
そのへんの話をしたので、ある程度は、そんな世界があることは知っていたが、
こんなに洗練された音楽になっているのにびっくりした。思わず、
「この音楽も京都っぽいな」と、京都女子にいったら、「この人、
じゅっとくの創始者の長男なんです」と京都弁でいった。
「そうなんや」と、思わず納得。「じゅっとく」、京都には、「拾得」
という伝説的なライブハウスがある。ぼくが学生の時もあったけど、
今も伝説が続いているようだ。なんだかうれしくなった。

明日は、「伝授の会」
これからの「蕎麦打ち」さんが蕎麦を打ち、お客さんに供す。
そして「これから」の新人のアーティストさんが、元気な蕎麦
に負けないくらい元気な音楽を表現する日だ。
こんなに楽しい企画は、めったにない。
「出番」と「出番」がコラボレーションする日。
「宅録の音楽」も「オタク」も流行りだが、ときどきは
家の外で、蕎麦を「生」で喰ったり、音楽を「生」で聴いたり、
人と「生」で話したりすることが、やはり大切ではなかろうか?
明日の「下町ひざよせライブ」は、19時から。2000円(蕎麦・珈琲・チャージ含)

22日は、nobieと太宰百合さんが天真庵デビュー19時オープン。(4000円・蕎麦会含む)
23日は「墨田ぶらり下町音楽祭」・・チケットも残り少なし、恋せよ乙女状態。

6月4日は、富川勝智さんのギターライブ。これもまた楽しみだ。

今日は「英語で蕎麦会」 いろいろな蕎麦や蕎麦会があって楽し。感謝。

7月は「ベートーヴェンの夕べ」を企画中。


さくらが元気になってきた。

2010-05-10 07:40:31 | Weblog
桜は終わってしまったけど、「さくら」が元気だ。
江戸川区に住んでいる「青年」が、品種改良して
新しいあやめをつくった。名前を、大好きな「寅さん」の
ヒロインから銘々した。
江戸時代というのは、盆栽やお茶などが庶民にも普及したり、
品種改良などが盛んだった時代らしい。
「緑」の重要性がわかる時代は、人生をまじめに構築できた時代
だと、つくづく思う。

昨日はSPICE CAFEの、おかあちゃんが、いろいろな植物を
積んでもってきてもらった。ので、それを、渡辺愛子さんの「うずくまる」
に投げ入れて、楽しんだ。SPICE CAFEは、カレーが絶品であるけど、
周りやお店に飾られた「花」が素敵だ。家族やスタッフがみんなで、花を愛でる
姿勢がいい。うちの庭にも、いただいた「雪の下」なんかが元気に、育ってきた。
いいお店は「器」(お店の空間や、置いてある花器や食器の器、スタッフの器(笑顔など)
も、いい。

今日の夕方は、「墨田ぶらり下町音楽祭」の最終打ち合わせ。
明日は、「英語で蕎麦会」
ドイツ、韓国、スイス、フィンランド人たちがよくくるようになった。
明日は、ガーナ人がくるらしい。関係ないけど、ぼくは「ガーナチョコ」
が大好きだ。
明後日は「伝授の会」 蕎麦・珈琲・煎茶を伝授する日。
夜は「下町ひざよせライブ」。新人の蕎麦、新人アーティストのコラボ。

日曜日

2010-05-09 08:04:18 | Weblog
今日も元気にはりきって
、5時から蕎麦を打った。
その後、長い散歩をして、ゆっくり朝ごはんを食べ、
少しほかの原稿を書いていたら、知らない間に8時が過ぎ
これから、あわてて仕度をして、お店に向かうところ・・・

今日もいい1日でありますように・・

「元気の約束手形シール」も、不思議な広がりを
みせてきた。「ホンモノ」が、優美に静かにひろがっていく・・そんなイメージ。

なんやかんや

2010-05-08 07:19:34 | Weblog
連休は明けたけど、昨日は朝日新聞の
朝刊に「墨田ぶらり下町音楽祭」の記事がでて、
電話などの応対が多くなった。
昨日は、FM(J WAVE)の収録もあったりして、
音楽祭も盛り上がってきた。月曜日は、ボランティアスタッフ
を含め、最終の打ち合わせ。手づくりの「音楽祭」が
また本番を迎える。

昨日、焙煎をしていたら、久しぶりにカレーのスパイシーな
香りが漂ってきた。連休があけ、SPICE CAFEも
また今日から始まる。昨日はスタッフ一同で、蕎麦を食べに
きてくれた。石臼珈琲の談義に熱中していると、値段をまちがえて
多くとってしまった。さながら「逆時そば」、いや「ぼったくり喫茶?」

