長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

水餃子がうまかった

2012-02-18 08:13:04 | Weblog
昨日の「ダメ中」は、雪が降る中、みんなで「すいぎょうざ」を作りながら
やった。まいこ先生以外は、はじめての挑戦。
もちろん、皮作りから始める。強力粉に水を入れて、こねる。
「こねる」といえば、こねるのまいかさん(まいこさんと、まいこさんは
ちがう人)が、夕方に「マイぐいのみいれ」と「マイ箸いれ」を作って
もってきてくれた。あまりにできがいいので、辰砂のぐいのみと、原始的ぶつぶつ交換。
20日のタイムドメインの日には、辰砂をもって遊びにくるかも・・・
こんどの粘土の会から、「マイぐいのみ」と「マイ箸」が標準になるかも。

水餃子のポイントは、あん(具)をうまく包み、すばやくゆでる、につきる。
土をこねるのも、粉をこねるのも、「菊練り」と同じコツを使う。
「粉の花」は、共通点が多い。そして、「おいしいものを食べる」
よりも「おいしく食べる」ほうが、だんぜんうまい。
おいしく食べるのは、気のおけない仲間たちと、ワイワイいいながら、
できたら共に協力しながら、食べる。日本の「お茶」の文化の中では、
そういった「簡素なホンモノ」のコツみたいなものが、水餃子のあん
みたいに、たくさんつまっている。

来月の「ねんどの会」は、地粉をこねて、「おやき」でもつくる会にしてもらおうかしらん?
お好み焼きでもいいけど。「おやき」は文庫くんのふるさとなんで、押上文庫でやってもらおうか・・

「英語でそば会」の岩本先生には、池袋時代に「もちつき」を伝授していて、彼は時々、「長屋でもちつき」
を開催している。
無芸大食ならぬ有芸中庸食で多士済々な面々がまわりにたくさんいて、楽しい。

そして今日は、十間橋通りに「ハウス」というギャラリーができる。
今日は18時からオープニングパーティー。
精神的文化力を持った人たちが、工夫しながら協力しながら、何か「美しいもの」を
作っていく。素敵なことだ。なんかウキウキする土曜日。

今日の夕方は「味噌つくり」
明後日は「エリカ庵」
月一になったので、待ち遠しい!リカさんが「大分病」
になっているに違いない。

月曜日は「卵かけごはん」  夜はタイムドメイン。マイぐいのみで、いい音楽を聴く日。
火曜日が「書」

そして22日が「無茶しぃの会」  おかげさまで16時  19時とも満席。
24日(金)が「TQの会」(元気の約束手形シールの謎解き会)
25日(土)が花のお稽古。夜が「二階で落語かい」
26日が竹。
27日が「順受の会」

3月14日(水)に、やまねさんがヨーロッパで活躍するピアニスト伊藤野笛さんと
演奏会をやることになった。春を先取りするような音楽会。5000円(そば会つき)

サライにのったよ。

2012-02-17 08:24:18 | Weblog
今書店で「サライ」を買うと、もれなく天真庵が紹介されている。
雑誌や書籍が販売不振らしいので、立ち読みではなく、買ってほしい!
普段の「ざるそば」は、久保忠廣さんの絵志野の四方皿にもって出す。
「おかわりそば」は、絵のない志野の四方皿に盛って出す。
きりっと冷たい水で洗ったそばを、凛とした志野に載せる瞬間の
すがすがしさは、「そば道」をやった人間にしかわからない、いいもんだ。
それをお客さんに出した後で、「そばを食べるワタシ~ ボリボリ」
よろしく写真をとったりされるのは、ゴメンなので、撮影は禁止させてもらっている。

昨日は、焙煎をした後、「マイぐいのみ」を持って押上猫庫にいく。
ぼくの夢は、自分のお店にくるお客で、酒を飲む人は「マイぐいのみ」を
もってくること。
タイムドメインの日にやってくる人たちは、池袋時代からの気のおけない仲間だし、
そんな頑固な主人の夢を知っていてくれるので、「マイぐいのみ」を懐に忍ばせて
やってくる人が多い。ウソだと思ったら、20日(月)が「タイムドメイン」の日なので、
聞きたい音楽のCDと、飲みたい酒や食べたい酒肴を持参してほしい。おっと、「マイぐいのみ」
を持参しないと、仲間に入れません。

押上文庫の昼間の「水・木・土・日」の昼間は、押上猫庫(おしあげにゃんこ)で、
カフェをかわいらしい店主がやっている。お気にいりは、「酒粕ココア」。これを
頼むと、ホッカホッカの酒粕ココアが、同じく久保忠廣さんの「絵志野の筒向こう」で供される。
これを飲むと、こころも体も芯からあたたまる。つぎに熱燗を所望したら、備前の徳利で
でてきた。そうろうと、「マイぐいのみ」を、お仕覆からだし、飲む。まさに至福の瞬間。
こんな優雅な休日を過ごせる店が近所にできて幸せだ。といっても、休日は田舎にいって
この街にいることは稀有ではあるけど・・

今日は「ダメから始める中国語」
ぎょうざの皮まで、自分たちでつくりながら、中国語の勉強をするらしい。
「中国語でぎょうざの会」

明日は「味噌つくり」
明後日は「エリカ庵」
月一になったので、待ち遠しい!

