みなさん、こんにちは!
筑波大学硬式野球部3年の大高正寛です。
私の生い立ちや大事にしていることについて書いていこうかなと思います。多少くさいことを書くかもしれませんが、少しでも目を通していただけると幸いです。
私のこれまでの人生はほとんど野球と共に過ごしてきました。
物心ついた頃にはバットとボールを持ち始め、お父さんと一緒に練習をした日々を今でも覚えています。
私は、すぐに小学校の野球チームに入ったわけではありません。5年生になった時にチームに入れとお父さんに言われ、すごく駄々をこねていたのを覚えています。
ですが、小学校3年生の時に、チームに入れることになりました。理由は太りすぎです。
そんな理由で始めた野球でしたが、小学校時代が一番楽しかったなと今でも思います。
中学校は、声をかけていただいて、星稜中学校という私立の学校に進学しました。この中学に入って、私は初めて野球を辞めたいと思うほど苦しく、厳しい日々を過ごしました。
グラウンドにいることが拒絶反応なのか、毎日のように咳を繰り返し、みんなにバレないようにしていたのを覚えています。
中学校では、野球だけではなく、人としてどのように生きて行くか、という人間性も学びました。
厳しい練習に耐え抜き、最後は日本一を獲ることができた時は本当に嬉しかったです。
高校はそのまま星稜高校に進学し、ここでも野球の厳しさを痛感します。
私は高校2年までベンチに入ることすら出来ず、腐りかけていました。
しかし、この2年間で私は裏方の気持ちや、かげの支えを学びました。
最後の年はベンチに入らせていただき、スタメンでも使っていただき、甲子園で準優勝。本当に貴重な経験をさせていただきました。
私は高校最後の夏大が始まる前までは、高校で野球を辞めようと考えていました。ですが、いろいろな出来事やご縁があって、野球を続けようと決心がつき、筑波大学硬式野球部の皆さんと出会うことができました。
私の生い立ちはこの辺にして、皆さんは予祝という言葉をご存知でしょうか。
意味はそのままです。あらかじめ祝う。詳しく書くと未来の姿を先に喜んで祝うということです。
これは私が高校生の時に大嶋啓介さんという方が2回講演会をしてくださり、その時に言っていた言葉です。
私はこの講演を通じて大きく心を動かされました。高校二年の冬、講演の中で、予祝日記というものを書きました。
日付を甲子園の決勝戦の日に設定して、引退した時にどのような結果を残しているか明確に記し、想い、喜び、感謝の気持ちを入れて書きました。具体的には
「春夏連覇達成!」
「スタメンを勝ち取る!」
「甲子園でホームラン!」
などと書いていました。当時の自分はベンチに入れるか入れないかの瀬戸際で、書いた当初は良かったものの、時間が経つにつれて恥ずかしさが増し、私は家に帰ってゴミ袋に捨てました。
ですが母親が気づいたのか翌朝、冷蔵庫の扉に予祝日記が貼られていました。この時母が見つけずに捨てていたら、ネガティブなままの自分で終わっていたかもしれません。その日から毎日予祝日記を見るようになり、書いた当初は恥ずかしいと思っていたことが終わってみるとほとんどが達成できていました。
この講演を機会に家族の中での挨拶も「おはよう、今日もおめでとう」という会話から1日が始まるようになりました。
この予祝が、私の結果に繋がったかと言われると正直わかりません。でも私自身の物事の考え方や心の持ち方という面で大きく変わるきっかけになりました。
私が筑波大学に入学してから、リーグでの優勝争いはもちろん上位にも入ることができていない苦しい結果が続いています。皆さんのメンバー紹介を時々見るとリーグ優勝・日本一と書かれていることが多いです。ですがどこまでそれが想像できているでしょうか。
きっと曖昧になっている人も多いのではないかと思います。強いチームの定義はいくらでもあると思いますが、私はチーム全員が一つの目標を明確に想像できていることが第一歩であり、不思議な力や奇跡を起こせるチームなのではないかと思います。
そこで、このブログを開いてくださった皆さんにはぜひリーグ優勝をした場面を、神宮で日本一を取った瞬間を、毎日想像してみてほしいと思います。
ただ、想像するだけではなく、そこに想いや喜び、感謝の気持ちを入れてみてください。毎日続けることで、自ずと自分の心情に変化が出てくると思います。
そしてもっと興味が湧いた人はぜひ予祝日記書いてみて下さい!
さて、秋リーグももう目の前まで迫ってきています。今の四年生には本当によくしていただきました。必ずプレーで恩返しします。今年は神宮に行って長い秋を過ごしましょう!
体育専門学群3年 大高正寛
星稜高校