連休中は、いろいろなお客さまが、いろいろなところからきた。
一組、東北からきたおばあちゃんふたりが印象的だった。
タワーを見たあとに、界隈を散歩していて、古色蒼然とした
建物にひかれ入ってきたらしい。築65年の歴史より、もっと先輩の
ふたりが、メニューも見ず、「番茶とか、ところてん、とかあるか?」
と、東北訛りで聞かれた。「煎茶か玉露ならありますよ」
と答えると、「玉露は贅沢だから、煎茶をもらいます」とのこと。
久保さんの焼締めの宝瓶(ほうひん)に、煎茶を入れ、斑唐津の
煎茶椀にいれて、出したら、おいしそうに飲まれた。
「喫茶去」・・・旅先で一服、仕事の途中で一服・・・いいもんだ。

朝のスタートに、「おいしいお茶」とか「おいしい珈琲」を
ゆっくり飲める、というのも、なにものにもかえがたい「ゆたかさ」
がある。








墨田ぶらり下町音楽祭

2010-05-07 07:18:06 | Weblog
今日の朝日新聞の朝刊に、「墨田ぶらり下町音楽祭」
のことが大きく紹介されていた。
いよいよ今月の23日に、開催される。
地元のケーブルテレビやFMラジオでも紹介される予定
なので、今日あたりから、ますます盛り上がってくる。
昨年も、朝日新聞にのってから、チケットが飛ぶように
売れ、すぐに完売になった。今年は2年目なので、昨日
までに、半分以上が売れているので、お早めに注文されることを
お願いしたい。

前夜祭ではないけど、22日は、Nobie、と太宰小百合さんが
ライブをやってくれる。こちらも楽しみだ。

12日の「下町ひざよせライブ」は、残り少なくなってきた。

その記事の下に、ゴールデンウィーク中にスカイツリーを
見にきた人が、予想の2倍近い3万人だそうだ。
車でくる人が多いので、渋滞や狭い路地での接触事故
などが多かったとのこと。この界隈は、ぶらりと足で
歩くほうが、百倍おもしろい、と思う。ただし、歩いて
まわる人の、タバコのポイ捨ても増えているらしい。
旅の恥は掻き捨て状態というか、天につばをはく、というか、
そんな輩が多くなってきた。
礼儀礼節とまでいわないけど、自分でしたクソの後始末くらいは
自分で責任をとるくらいの常識はもっていてほしいと、つくづく思う。





今日からまた日常

2010-05-06 08:13:05 | Weblog
朝ジョッギングをしていたら、サラリーマン
さんたちが、またスーツ着て、とぼとぼと通勤していく姿が
見えた。今日から、また日常にもどる。
ひさしぶりに、ランドセルを背負ったかいらしい子たちが、
カルガモみたいに、元気に界隈を闊歩して通学していた。

今日は、定休日。珈琲の豆が「米びつの底」状態なので
これから、焙煎をしようと思う。昨日は日中の温度が30度近くになったので、
アイスコーヒーや、阿保守(アホガード)が、よくでた。
アホガードは、石臼で豆を挽いて、碩水泉というクラスターの小さな自然水で
5時間以上かけて抽出する。あまり焙煎仕立ての豆だと、乾燥しすぎていて、
石臼でゆっくりひいても、荒挽きになってしまう。そのへんの「塩梅」が、
だいぶつかめてきた。

蕎麦も珈琲も、「石臼」というのは、味をきめる大きなファクターだ。
そして「水」もとても大切。
この連休に、朝から晩まで、蕎麦と珈琲の三昧を体感して、わかったことは、
「力を抜く」ということの大切さ。昨日仕事が終わったあとで、「エリカ庵」
で、体を整えてもらっている最中にも、それを再確認できた。

昨日は、大分の竹細工をやっている事務局の方がきて、打ち合わせも終わった。
いよいよ「竹細工の教室」も7月からスタートする。
清らかな風がふいて、竹の葉がさやさやと音がするみたいに、爽やかな気分になった。

竹といえば、昔から大酒飲みのことを「オオトラ」というの語源みたいなものだ。
徳利をもって「ささ、もういっぱい」と酒をすすめるので、笹、笹といえば昔から竹薮とトラが絵などの構図につかわれ、そんなことから「おおとら」といわれるようになった
らしい。昔はお酒を飲ませる名店には、よく、笹、の字が使われた。
池袋時代には、大塚の「江戸一」か池袋の「笹周」でよく飲んだ。

今月の21日には、押上に「酒庵 酔香」という未来の名店がオープンする。
そして、今日から、「こねる」もスタートする。
どんなお店も、今は、「竹」よりも、「松」のほうがより大事なときだ。
「時を待つ」「ひとを待つ」「出番を待つ」・・・昔、お座敷小唄に
♪あなた待つのも、「松」のうち
という節があったが、どんな時代も「松」(待つ)というは、キーワード
みたいだ。

「待つのよ」というのと「末の世」というのは、大きな違いだ。