月曜日は「卵かけごはん」  夜はタイムドメイン。マイぐいのみで、いい音楽を聴く日。
火曜日が「書」

そして22日が「無茶しぃの会」  おかげさまで16時  19時とも満席。
24日(金)が「TQの会」(元気の約束手形シールの謎解き会)
25日(土)が花のお稽古。夜が「二階で落語かい」
26日が竹。
27日が「順受の会」

いしおか 雛巡り

2012-02-16 08:25:59 | Weblog
茨城県は、ひな祭りが盛んだ。たぶん日本一ではなかろうか?
天真庵で使っている石臼の里も、真壁という石で有名なところだが、
真壁もこの時期は、「ひな祭り」をやっている。昨年の震災で、報道は
少なかったけど、地震の揺れ、という点では、茨城が一番被害が大きかった。

でも、町おこしのために、「自分たちが
楽しめて、訪れる人も楽しくする」ような人たちが元気な町は元気だ。
常陸国府館という常設展示場にいって、駐車場を聴いたら、スタッフの女性が
親切に教えてくれた。そこには、福岡から寄贈された昭和4年のおひなさまが
飾ってあった。なんだかわからないけど、ロマンを感じて熱くなった。

つぎに「町かど情報センター」にいく。竜にのった平清盛のおひなさま?
石岡は、かつては常陸の国の中心で、しかも平家の発症の地でもある。
町の中の神社やお寺、蔵や古い家のたたずまいを観ていても文化の香りが
する。こんな町を、栄えた古い時代の波動にあわせて、歩いていると、幸せ
な気持ちになる。そこでは、お茶をごちそうになった。一煎いただいて、
「ごちそうさま」といい、席をたとうとしたら、「もう一煎いかがですか?」
と、ご婦人が聞く。酒蔵に寄る予定があるので、「じゅうぶんいただいたので、ご自煎ください」
といったのに、二煎目がでてきた。「このあたりでは、一煎は、仏のお茶といい、二煎目も 
いただくのがならわしなんですよ」といわれた。京都のお茶づけと反対で、なんだかうれしくなって
二煎目もいただく。付け加えると、精神的な文化度が高い町には、「茶の文化」がしっかり根付いていて、
いいお菓子屋や、喫茶店などが必ずある。

とても温かい気持ちになって、てくてくと「府中誉」にいって、「渡舟」を買い、またてくてくと一升瓶を
かかえて、古い蔵を改装した喫茶店にいって、能面を鑑賞しながら、サイフォン珈琲を飲む。
月に一度か二度は、石岡や八郷にいって、そばを食べたり、野菜料理を堪能したり、酒を飲んだりしているけど、
「飽きない」どころか、ますます好きになっていく。

明日は「ダメ中」
なんやら、明日はまいこ先生が「すいぎょうざ」をつくってくれ、それを
教材?にするらしい。なんやら楽しみだ。
19日(日)は「エリカ庵」
どうやらリカさんが、竹にはまって、大分の別府に活動の場を移すことに
なりそうだ。今年は、みんなそれぞれ、新しいことに挑戦していく年に
なりそうだ。辰年に旅立つ。旅はいい。みん
な生きている間は、「旅の途中」。

英語でそば会

2012-02-14 08:33:47 | Weblog
昨日は、易の勉強会だった。
世の中が混沌としていて、政治も経済も自然も、乱世を彷彿させるようなことばかり。
「易」をやらなくても、そんな大変な時代のうねりの中で生きていることを痛感するばかり。
昨日の会も、元気な女子たちが、元気にやってきた。

先日はホイットニーが急死した。人はそんな時に「無常」
という言葉を発するけど、どんな時代でも「無常でなかった時代」
などない。川の水が流れるごとく、いつもさらさらと時はうつ
ろい、人は確実に死に向かって流れていくものだ。

今日は「英語でそば会」
岩本先生が元気にやってくる日。彼が池袋で英語をやって
くれた時には、岡倉天心の「茶の本」を題材にしていた。
そして、昨年の3月に流されてし
まったけど、岡倉天心が晩年をすごした六角堂にもみなで旅したことがある。
英語も茶も、日常茶飯の中に組み込まれるといいもんだ。

