6月28日朝、土砂降りの雨が諏訪湖に着いて・・、
晴れでした。
立川流という寺社建築の技法を世に見せた、
諏訪神社の大社を、見せて頂きました。
晴れでした。
立川流という寺社建築の技法を世に見せた、
諏訪神社の大社を、見せて頂きました。
ここは7年に一度の御柱祭りがテレビをにぎわせ、
♫ モミの大木、神となり
諏訪は千年 祭りは叫ぶ
ここは木落し 日本一
諏訪は千年 祭りは叫ぶ
ここは木落し 日本一
ここで乗らなきゃ、男がすたる
走る御柱 祈りをこめりゃ
諏訪は祭りの 諏訪は祭りの 風が吹く ♬
山崎ふみえさん・作詞
と歌われるところ。
山崎ふみえさん・作詞
と歌われるところ。
👇 青銅の狛犬の大きさでは、大きく、珍しい。
👇 夫婦鶴の足下に亀・・・。
👇 諏訪神社は押し合いへし合いの神様、
千人持ち上げる石を、
一人で持ったという古事記に登場する神様、
千人持ち上げる石を、
一人で持ったという古事記に登場する神様、
建御名方神(たけみなかたのかみ)と
妃の八坂刀売神を祀っている神社で、
相撲取り、柏戸、佐田の山、富士錦さん達をモデルにした、
「江戸時代の「雷電為衛門」の青銅が、
鳥居の右側に、でん、と。
妃の八坂刀売神を祀っている神社で、
相撲取り、柏戸、佐田の山、富士錦さん達をモデルにした、
「江戸時代の「雷電為衛門」の青銅が、
鳥居の右側に、でん、と。
👇 1690年に建てたもので、
当時、ここで布を敷いて五穀を供えたところで
勅使が参考した時は、すべての取り決めを、
伝えたところととあります。
勅使殿・・拝殿の性格をっていた国宝。
何気なく通り過ぎるところですが、
時代の変遷にいろんな想像が湧いてきます。
当時、ここで布を敷いて五穀を供えたところで
勅使が参考した時は、すべての取り決めを、
伝えたところととあります。
勅使殿・・拝殿の性格をっていた国宝。
何気なく通り過ぎるところですが、
時代の変遷にいろんな想像が湧いてきます。
👇 神楽殿。
前図、勅使殿はここの前に有った由。
前図、勅使殿はここの前に有った由。
牛皮の太鼓。
👇 暴れ龍の画です。
👇 神楽殿全景。
私は向こうから来ています。
👇 なかなか諏訪神社の本殿までたどり着きません !
本殿参拝の前に、
忠臣蔵、市井では悪役、吉良上野介さん(義央)の、
お孫さんで、養子になられた、
吉良義周さんが眠る、法華寺へ・・。
👇若干21歳、喧嘩両成敗の達しに、
諏訪藩4代、諏訪忠虎さんにお預け。
2名の家臣
諏訪藩4代、諏訪忠虎さんにお預け。
2名の家臣
左右田孫兵衛さん
山吉盛侍さんの護衛に、
藩主、忠虎さんは丁重なもてなしも・・
病魔で亡くなり、家臣2人が差し出した
藩主、忠虎さんは丁重なもてなしも・・
病魔で亡くなり、家臣2人が差し出した
金3両で、主君のお墓建立を願いが
ここに・・・。
ここに・・・。
※ 球磨川の水害に、都内の他県への移動自粛で、
厳重注意を促されて、
片づけをしていても心は、
行き場のない、不定に愁訴です。
厳重注意を促されて、
片づけをしていても心は、
行き場のない、不定に愁訴です。