「今から補習」生徒動揺 必修科目未履修 受験優先のツケ 教員「同様の学校多い」(西日本新聞) - goo ニュース
いわば学校の脱線、暴走であり、
受験戦争やゆとり教育のせいにしてはいけない。
高校教育の基本は、高校で学ぶべきことを学ぶことであり、受験対策ではない。
先生が有名大学への入学競争に煽られ数字に踊らされ生徒もそれに乗っかった。
一部生徒の「受験に関係ない科目は必修からはずせばよい。」はその典型。
言語道断、嘆かわしいとしか言いようがない。
これがエスカレートすると、科目だけでなく
受験はペーパーテストだから、物理や化学の実験は不要とか、
英語も聞ければ良い(ヒアリングテストはある)話す必要なし、
となってしまう。
それでいいのか。
そういう考えの生徒を作った学校が悪い。
「生徒のために良かれと思って」
「目標達成のため」
などは履き違えもいいとこ。
何をか言わんやですな。
大体、偏差値で入る大学を選ぶこと自体が間違っている。
とはいえ、
確かに大学によって教育のレベルに差があることは事実だと思う。
どこの大学でもまったく同じというわけにはいかない。
なるべくレベルの高い大学へ入って、充実した学習がしたい、
いいねぇ。
設備や教師の質、学生に対する支援、指導。
良いところに人気が集まるのも無理からぬ。
だからといって、
やるべきことをやらなくても(やったことにして)いいなんて、
ずるしてもいいって教育しているようなもんでしょ。
さらに、その先、卒業後のことを考えてみると、
学歴偏重の近隣の国じゃあるまいし、有名大学へ入ったって、
話しの種にはなるけれど、将来を約束してくれるわけではない。
有名大学へ入っていれば、会社へ入っても、
さすが「何とか大」卒だね、といわれることもあるだろうし、
「何とか大」は違うね、なんていわれるかもしれない。
でも、自分から、私は「何とか大学」卒業ですから、
なんて言ってたら、バカにされるのがオチです。
親の七光りじゃあるまいし、
いつまでも大学のご威光で評価されるなんて、
むなしいと思いませんか。
いわば学校の脱線、暴走であり、
受験戦争やゆとり教育のせいにしてはいけない。
高校教育の基本は、高校で学ぶべきことを学ぶことであり、受験対策ではない。
先生が有名大学への入学競争に煽られ数字に踊らされ生徒もそれに乗っかった。
一部生徒の「受験に関係ない科目は必修からはずせばよい。」はその典型。
言語道断、嘆かわしいとしか言いようがない。
これがエスカレートすると、科目だけでなく
受験はペーパーテストだから、物理や化学の実験は不要とか、
英語も聞ければ良い(ヒアリングテストはある)話す必要なし、
となってしまう。
それでいいのか。
そういう考えの生徒を作った学校が悪い。
「生徒のために良かれと思って」
「目標達成のため」
などは履き違えもいいとこ。
何をか言わんやですな。
大体、偏差値で入る大学を選ぶこと自体が間違っている。
とはいえ、
確かに大学によって教育のレベルに差があることは事実だと思う。
どこの大学でもまったく同じというわけにはいかない。
なるべくレベルの高い大学へ入って、充実した学習がしたい、
いいねぇ。
設備や教師の質、学生に対する支援、指導。
良いところに人気が集まるのも無理からぬ。
だからといって、
やるべきことをやらなくても(やったことにして)いいなんて、
ずるしてもいいって教育しているようなもんでしょ。
さらに、その先、卒業後のことを考えてみると、
学歴偏重の近隣の国じゃあるまいし、有名大学へ入ったって、
話しの種にはなるけれど、将来を約束してくれるわけではない。
有名大学へ入っていれば、会社へ入っても、
さすが「何とか大」卒だね、といわれることもあるだろうし、
「何とか大」は違うね、なんていわれるかもしれない。
でも、自分から、私は「何とか大学」卒業ですから、
なんて言ってたら、バカにされるのがオチです。
親の七光りじゃあるまいし、
いつまでも大学のご威光で評価されるなんて、
むなしいと思いませんか。
先日は拙ブログにコメントを頂き、ありがとうございました。公教育や教職員の事件などを見ていると、今回の事件を見ても驚きもしなくなります。それだけ荒廃しているということでしょう。このままでは子供たちが、そして日本が危ないという状況になっているように思えて仕方ありません。
今後とも宜しくお願い致します。