さばさんどを食べる

2012-02-13 07:33:38 | Weblog
今月は近くのspicecafeのシェフたちがインドにカレーの修行にいっている。
ので、残ったスタッフと昔のスタッフがタッグを組んで週末に「スタッフ カフェ
」をやっている。2006年の秋にこの街を始めてきた日、長屋の町をブラブラしながら
spice cafeへたどりついた。スタッフがイキイキ仕事をしていて、とりわけ、まりちゃんの
笑顔が素敵で、近くに天真庵を結ぶ気になった大きな力になった。
そのまりちゃんのつくる「さばさんど」を昨日食べた。さばの味噌煮か、しめさばくらいしか
左党には浮かばないけど、これがどうしてなかなかうまい。ピクニックでもいったような気分で
すぐに胃袋におさまってしまった。

今日は、これから「卵かけごはん」
あの、有名なクラニネット奏者がきっと、開店そうそうにくる気配。

なんの根拠もないらしいけど?朝
はやく出勤する社長の会社は長く続くらしい。音楽家や芸術家も朝はやいひとは一流かも。
昔「会社の寿命が
30年」とか言われていたけど、平成以後にできた会社の平均寿命は「4年
」とかいう説がある。今年はどんどん倒産するので、「3年」くらいに
なるかも。


夜は「易の勉強会」  大型新人がくる。
明日は「英語でそば会」この会の初代先生ビル・スメールが来日中。
きっときんきん、遊びにくるに違いない。
彼のおじさんギャグ「ハーイ、ぼく、ビル・スメール。ビールとスルメで英会話しえんよう」
で、始まった会。いいかげんな始まりだったけど、岩本さんに受け継がれ、10年以上続いている。

竹細工の日

2012-02-12 08:27:03 | Weblog
今日は竹細工。
いつもより早く起きて、5時過ぎからばんばんそばを打つ。
今朝は、お店においてあるホホバオイルが凍ってなかった。10度は
ある、ということ。昨日おそくまで、小さなお茶会をやったので、そのぬくもりが
残っていたのかも。
今月から、「無茶しぃの会」が始まる。ぼくは、織田流煎茶道をながくやってきて、
教える資格がある。でもお店のほうが忙しいし、かっぽれとか、ほかのこともやっているので、
煎茶のほうは、「日常のお茶を自ら楽しむ(自楽)」みたいなことを、楽しくお茶をしながら
伝えていけたら、と思っている。お店を始めるときに、「マイ箸とかマイぐいのみをもってきて
楽しむお店」というのを目標にしていた。まだまだだけど、旅する時も、お気にいりの急須や茶碗を
もっていく、そんな人が増えれば、意義ある会になるだろう。畳の文化が衰退し、和の伝統的な
「茶道」や「華道」も存亡の危機になる。日本そのものも存亡の危機だけど。
国が滅ぼうが、大恐慌や大震災がこようが、そこで生き残ったら、生活をしていくことになるわけだが、
どんな状況にあっても、こころのおきどころをしっかりと決けられれば、そこは「天守閣」であり、
「青山」であり、「天国」だと思う。

白昼青山に遊ぶ。天真庵の二階に飾ってある南條先生の寒山拾得の画に書いてある世界を
茶を通じて、感じあえれば、こんなに幸せなことはない。

明日の朝は「卵かけごはん」夜は「易の勉強会」
明後日の夜は「英語でそば会」

奇人と貴人

2012-02-11 08:20:48 | Weblog
煎茶道、別名、文人茶をやってきた人は、奇人が多い。
華道も最初は、神に手向ける、という自然な信仰心みたいなところから発した。
煎茶も、「貴人手前」という少しかしこまった手前がある。奇人も不帰の客に
なるとみな貴人になる。そんな奇人の先輩を敬しながら、今の奇人たちがお茶をいれる。
昨日は、織田流煎茶道の先輩が「庭に椿が咲いたので」という五種類くらいの
椿をもってきたもらった。大好きな「侘び介」が一本入っていたので、久保さんの
細い首の黄瀬戸の花器に投げ入れたら、春うぐいすが啼くような気分になった。

掛け軸は、「古松は般若の談ず」
自然は神様、生きている姿そのものが神だ、みたいな意味かな。
今日は、建国記念日。
国そのものが、存亡の危機にあるけど、ひとりひとりが、飄々と
松のように、超然とした境地になるまで「待つ」。そんな出番が
そろそろくるので、じっくりと待ちなさい、と談じているようでもある。
たぶん、奇人の先輩たちは、そんな世界に遊んでいたのではなかろうかしらん。

茶せーへんか?

