春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

白百合を手に、武尊山の麓、阿波姫の吉祥寺。(3-1)

2019-12-15 21:48:33 | 関口文治郎/神社仏閣



 



流謫のあなたとは云え、あなたのやさしさに、
心惹かれ、顔見ぬ命を持つ私に、
命令となれば従わざるを得ないのは判っていても、
古庄郷の他家に、嫁げとは余りに心ない仕打ち。
 
煌々と冴えわたる月夜の庭。
嫁ぐ前夜、最後の別れの挨拶に訪れ、
「私の子と分れば、その子の命はない、
お前の親御にも非が及ぶこともあろう、
わしはつらい!阿波姫!
この世からお前がいなくなることがつらい。
生き伸びて、会えると思えば、何年この島に暮らそうとも、
辛抱できる。生きていてくれまいか!」

頼朝の真意を理解し、
阿波姫の顔から悲しみと恨みが消えた夜。

源頼朝は伊豆の蛭が島に流され、
近侍者の娘の、

高く盛り上がった細い目は潤んで、
川のさざ波を思わせる美しさに、
 こころを奪われた利根局を、
頼朝は「阿波姫」と呼び親しんで親しんでいた。

 
榛名山から遠くかすむ武尊山、
1192年鎌倉幕府を開き、日本の顔になった、頼朝、

日本武尊が碓氷峠に登り、東国を眺めたと聞いて、
翌年、武尊山の麓にと馬に鞭をあてる。
夕闇の武尊山の麓、群生している白いユリの芳香に、
一輪の百合を持つ女。
阿波姫。

二人を遠ざけた、20年の歳月を風がさらい、
阿波姫の頬に、光る伊豆の蛭が島で見せた「月の雫」が、
溢れた。

『源氏復活のために、旗印の白に、願いが届きますようにと、
百合を植えました、
もうこんなに増えてしまいました』

頼朝の妻、北条政子の二番目の子、乙姫の乳母に、
中原親能の妻が呼ばれた。
阿波姫の子、大友能直を養子にした方。
頼朝は、乙姫の乳母から、
わが子の様子を秘かに聞いていた。

大友能直から八代目の、
大友氏時。
武尊山の麓、群馬県川場村に1338年、吉祥寺を創健する。

花の吉祥寺。
訪れては、と、山の師匠の好意を受け、
訪ねて良かった、心、改まった12月8日。
枯葉が雪だまりを覆っていた日でした。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 


 
 
 

 




 


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