2012-02-10 08:24:39 | Weblog
今月から突然「無茶しぃの煎茶会」をやることになった。
江戸時代に京都で、花咲き、維新から明治の初めころは、文人たちに
盛んにおこなわれていた「煎茶」が、軍国主義の勃興とともに消えた歴史がある。
黒船がやってきたとき、アメリカ人が驚いたのは、下町の子供たちが普段から
着物をきて、縁側でティーセレモニー、つまりままごとで、お茶をいれたりする
「精神的文化力」のある日本人だったらしい。戦争に負けて、
日本人もコーラを
飲んだり、ペットボトルのお茶が日常茶飯になった。そこに大切なものを置き忘れ
いる感じがする。

昨日は表参道で、織田流煎茶道の家元と、煎茶を飲みながら、「無茶・・」の話をした。
これまでの煎茶道の道からは、少しはずれたり、回り道をしそうだけど、がんばってくださいとの。
織田流の煎茶道の精神に「相手に窮屈な思いをさせないこと」とある。とても大事なことだと思う。

今日は「味噌つくりの会 ぱーと3」
芸術家や、お店のオーナーたちがきて、楽しい会になってきた。
「安全な食」「手作りのおもてなし」をするためには、味噌つくりは
とてもいいことだと思う。味噌をつくる工程の中に、「哲」があり
学ぶこと多し。

粒々皆辛苦の幸せ

2012-02-08 08:07:04 | Weblog
ふつか続けて、「味噌つくり教室」をやった。
豆腐やさんと同じように前の日の夜にずんどうに大豆をいれ、
水に浸して、一日寝かす。それを次の日に、石油ストーブの上で
長風呂のようにことことさせる。なんともいえない、慈しみ深い香りにつつまれる。
ものの本によると、そばが大陸から対馬を経由して、北九州に入り、
しばらくは、そばがきにして食べていた。
それを、最初に「そばぎり」にしたのは、お寺だった、という説がある。

汁をどうしたか?大豆の煮汁に醤油をいれ、下ろし大根なんかを入れて食べたらしい。

金曜日に、神主の資格を持つ友達が夜遊びにくるので、大豆とかえしで出汁をつくって
食べてもらおうか?などと思っている。金曜日も味噌つくり。
そば粉も、珈琲の豆も、大豆も・・・皆、一粒一粒に、いろいろ 
な「手」がかかっているし、ひとつぶひとつぶの「命」が宿っている。
粒々皆辛苦、「♪若いという字は、苦しい字に似てるわ・・・」という歌があったけど、
辛苦というのは、若くて、生きているときこそ、味わうもので、味わいかたによっては、
なんともいい味になるものだ。

今どきの「精進料理」は、なんとなく高級で高嶺の花、みたいなところがあるけど、
今後戦争がはじまったりしたら、石油とか
物価が急騰しそうやし、そうなったら、
ほんとうに、みんなで精進料理をつくり低エネルギーの生活にせんとあかんわね。
「味噌つくり」とか「漬物つくり」とか「梅干し」とか「らっきょ」とかは、
自家製にするといい。昔どこの家でもそうしたように。それに、そば、うどんが打てたら
「天下無敵」かも。

売茶翁

2012-02-07 08:01:19 | Weblog
「ばいさおう」という。佐賀に住み黄檗山の禅僧だったのだが、58歳の時に野に下って上洛し、
茶を売りながら、禅や茶の風合いを伝授していった。伊藤若冲、池大雅、頼山陽など、
文人たちとの交流を通じて煎茶が広まっていった。
別名「文人茶」とか「批判茶」とかいわれる所以。
抹茶に比べて、座敷とか庭とか道具にこだわらず、いつどこでもかまわないという
融通無碍で、自由。そのぶん、各人の「自楽」というか、自分を磨くため、というところに
重点がおかれているようにも思う。勝手気ままではなく、そこに共通する「精神的文化力」
みたいなものが、とても重要。抹茶のマネをしていたのでは、のみこまれる。

昨日は「味噌つくり」の一日目。元気な女子が味噌つくりをやっている時に、「煎茶道」
の古い文献を読んでいると、そんな宿題みたいなことが書いてあった。店をオープンする前に
読んだときは、そこの一文が焼きつかなかった。華道評論で日大の教授でもあったYさんの評論。
Yさんの娘さんが、天真庵の常連になることなど、そのころは、つゆとも思わなかった。
人と人の縁とは、ほんとうに不思議なものだ。
「無茶しぃの会」、いよいよ静かにスタートする。22日(水)が事始め。

今日は午前中に雑誌の取材。ご老人たちが、生きがいをもって過ごすことを応援する雑誌。
午後は、お仕覆の会。大事な煎茶道具やお花の道具を、包み込む袋をつくる教室。
お茶、お花と同じく、二階の和室で坐ってやる。「坐る」というところに、日本の文化の「道」
につながる大事なものがある。「無茶しぃの会」も、道具や服装や作法は、不問。でも「坐って飲む」
を基本にしたい。